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(31)死神


 --そして、TOBARIマンション。


 死神が、珈琲店の先代マスターの話を聞いた翌日の昼下がり。



「小町さんと初音さん、しっかり分かり合えて良かったですね」

「はい。真島さんと初音さんがいい雰囲気なのも、なんだか嬉しい気分です」


 帳がカウンターキッチンの中から、死神のお気に入りとなったソイラテを出してくれた。


「ありがとうございます!」

「五百円分の労働を追加しておきますね」


 美しい笑顔で微笑む帳に、死神は強い口調で言葉を返した。


「帳さん! それなら早く、いる物といらない物をちゃんとチェックして下さい」


 死神が自宅掃除の前段階として、部屋中に散乱していた物を書籍類・衣類・その他雑貨に分類し、それをリビングの壁際にまとめ、帳にチェックするようお願いしていたのだ。


「熟考の結果、全部いります」

「それは却下です! 年単位で使っていないであろう物が沢山ありました。全残しはダメです」

「でも、僕の持ち物なので判断は僕が……」

「掃除の(さまた)げになるので却下です!」


 死神の揺るぎない掃除魂に、帳が若干ひいている。


「そ、それなら……。また後日チェックします。今日は今から出掛ける用事があるので」

「出掛けるってどこに? どこにです?」

「掃除の事になると、途端にえげつない程グイグイ来ますね。僕が知らないうちに、まさか全国掃除連盟の会長とかに就任したんですか?」

「そんな連盟があるのですか?」

「ないですよ。こういうのを皮肉といいます。覚えておいて下さいね」


 素直に加盟したいと思ってしまったのに、皮肉だったと知り死神は帳を睨んだ。


「さっさと、チェックして下さい!」

「もしかして、僕が荷物チェックをするのが面倒で、嘘の理由をつけて出掛けようとしているとか思ってませんか」

「そう思われても仕方のない、日頃の行いだとは思わないんですか?」

「確かに僕は、日頃から面倒な荷物チェックをどうやって逃げ切るか。知恵を振り絞って生きているような所がありますけど」

「もっと有意義な知恵の振り絞り方あるでしょーよ!」


 思わず声を荒げた死神に、帳が真剣な顔で言葉を返した。


「でも、今日に限っては嘘じゃありません。本当に、大切な用件があります」

「大切な用件?」


 死神が首を傾げる。


「死神さんも、一緒に来てくれませんか」

「へ? 私も一緒にって……」


 どこに?

 死神が語尾を口にするより早く、帳が言葉を続けた。


「駅前にある総合病院です。あなたに、弟を紹介したくて」

「え? は、はい! 行きます! 絶対一緒に行きますっ!」


 帳の言葉に死神は勢いよく首を縦に振った。



 *



 死神は、花屋の店先で花を選んでいた。

 お見舞いに花を持って行きたいと帳に相談し、連れて来てもらったのだ。


 お金を持っていない死神に代わって帳が購入すると言ってくれたけれど、どうしても自分で買いたかった死神は、バルコニーと窓の掃除を申し出て花代をゲットした。


「どれがいいでしょうか?」

「お見舞いに持っていくお花のマナーとしては、鉢植えは駄目で、切花でも赤色の花は血を連想するので、手術を控えた人にはタブーのようです。それ以外で、気持ちが明るくなるような色の花を選ぶといいらしいですよ」


 帳がスマートフォンで検索しながら教えてくれた。


 たくさん悩んで、死神は黄色い花と白い小花が沢山ついている二種類の花を選んだ。花の名前が分からず、女性の店員に指を差して伝える。


「これと、これを、お願いします」

「黄色のガーベラとカスミソウですね。贈り物ですか? ご自宅用ですか?」

「えっと……お見舞いです」


 死神がそう答えると、店員がふわりと微笑んだ。


「ガーベラ全体についた花言葉をご存知ですか?」

「え? 花に、言葉があるのですか?」


 死神は首を傾げる。


「ええ。花にはそれぞれ、固有の言葉があります。ガーベラ全体が持つ花言葉は、希望。お見舞いにピッタリなお花ですよ」


 教えてもらった花言葉が嬉しくて、死神も店員の女性に向かって微笑んだ。そして、綺麗な紙で包んでもらった希望の花束を胸に抱えて店をでる。


「死神さん、そっちの白い小さい花がたくさんついた方。カスミソウの花言葉は『幸福』だそうです」


 隣を歩く帳が検索したスマートフォンの画面をこちらに向ける。花の写真の横に、大きな字でそう書いてあった。


「やっぱりあなたは、幸せを運ぶんですね」

「どうせラッキーキャットですよ、私は……」

「あ、拗ねた」


 帳に笑われたけれど、今日は、前向きに幸せを運びたいと死神は思っている。

 帳が心から願っている事。それは、弟が目を覚ますことだ。


『あなたは本当は優秀な死神で、望んだ事象を引き寄せる力があるのだと思います。本心ではあなたが、幸せを願ったから……あなたと関わった人はみんな、幸せになったのではないですか』


 そう帳に言われた事がある。

 もしそれが本当にそうなのだとしたら、自分に少しでもそんな力があるのだとすれば……。


 帳の願いを叶えたい。

 死神はそう思っていた。




 広い個室のベッドに、帳と目元がよく似た男性が眠っていた。


「雅也。今日は、友達が来てくれたんだ」


 その青年に帳が優しく語りかける。

 それからこちらを振り返って、紹介してくれた。


「死神さん。弟の雅也です」


 死神は少し緊張しながら、ベッドの側に近づいていく。


「は、はじ……初めまして」


 雅也に向かって頭を下げた。


「あの……私は、帳さんの友人の死神です。今こちらの世界で、頑張って死神の試験を受けています。あの……、あの……。雅也さんは甘党だと伺いました。私も甘いモノが大好きなので、一緒に帳さんの作ったデザートを食べながら、お話がしたいです」


 そっと手を伸ばし、雅也の手を握る。

 そして、どうか目を覚ましますようにと心で祈った。


「それと、雅也さんに聞いてみたい事があります。帳さんの事です。……あの人、すごく分かりにくい人ですよね。雅也さんも、そう思いませんか?」


 雅也への問い掛けの言葉に、隣に立つ帳が不服そうに首を傾げている。


「本当はすっごく優しいくせに、優しさの表面が意地悪でコーティングされていて、分かり辛くて困ります。私はなかなか本意が見えなくて、そのせいで気持ちが振り回されるというか……。もちろん私よりも、雅也さんの方が帳さんの事をよくご存知だと思うのですが」


 雅也の手を握る、自分の手に力を込める。


「もしかすると雅也さんの中では、帳さんは完璧なお兄さんなのかもしれません。弱い所が何もないような、お兄さんなのかもしれません。私も勿論、帳さんは強い人だと思っています。…………でも、知っていますか?」


 雅也に問い掛けて、死神は小さく笑った。



「あなたのお兄さんは、案外、泣き虫です」



 もう、何度も彼の涙を見た。

 そしてそれはいつも……。


「雅也さんの事になると、すっごくメソメソしています。とっても泣き虫で、弟の事が大好きな人です。きっと帳さんを泣き虫にできるのは、雅也さんだけなんじゃないかと私は思いました。だから、眠る事に飽きたら、起きてあげて下さい。今度、帳さんの泣き虫な写真を撮ってきますね! それを見ながら、一緒に笑ってやりましょう!」


 雅也の顔を見つめてから、死神は握り締めていた手を離した。

 その時、雅也の左手の小指がピクリッと動いたのだ。


「あ!」


 死神は瞬間的に後ろを振り返る。

 帳にも、あの一瞬が見えただろうか。


 死神の斜め後ろに立っている帳の見開かれた瞳から、涙が溢れ頬をつたい落ちるのが見えた。


「雅也!」


 帳が駆け寄り雅也の手を握る。


「聞こえるか? 雅也! 雅也!」


 今度は小指と薬指がピクリッと反応した。

 急いで担当医を呼び診察をしてもらう。


 けれど、それ以上の事はなく雅也が眠りから覚めるには至らなかった。




 病院からの帰り道。

 死神は申し訳ない気持ちで、とぼとぼと歩いていた。


「死神さん、有り難うございました」

「え?」

「あなたはやっぱり、力を持った死神でしたね」


 帳がこちらを見て、嬉しそうに笑う。


「そ、そんなことないです。だって、祈ったのに……ちゃんと願ったのに! 結局、雅也さんを目覚めさせる事が出来ませんでした」


 目を覚まして欲しくて、心から祈った。

 それでも叶わなかった。


 うつむいて立ち止まった死神の頭上から、帳の穏やかな低音が響く。


「きっと、あなたが僕らに与えるものは、幸せそのものではなく『きっかけ』なんだと思います」


 その声に、死神は顔をあげる。


「そのきっかけを、人は『チャンス』や『ラッキー』と呼ぶ。だから、きっかけを与えて貰った後の方が、僕らには大切なんだと思います。あなたから貰ったきっかけの後に、どう行動するのか。それこそが、願いへ続く扉の鍵を開ける手段なのだと僕は思います」


 そして帳が、死神に向かって深々と頭を下げた。


「希望を、有り難うございました。僕にとって、それから雅也にとって、今日の出来事は、大きな大きな一歩です」


 帳がくれた言葉に、死神の心が温かい気持ちで満たされていく。


 ガーベラ全体が持つ花言葉は、希望。

 そう教えてくれた花屋の店員の言葉には続きがあった。


『そしてもう一つが、前進。前向きに進んでいくこと。それが、ガーベラの持つ花言葉です。そして色ごとにも、花は個別の意味を持っている』


 黄色のガーベラ。

 花言葉は、優しさと究極の愛。

 その愛は、恋愛、親愛、友愛、全ての愛を示す。


「あなたがくれた花束が、病室に明るい彩りをくれて。あなたがくれた言葉が、雅也と僕の心に希望の光を照らしてくれた。有り難うございます、死神さん」


 そう言って嬉しそうに笑った友人の顔を見ていると、死神は生まれて初めて、自分を誇らしく思えるような気がしたのだった。



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