(4)死神
--そして、帳珈琲店。
カウンター席では、もう何度目になるのか分からない死神の溜息が続いている。
「チケットを飛ばしただけなのに、若い男女が楽しげに話を始めて……」
「高校の同級生とは、興味深い再会ですね。彼らの会話に出てきた『真田先生』というのは、ホームで自殺二秒前だった彼ですか?」
「そうです」
「では、老婦人は?」
「そちらも、その後にしっかり出会います」
「フフッ。なんだか、幸せの予感しかしませんね」
マスターが嬉しそうに微笑む。
「それは、私に対する嫌味でしょうか?」
「いいえ、状況に対する個人の感想です」
言葉のラリーで、このマスターには一生勝てそうにないと死神は項垂れた。
--カロンッ。
扉のカウベルが軽快に響く。
死神から一番遠いカウンター席に、ビジネススーツの男性が腰を下ろし、注文を聞いたマスターが手際よく用意を始めた。
珈琲の他に蜂蜜バタートーストを頼んだようで、しばらくしてパンがこんがり焼ける香ばしい匂いも店内に漂ってくる。
少し厚めのトーストにバターが塗られ、その上に、とろりとした黄金色の蜂蜜がたっぷり掛けられている。
食べたい。
死神はこっそり思う。
死神が人間に興味を持つ理由の大きな一つが、この多様な食事メニューだった。そして何よりこの国の人々の繊細な味覚は、他の国とは一線を画した味わいを作り出しているように思う。
ビジネスマンがそれにかじり付いた途端、カリッと美味しそうな音が響き、その断面からモチモチした内側が見えた。
外はカリッ、中はフワモチッ。
やはりどうしてもあれが食べたいと、そう思わずにはいられない。
しかし既に、珈琲一杯分の店内清掃と言う労働が死神に義務付けられている。更にあれを食べるとなると、他にどんな労働をさせられるか分からないのだ。
「話の途中でお待たせしました」
死神が蜂蜜バタートーストに見惚れていると、マスターが死神の前に戻ってきた。
「一つ、お伺いしても?」
死神が問う。
「なんでしょうか?」
マスターが答える。
「あの蜂蜜バタートーストは、お幾らなんでしょうか?」
「そうですね。死神さんの労働に換算すると、追加で、お店のトイレ掃除と、自宅の掃除くらいですかね」
「わざわざ労働に換算して頂き有り難うございます」
親切なのか、スパルタなのか。遂に、掃除の範囲が店を越えて、自宅にまで及んでいる。
「ちなみに、ご自宅の広さは?」
「ご想像にお任せしますよ」
「そこは想像ではなく現実を教えて頂かないと!」
とんでもない豪邸だった場合、今より途方に暮れる事になる。
いい人オーラ全開の秀麗なこのマスターが、実は案外そうではない事を死神はもう学習している。
「それより、死神さんの興味深いお話の続きを伺いましょうか。話のお供にこの珈琲と、蜂蜜バタートーストは相性抜群ですよ」
最後にサラッと蜂蜜バタートーストまで進めてくるあたり、マスターは死神に労働を課す気満々のようだ。
「ちなみに、バターは北海道から、蜂蜜も素晴らしい国産農園から取り寄せた、こだわりの一品になります」
そんな事を言われたら、ますます食べたくなる。誘惑に負けた死神が、蜂蜜バタートーストを注文するのも時間の問題で、更に労働が追加される事になる、これもまた時間の問題だった。




