〇火加減は「強火」を超えて「噴火」
「暑い……。暑すぎる……。俺たちは今、業務用スチームオーブンに入れられた点心の蒸しエビ餃子の気分だ」
俺、アッシュは意識が朦朧としていた。
視界が熱気でぐにゃぐにゃと揺らいでいる。
ここはおそらく、旧日本列島の最高峰――富士山の火口付近だ。
大融解によって海面が上昇した今でも、この山だけは孤高の活火山として、有毒な煙とマグマを吐き続けている。
「嫌ぁぁぁッ! 毛穴が! 私の毛穴という毛穴が全開になって、硫黄と火山灰の微粒子を吸い込んでるわ!」
シルヴィがバイオ防護服の上から二重に氷の結界を張り、その中で冷凍食品のように縮こまっている。
「汗が止まらない! 体内の水分バランスが崩壊しちゃう! ねえアッシュ、私の肌、今『脂性肌』になってない!? 皮脂分泌過多でテカってない!?」
「知るか! 全員テカテカのドロドロだわ! ていうか、その氷の結界、俺にも分けてくれ!」
「ダメよ! これは私の『絶対無菌の聖なる肌』を守る最後の砦なの! 男の汗の匂いなんて入れたら結界が腐るわ!」
極限状態でも己の衛生面ファーストな聖女に真剣な殺意を覚えつつ、俺は前を歩く料理人を見た。
リズは耐熱エプロンを汗でびっしょりと濡らしながらも、恍惚とした表情で煮えたぎる火口を覗き込んでいる。
「素晴らしい……。なんて膨大なカロリーなの」
「もっと言い方ないのかよ!」
表現が食に関する用語しか用いないのがアレだが、彼女は頬を紅潮させ、うっとりと呟いた。
「マッド・キッチン号の特殊バーナーでさえ足元にも及ばない地熱エネルギー。炭火をも凌駕する超・遠赤外線効果……。ここで肉を焼けば、表面のタンパク質は瞬時に凝固し、中は旨味の詰まった肉汁を完全に閉じ込めた極上のレア・ステーキに仕上がる……!」
「リズ、やっぱり妄想が暴走してやがったな。肉を焼く前に俺たちがウェルダンをはるかに超えた消し炭になるぞ」
「大丈夫よアッシュ。今回の『焼き物』の食材は、向こうから親切に火加減を調節しに来てくれるわ」
ゴゴゴゴゴ……ッ!!
リズの言葉に応えるように、火口のマグマが数十メートルの高さまで噴き上がった。
溶岩の飛沫と共に飛び出してきたのは、ダンプカーサイズの巨大なトカゲ。
全身が安山岩の分厚い鱗で覆われ、その隙間からドロドロのマグマが血管のように脈打って発光している。
『紅蓮の捕食者』。
触れるだけで鉄骨をもアメ細工のように溶かす、歩く溶鉱炉だ。
「キャァァァッ! あいつ、口から高濃度の硫化水素の青白いブレスを吐いたわ! 硫黄の臭いが公害レベルよ! 大気汚染・瘴気飛散防止法違反!」
「そりゃお前の作った法律だろ!!」
「来たわね……! 特選A5ランクのお肉が!」
リズが中華包丁とミスリルの鍋蓋をチンッと打ち鳴らした。
「いやいやあんなの食えるわけねぇだろ。この時点でオレの精神的残高がゼロだから」
「懐石コース五品目! 『焼き物』は、サラマンダーの極厚テールステーキ・溶岩プレート直火焼きよ!」
「「もういや~」」




