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転生した鬼は元クラスメイトを地獄へと誘う  作者: 月のウサギ
一章 復讐者の慟哭
3/37

事故

「ッ……」


「見せ、て……」


 雪花に支えられながら階段を上がり、屋上に出て建物の陰に隠れると僕は上半身の服を脱ぐ。


 四時間にも及ぶ卓也のカミソリ投げの遊びと執拗な暴力でボロボロになった僕を見過ごせなくなった雪花が卓也たちがいないうちに手当てしてくれると申し出たのだ。


 屋上を選んだのはあまり人が立ち入らないからだ。卓也たちも屋上には絶対に来ない。小学校からの付き合いである卓也は唯一高いところが大嫌いで高いところには絶対にこないのだ。


「酷い……!」


 シャツを脱いだ僕の傷を見た雪花は自身の口に手を当て目を見開いて驚いてしまう。


 そんなに傷が目立つような状況なのか?うわっ、シャツを背中側は血で赤く染まってる。何枚もストックがあるとは言え、毎日生活がカツカツになってしまう。


「包帯、貸して」

「分かった」


 持ってきたバッグから取り出した包帯を投げ渡し、受け取った雪花は包帯を出して俺の傷を塞ぐように巻いていく。


 これで少しはカミソリの刃が背中を傷つける事を防いでくれるだろう。


「……?これ、今回の傷、じゃない。もっと、古い」

「あ?……ああ、これか」


 腕や腰に刻まれた傷痕を見つけた雪花が問いただしてくる。

 俺の慣れの元凶。そして俺の始まり。


「これは親に付けられたものだよ」

「親、に……?」

「ガキの頃からナイフやカミソリで傷つけられたりしたものだよ」


 これもその一つ、と続けながら前髪を上げて額に付けられた傷を見せつける。


 夏でもマフラーを付けているのは首や首もと、口元にも傷があるから。手袋を付けているのは両手に酷い火傷と銃創があるから。誰も好きで人をビビらせたくないからな。


「虐待、受けて、たの……?」

「世間的にはそうかな。七歳までずっと部屋に閉じ込められ、殴る蹴るの暴行は日常茶飯事。食事何かはろくに与えられなかった」


 虫を食べさせられても平気なのはこの経験があるからだ。


 幾ら気持ち悪いと思っても生きるためにミミズやナメクジ、ゴキブリ、ムカデと言った虫を食べて飢えをしのいでいた。それに比べればハチとかセミ、カマキリ何て当たり前のようなものだ。不味いけど。


「七歳の夏かな。その辺りで警察が突入してきて僕を保護してくれた。後で聞いた話だけど、父親が麻薬を所持をしていたらしい」

「私より、酷い……」

「これは序章に過ぎないよ。その後、児童養護施設に引き取られたんだが……そこの職員から虐待を受けた」

「えっ」

「胸ぐらを掴まれる、カミソリで切られる、袋に入れられて木の棒で叩かれる……そう言うことが平然と行われていた」


 まあ、これは一例、その中でも軽い部類の話をしているに過ぎない。


 風呂に入った時に頭をお湯の中に入れられて溺れかけたり、トンカチで撲られたり、拳大の石を投げられたり……今考えたら何時死んでも可笑しくない状況だった。


 こんなの、優しい雪花に言えない。言いたくない。


「そん、なの……酷い」

「結局、父親の祖父母に引き取られ、小学校に編入したら卓也からいじめられた」


 卓也の父親は教育委員会の委員長。校長から僕の編入を聞いており、それを聞かされた卓也がいじめの対象にしたのだ。


 陰口にあることないこと言いふらしたり、机への落書き、教科書を盗むと言った間接的なものから殴る蹴るの暴行、階段からの突き落とし、鋏で皮膚を切られた事もあった。


「反抗したところで相手が大きすぎるし、家は貧乏だから裁判沙汰になっても弁護士を雇えない。それに、爺さんらは心臓に病気を抱えてる。僕がいじめられてると知れば爺さんらはショックのあまり死んでしまいかねない」


 だから言えない、と続けながら血で汚れた制服を着る。


 はぁ……これも後で捨てないとな。バイトしているとは言え、殆んど制服代に消えてしまう。僕を大切に育ててくれた爺さんたちには感謝しかない。


 だからこそ、僕は黙ってなければならない。


「それ、で……良い、の?」

「ああ。あと一年、あと一年耐えれば僕は解放される」


 血で汚れた手を設置されている蛇口から流れる水で洗い落とす。


 あいつの進路は首都圏にある有名私立の教育学部。当たり前のように父親の後を継ごうとしているのだろう。


 それに対して僕は地元私立の社会福祉学部。僕のような境遇の人を救える職業に就くために必要な資格を手に入れるためだ。

 僕と卓也は別々の大学に進む訳だから、会う機会もなくなる。つまり、いじめも無くなる。


「辛抱することも、耐えることも、僕は慣れてるから。だから、大丈夫だ」

「…………」

「さて、そろそろ昼食を食べないとな」


 少し悲しそうな顔をする雪花に笑顔を浮かべながら僕はバッグから弁当を取り出す。


 僕は悲劇が嫌いだ。誰かが悲しむのも嫌いだ。傷つくのは慣れてる僕だけで充分なんだ。



「……帰り、遅くなってしまったな」


 既に日が落ちた夜の町を僕は人混みの中に紛れるように静かに歩く。


 卓也に仕事を押し付けられ、本当に嫌だったけど断れず、やることになり、バスに乗り遅れて結局歩いて帰る事になってしまった。


「…………」


 信号に止まっている時、ふとビルの屋上に目がいってしまう。

 僕はよくビルの屋上を目がいってしまう。


 あそこから飛び降りたらどれだけ楽になるだろうか。苦しい、虚しい、助けて―――そんな誰かに救いを求める感情に蓋をして、それで生きている事になるのだろうか。飛び降りれば、どれだけ苦しまずにすむのだろうか。そう考えてしまう。


 けど、その考えは捨てた。


 助けを求めたところで誰かが救う事はない。善意の第三者しか助けてくれない。


 それなら、僕はその第三者になろう。なって、僕のような理不尽な境遇の人たちを救いたい。


 助けれる人に、救える人に僕はなる。それまでは……僕は僕が死ぬことは許さない。



「キャアァァァァァァァァァァァ!!」



「ッ―――!危ない!!」


 つんざくような悲鳴を聞いた瞬間、そちらの方を向き驚きながら近くにいた人を押して退かす。


 何で……何で何で何で!?何で車が歩道を(・・・・・)走ってるんだよ(・・・・・・・)!?しかも、アクセルベタ踏みで!


「ボウヤ!危ない!」


 周りにいる人の多く押して退かし、最後の一人であるを幼い少年を持ち上げ人のいる方に投げる。


 次の瞬間、背中を走ってきた車が撥ね飛ばす。


「ぐっ―――あっ―――」


 洩れるような声で三メートル近く飛ばされ、何度も地面に跳ねてる。


 痛い……今まで受けた痛みの中で一番痛い……!


「お兄さん、しっかりして!!」

「速く救急車を呼べ!」

「ねぇ、しっかりして!」


 水商売の女性が、サラリーマンの男性が、帰宅中だった学生が、涙を流しながら懸命に作業している声が聞こえる。


 朦朧とする意識の中、何とか立ち上がり巻き込まれた人を助けようと足に力を入れた瞬間、再び撥ね飛ばされる。


 まさ―――か―――逃げ――――


「卓……也……!!」


 遅くなった世界、体が動かせず、ただ見ることしか出来ない世界で僕は運転席に乗ってる人の顔を見た瞬間その名前が口から出る。


 無免許、過失致死、その上轢き逃げ……どれだけの罪を重ねるつもり何だ……!!ふざけるな……!!


「がっ!?」


 跳ねられ落ちたところで立つことも出来ずに這いつくばる。


 ふざけるな……ふざけるなふざけるなふざけるな!!どれだけの人間を巻き込み、殺し、それでいて逃げるつもりだ!!


 僕だけなら別に良い。痛いのにも慣れてる。苦しいことも最初から苦しいから変わらないから。だけど、周りの人たちはそこまで強くない!!それを傷つけるのは赦せない!


「君、大丈夫かい!?」

「頭部、腹部、臀部に重大な損傷を確認。トリアージはレッド!酷い……何て酷い……」

「速く手を動かせ新人!一分一秒がこの子の生死を分けるんだぞ!?」


 救急隊員と思われる人の叫びを聞き、安心するように瞼を閉じる。



 ―――この日、一人の少年が死んだ。

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