瑠花を護るふたつの者
゛瑠花〝といった華やかな名前に似つかわしくなく、私は他人が苦手だ。ーと言うより大っ嫌いだ!。必要最低限以外、会いたくもないし会話も大迷惑極まりないっー。かつて1人だけの例外は居た。私を14歳の時に引き取ってくれた叔母だった。愛くるしい笑顔を持つ人で、怒った所を見た事がないような人だった。何時も充実感いっぱいの快活な声で、とことん人が良く、年齢も感じさせなかった。強いて言うなら人間になったキティちゃんだろう。若くして、この辺一体の地主に望まれ、20歳で何とその倍の相手に嫁いだ。夫婦中は円満だったが子宝には恵まれなかった。歳の離れた夫が世を去ってからは、家に1人は寂しいからと、沢山の財産がありながら近くに勤めに出ていた。そんな折りも折り、両親が交通事故で1度に亡くなった私は、彼女に引き取られる事になったのだ。慣れない田舎の土地、知らない他人ばかりの中で、唯でさえ口数の少ない私は唯唯、どんどん萎縮していった。歴史を感じる石造りの頑丈な家、必要な物全て揃った私だけの広い部屋の中で、膝を抱えて、周り全てを視界から閉め出した。ーほっといてよ、誰も来ないで。私に触らないでー。明かりも付けず毎日毎日、朝も昼も夕方も、部屋に引きこもったー。太陽の雫が弾けるような叔母の声さえ、眩しすぎて煩わしかった。ーそんなある日、扉の前に置かれた都度の食事のお膳の上の端に、見慣れない赤い小箱が目を突いた。少し時も感じさせる、目にも鮮やかな深紅の小さな箱は、軽く手の平に納まった。蓋を開けると月の形になぞらえた半円形の細い金地の中に、浮くような形で、小さな水晶玉が挟まれるように揺れていた。「うわぁっ…。」可愛い~…。上部に取り付けられた金鎖をつまみ上げるとチラリ、チラリと光を携えて舞うように動く。窓辺のベージュのクッションの上に、そっと置いて暫く見つめていると、薄く虹色の弧を映し描いた。「綺麗~…。」出窓の窓を半開きにし、風を通せば陽射しと相性の良い心地好さだー。そのままクッションの横に頭を預け、じぃっと水晶玉を見つめる内にトロトロ微睡んでいた。ーその内、頭の中に、小さな小さな何かのリズムのような、響き音のような、囁きのような声のような、本当に、どう表現して良いかも解らない音が、スルリと入り込んで来た。『うわぁっ…気持ち良い~…。楽しいっー!嬉しいなぁー…。』水晶玉がキラキラ、キラキラ光り輝いて、金地の中でクルクル回転しながら動いていたー。ーえっ!?。え~…?。私、目がおかしいっ?。声も聞こえるっ??。嘘っー…?。ー『こんにちわっ!』ー鈴の音のような声ではない声が頭の中に響いて来る。『私よっ!私の事解るのねっ!声聞こえるのねっ!嬉しいなぁっー!。』ー嘘、嘘だー。私頭、変になった??。『大丈夫よっ!貴女、全然変じゃないわっ!。』ー返事されちゃったー。頭の中に小さく響く声と、私はその日から友達になったー。『昔は、私の声が聞こえる人間は沢山いたのよっ?。でもね、夜も明る過ぎるようになってから、皆、私達の声が聞こえなくなったの。ー今は殆どの人間と御話出来ないわ。だから貴女が反応してくれた時は、嬉しかったわ!。』ふぅん…?。そうなんだ。そうかぁ~…。この水晶玉は水を司る力があると話し出した。何億年の悠久の時、大地に育まれ、石はそれぞれの神力を授かり眠る。ある日、それは人間の手によって掘り起こされ加工され形を成すー。そして手にした一個の人間より又遥かな時間を有するー。そういう事かぁ。そんな気の遠い時間なんて、全くの孤独なんだなあー。水晶の話を聞いていて思った。ー人間と同じだー。皆1人1人、1家族1家族、別々の浮島に立って居るようなものだ。自分以外は皆、他人だ。親子であっても、それは変わらないー。ー亡くなった両親も、世間上、結婚適齢期になったからと、親戚の勧めで決められた仲だと話していた。幼少時より二人共に仕事が忙しく、不在の日が多かったが私としては特に不満もなく、静かに過ごせていた。世話に至っては日中ハウスキーパーが来ていて、特に不自由もなかった。小学校の高学年だった帰り道、道路脇の小さな公園辺りから、か細い鳴き声が聞こえ、足を止めた。キョロキョロ探し回ると公園の隅の草むらの中に小さな子猫が入っていた。昨夜にでも捨てられたのか、雨で段ボールもグッショリ湿り、薄い毛並みは顔や痩せた身体に張り付いていた。ランドセルからハンカチを出し、そうっと繰るんで胸に抱いて帰った。驚いたハウスキーパーさんが綺麗に拭いて猫ミルクを買って来てくれた。彼女に、こんな小ささでは育てにくいかもしれないと言われたが、「いいのっ!。」と首を横に降った。親は、殆ど家に居付かず、私の行動にも異論はつけなかったので、その点では自由だった。必要に応じ使えるお金もカードに入れて持たせてくれていた。翌日ハウスキーパーさんの勧めで動物病院に行ったが、痩せているだけで健康体と聞いてほっとした。その後、近くのペットショップで必要な物を沢山揃えた。ミルク、ご飯、トイレの世話とハッキリ言って大変だったが、忙しいながらも充実していた。猫赤ちゃんの時の爪は抱くだけで、針のように私の手や足の皮膚に食い込んだ。それが長じるに連れ、お風呂に入った時のビリビリと電気に打たれるような痛みが薄くなって行った。些細ながら、それは自分でも可笑しい程の感動を覚える出来事だった。何より、これ迄感じた事のない暖かさを私は知る事になった。真っ直ぐ見つめる清純な瞳。何時もヨチヨチ私の後を追うフワフワな毛並み。私だけっ、私だけを受け入れて、全身で喜びを示してくれる小さな生き物ー。それら全てを唯、見つめているだけで胸がいっぱいに熱くなるー。愛って、こういうものなんだなぁー…。゛福〝と名付けた。私が初めてこの手にする事が出来た、唯一の福の形だった。




