とりあえず、立とう。
美しいという表現は猫の瞳の為にあると思う。太陽がほぼ上から痛い程照らす硝子窓の向こうで、くるくる楽しげに光るキラッキラッの金色の目は、でも、優しさいっぱい。「猫ちゃん、元気?。」呟くように言った後、俯いた口から、ふふっと自嘲気味な笑いが漏れる。「私は、酷い顔でしょ?。」元々下がり気味の眉は泣き顔に見えるし、目の下のクマも赤紫色。胃も重い。あれから胸に重い物が詰まったよう。寝てるんだか起きてるんだか、ず~っと頭がぼーっとしている。警察署から帰った後、説明された通りに、幾つかの銀行やらビットコインの会社やら連絡して被害状況を話す。何度も繰り返し。半日位かかって、結局、保証は絶望的だと言われた。だろうなと思っていたが、他人の口から聞くと改めて心に刺さる。何をしていたんだろう。自分で言うのも何だが私は神経質な程慎重派だったはずだ。貯金も余計な物は買わずコツコツ貯めた。それが、あっというまに流れていった。いったい何が起こったんだろう。今でも解らない。今月末の支払いは何とかなったが、来月は?。給料で足りる?。怖いっ。怖い怖い。せめて銀行貸付してくれる余分なお金を入れておかないと。銀行から差し引き出来ないとなると督促状が来たりするよね。頭がズキズキする。解っているけど、ない。ーお金がない。猫ちゃんが座る窓枠を握り締めたまま、力が抜けて地面にへたりこんだ。ベージュのシルク風のクッションの上で、猫が眩しそうに少し上を向いて目を細める。「…死んだら、何も考えなくて良いんだよね…。」喉から唸るような声が出た。その後、ふっ…とため息が出る。馬鹿だなっ、馬鹿だったなー。重い扉の前で座り込んでいる気分だ。どうしたら良いのか、解らない。目をギュッと瞑った途端、頭がぐらついた。目が回る。地面が白い壁がグルグル回る。ーあぁ…昨夜警察署から帰宅してから、そう言えば何も口にしていなかったと気が付いた。空腹は感じるが何か食べようとは考えなかった。銀行の被害者対策係と話し続け、渇きにお茶を少しずつ飲んだ位だった。ー駄目だ。倒れても、お金がないんだ。一握りの小金を散らす訳にはいかない。食べたくはないが、食べなくちゃ。部屋に帰って、何でも良いから食べないと。立って。立てるかな…。両足に力を入れ、フラフラながら立ち上がる。まだ、視界はユラユラするが動ける。立とう、とりあえず立とう。




