いじめ
パシャン!!
「…………」
教室のドアを開けた瞬間真上から降ってきた水が盛大に僕の頭から全身にかかる。
僕の名前は秋月悠人。夏なのに長いマフラーを付けて口元や首を隠し、両手に白い手袋を付け、長袖の下着を着ている事を除けば、どこにでもいるような普通の高校二年生だ。まあ、世間体的にいじめと呼ばれる事がなければの話になるけど。
「クスクス」
「フフッ……」
僕の事を陰から嗤う女子たちを見ることもなく罵詈雑言の書かれた席に座る。
もう小学生くらいからずっといじめを受けているんだ、この程度の事で挫ける事はない。もう、慣れてる。
「ッ!……」
机の中に手を入れた瞬間、何かが手に刺さる感触がして勢いよく手を出す。
皮が捲れた手全体から流れる赤い液体を見て急いで中を覗くと机の中を埋め尽くすほど画鋲やカミソリの刃が敷き詰められていた。
……俺は生まれつき感覚が鈍いから痛みも深くまで刺さったり傷ついたりしでもしない限り痛みを感じる事もない。それでも俺を痛め付けたいようだ。
「…………」
表情も苦痛にあえぐ声も一切出さずに濡れたバッグの中にビニール袋を開けて取り出した包帯で手を巻いてセロハンテープで固定させる。
痛い、火に炙られているように痛い。だけど、慣れてる。このくらいの事でへこたれるつもりはない。
「ちっ……!」
止血をし終えた舌打ちをした人が僕の目の前に歩いてくる。
確か……武藤卓也だったかな。興味ないから離れてもらいたいけど。
「わっ!?」
突然胸ぐらを捕まれ力任せに椅子から下ろされて地面に這いつくばらさせられる。
「てめぇら!やっちまうぞ!!」
「グアァ!?」
起き上がろうと傷ついた右手を地面についたところで足に踏みつけられ、悲鳴をあげたところに背中を殴打される。
一体……何が……!?
「おらぁ!!」
「どりゃあ!!」
僕の反抗すら赦さないのか、複数人が僕の体を徹底的に殴ってくる。一人や二人、バールで叩いてくるやつもいる。
痛みから顔を醜く歪ませる……事はない。涙を流すことも、感情を声音に出すこともない。
だって、慣れてるから。
「ちっ……!おい、戻るぞ!」
あまりにも無感情な僕に舌打ちをした卓也は子分を引き連れて教室から出ていき、僕は立ち上がって自分の椅子に戻る。
普通の人なら「痛い」とか「やめて」とか、そう言った当たり前の反応をするのだろうけど、僕は慣れた。慣れてしまった。誰が、こんな痛いことを慣れたいと思うのだろうか。
「……痛い」
周りの無情なまでの蔑視を無視しながら体から流れる血の状況を見る。
体の至るところが青くなったり内出血してる。骨が折れたりはしてないけど打撲してる。まあ、何とかなるだろう。
卓也の父親が教育委員会の委員長を務めていると聞いたことがある。そして、溺愛していて言うことは何でも聞くと。そのためか、学校は僕に対するいじめを黙認している。
しかも、僕をオモチャに使うためなのか高校まで一緒にする始末。卓也に逆らって退職させられたり退学させられたりした生徒がいて他の連中は止めるつもりは毛頭ない。それどころか、積極的に参加している。
具体的に言うなら虫を食べさせられたり雑巾を口の中に突っ込んだり、体をバットで殴ったり、ガムテープでぐるぐる巻きにして倉庫に放置したり、何でもありだ。
教師への相談は勿論、医務室は関わりたくないためか居留守をする始末。学校そのものが僕を見放していると言っても過言ではない。
「……大、丈夫?」
「……大丈夫だよ」
それでも、例外はいる。
机に書かれた悪口を拭くために水道で痛みを堪えながら雑巾を絞っているとクラスメイトの一人がたどたどしい口調で話しかけてくる。
彼女は霜野雪花。俺の同級生で北欧系のハーフ。その日本人離れしたルックスから学校一の美少女と評判の美少女だ。
しかし、彼女はその綺麗な白髪と日本人離れした見た目から小中学校いじめを受けていたらしい。高校に上がって、僕がいじめの対象になった事でいじめられなくなったそうだ。
そう言った過去があるためか、いじめに加担しないし、表立ってはしないけど手助けをしたりしてくれる。
唯一と言って良い僕の味方の立ち位置の少女だ。
「ううん、大丈夫な筈、ない。私より、酷い。見て、られない」
「大丈夫だって。僕はこういう事には慣れてるから」
「慣れて、良い、事じゃ、ない……!」
雪花の訴えは尤もだ。雪花はいじめのせいで声帯がやられ、たどたどしい会話しか出来なくなってしまった。
優しい雪花の事だ、自分と同じようになって貰いたくないから僕の味方でいてくれるのだろう。
「僕に構っていたら君も巻き込まれてしまう。だから、さっさと教室に戻った方が良い」
「でも、悠人、君は」
「だから大丈夫だって。ほら、さっさと戻りな」
「……うん」
何か言いたげだった雪花を少し強めに言って教室に戻した後絞った雑巾を持って教室に入る。
僕が殴られたり、痛め付けられたりするのは別に構わない。僕にとっては当たり前の事であり、慣れてるから。
けど、僕のせいで他の人がいじめられてるのを見るのは耐えられない。
雪花は優しい。他人の痛みを自分の事と捉えてしまう程優しい。そんな少女が傷つくのを見ていられる訳がない。
コツン!
授業中、背後から投げられて逸れたカミソリの刃の音を聞きながら僕はシャーペンを動かす。
そんな事で僕が動じると思っているのだろうか。まあ、何枚かは背中に刺さったり掠ったりしてるけど。
「ッ……!」
背中の左に焼ける痛みを感じ手を背中に伸ばすと手にべったりと赤い血が流れている。
よく見たら、カミソリの刃が何枚も床に落ちてるし血もそこそこ落ちてる。でも、血の量はそこまでではないし、重要な血管は切れてはないから問題ないか。
「あー、悠人君。君の机の周りにある汚い物を掃除しなさい」
「……分かりました」
血溜まりに気づいた教師が僕に掃除を命じて外に出させさせる。
『医務室に行け』ではなく『掃除をしろ』……か。僕がどれだけいじめを受けても、それこそ自殺をしても見て見ぬ振りをしたりしらを切るだろう。
警察に届け出る事は簡単だ。ほぼ全身にある打撲痕やカミソリの刃で出来た切り傷、いじめの実態を記したノートがある。それを使えば学校を告発する事が出来る。
けど、それだと雪花に多大な迷惑がかかる。あの優しい少女に迷惑をかける、それだけは絶対に嫌だ。
「…………」
雑巾を絞り、教室に戻って血のついた床の掃除を行う。
本当はこう言った事は加害者側が行う事だろうに……先生のあの様子から考えるとその道理も理解していなさそうだけど。
「グッ!?」
拭いている時に卓也の足が僕の腹に当たる。
見上げてみればニヤニヤとした顔……間違いなくわざとだ。そして、僕が呻き声をあげても当たり前のように雪花以外振り向かなかった。
「…………」
全て拭き終わると痛みを我慢しながら椅子に座り進行していた授業の内容をノートに書いていく。
まあ、また卓也がカミソリの刃を投げてくるだろうな。そしたらまた拭くだけか。
……本当に自分で拭けよ。




