〇泥沼ジャングル! おんぶ聖女と、毒キノコで遊ぶ道化師
「帰る! もういやっ帰るぅぅ! ここは地獄っっ! アタシの嫌いな細菌の培養シャーレよ!」
樹海に響き渡る、潔癖聖女の鼓膜をつんざく悲鳴嗚咽怒号が続いている。
俺たちが足を踏み入れたのは、富士の裾野に広がる『大樹海』。
大融解による極端な高温多湿化で、植物たちは爆発的な成長を遂げ、かつて富士箱根伊豆国立公園に指定されていた観光地はアマゾンの密林が可愛く見えるほどの魔境ジャングルと化していた。
足元は、腐葉土と得体の知れない粘菌が混ざり合った、底なしのヘドロ沼が広がりっており、人の立ち入りを拒絶していた。
「アッシュ! もっと高く持ち上げて! 私の純白の美しいブーツが、未知の寄生アメーバのところまであと5センチよ!」
「お前のバカ力で暴れるな、腰と上半身の骨が砕ける! だいたい、なぜオレがお前を抱えなきゃならんのだ。自分に『浮遊魔法』をかければいいだろ!」
「魔力切れなのよ! さっきの巨大蚊の大群を『絶対滅菌結界』で焼き払うのに使いすぎたの!」
俺は背中に重火器……などではなく情け容赦なく喚き力一杯締め付けてくるシルヴィをおんぶし、膝まで泥に浸かりながら進んでいた。
抱える体重は軽いが、常識が熟睡しているこいつらへの対応で精神的な疲労度が尋常ではない。
「ボスー、見て見て。この蛍光色のキノコ、紫色の汁が出るよ。舐めたら舌の神経がショートしてハッピーになれそう」
「ジョーカー、それ致死性のアルカロイド毒だぞ。ハッピーじゃなくて『永眠』だ。ほれ、後ろに抱えている聖女様が除霊の準備を始めたぞ。」
ジョーカーは楽しそうに泥んこ遊びをしている。
こいつの環境適応能力だけはゴキブリを凌駕している。
そんなカオスな状況でも、先頭を行く狂気の料理人・リズだけは真剣だった。
彼女は泥にまみれることも厭わず、巨大な木の根をかき分け、ハンターの目で地面の匂いを嗅いでいる。
「……近いわ。土の香りが濃厚になってきた」
「おいリズ、本当にあるのか? 泥水すすってまで食う価値のある美味いタケノコなんて」
「あるわよ。『長老トレント』は千年を生き抜く魔木。その膨大な養分を吸い上げて育つ『知恵のタケノコ』は、えぐみが全くなくて梨のように甘く、それでいてトウモロコシのような極上の香ばしさがあるらしいわ」
リズがうっとりと語る。
「今回の懐石テーマは『炊き合わせ』。別々に下ごしらえした素材を、一つの鍋で調和させる和食の極意。味を細胞の隅々まで染み込ませるには、繊維の柔らかさが命。……優しく、コトコトといきたいわね」
「優しくねぇ? お前の辞書にそんな言葉あったとは知らなかった・・ぞ?」
その時。
ズズズズズ……ッ!!
地面が大きく隆起し、俺たちの周囲の巨木たちが一斉に根を引き抜いて動き出した。
内臓を揺らすような低い地鳴りの咆哮。
現れたのは、ビル3階分ほどの高さがある、人面を持つ巨木――『長老トレント』だ。
そして、その頭頂部には、黄金色に神々しく輝く巨大なタケノコが生えている。
「出た! 『知恵のタケノコ』よ! メイン食材確保!」
「ヒィィッ! 泥! あいつ、根っこから高濃度のバクテリア泥を撒き散らしてるわ! 不潔の化身よ!」
「うひょ~おおきいっね」
「はぁもう・・こいつらときたら・・・・。」




