(3)就活惨敗女子
【手塚 美空の場合】
人見知り。話し下手。あがり症。
自身の性格をまとめると、この三つになるだろうと美空はそう思っている。
今日の面接も上手く話せなかった。きっとまた、不採用通知が届くに決まっている。
既に大学四年の今、友人達はとっくに内定を勝ち取っているというのに、自分だけ一向に通りそうな気配がない。
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選考の結果、
この度は採用を見送らせて頂きます。
末筆ではありますが、
今後のご活躍お祈り申し上げております。
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この企業からの不採用通知メールを、就活生の間で『お祈りメール』と呼んでいる。それは必ず、最後に取ってつけたように『お祈り』申し上げてくるからだ。
採用はしないくせに、お祈りだけはきっちりと申し上げてくる。断り文句のテンプレートだと知りつつ、それでも苛立ちを覚えずにはいられない。
不採用のたびに祈られているのだから、そろそろ祈りが天に届いていい頃なのではと、美空は空を見上げた。
どんよりした曇り空。天気予報は晴れのはずなのにと、また少し気が滅入る。溜息を吐きながら、美空は帰宅の為に駅へと向かっていた。
地下鉄へ降りる階段の前で、何かを案内している青年が目に入る。手に持っているのは、演劇のポスターとチケットの束のようだった。
そして、そんな彼の隣には黒猫がいて、手元のチケットをじっと見つめている。美空の視線の先で、瞬間、黒猫がそのチケットに飛びついたのだ。
「あ!」
青年の手から舞い散るチケット。自分の方へ飛んできた数枚のそれに、美空は思わず条件反射で手を伸ばす。
「すみません! ありがとうございます!」
青年が遠くに飛んだチケットを追いかけながら、こちらを振り返り叫ぶ。それからすぐに走ってこちらへとやって来た彼に、美空は拾ったものを差し出した。
「五枚しか拾えなかったんですけど」
「いえいえ、助かりました! 本当にありが…………あれ? 手塚さん?」
突然、苗字を呼ばれて美空は驚く。青年を見つめたまま固まっていると、彼が目深に被っていた帽子をとり名前を名乗った。
「高校で一緒のクラスだった、雨宮。覚えてない?」
目の前の青年の顔と、学生服を着た記憶の中の彼が重なる。
「雨宮くん!」
美空と雨宮は高校の同級生だった。
人のことは言えないが、自身と同じで、雨宮も割と地味な学生だったと記憶している。いつも気怠げな雰囲気で、覇気のない印象だった。
しかし今、真正面から見た彼の瞳には、強い意志と何かキラキラとした光のようなものを感じる。
「それ、何のチケット?」
「ミュージカルだよ。俺、劇団に入ってて」
「え? すごいね」
「や、全然売れない貧乏劇団。多分、そろそろ解散かもしれない」
「そうなの?」
「うん。でも、まぁ、好きなことやってるから楽しいし、今はやれるとこまで挑戦しようと思ってる」
恥ずかしそうに笑った雨宮の姿を、美空は少し羨ましく思う。
「もしよかったら、それ、一枚売ってくれない?」
「え? あ、ごめん! そんな気は使わなくていいから!」
「ううん。気になって、見てみたいの」
「それなら、拾ってもらったお礼ってことで」
そう言って雨宮がチケットを差し出す。
でも。いやいや。でも。どうぞどうぞ。そんなやり取りを何ターンか繰り返し、結局、美空がチケットを貰うことになった。
「ありがとう。楽しみにしてるね」
「うん。あ! そうそう、高三の時に担任だった真田先生も来てくれるんだよ」
「え? 雨宮くん、今も真田先生と交流があるの?」
高校卒業から、もう三年以上の月日が流れている。雨宮に聞くと、一年ほど前に美空と同じように駅前で再会したとの事だった。
そこからしばらくは雨宮の公演を見に来ていた真田が、半年間ほど連絡が途絶えた期間があったという。
「ぱったり返事が来なくなってさ。でも、多忙にしてるんなら、俺からあんまり連絡するのもダメかなと思って控えてたんだ」
それが最近になり、また真田の方から連絡をくれるようになったとの事だった。その期間に、真田に何かあったのだろうか。
「忙しかったのかな?」
「多分……。手塚さんが見に来てくれる事、真田先生に伝えていい?」
「うん」
真田はどんな生徒にも分け隔てなく接してくれる優しい先生だった。再会できたら、就活の事を相談してみようかと美空は考える。
「じゃあ、また」
「うん、またね」
面接の失敗で落ち込んでいた美空の心が、偶然の再会のお陰で少し弾む。
そして雨宮との別れ際に、サヨナラではなく「またね」と言えたことを、なぜだかやけに嬉しく感じる自分がいた。
再会のきっかけをくれたあの黒猫に感謝しなければと、そう思って美空は周りを見渡す。
なぜか落ち込んでいるような雰囲気で、とぼとぼと歩いていく黒猫の姿を発見し、美空は首を傾げたのだった。




