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(14)死神②


 ーー時刻は、深夜一時。

 引き続き、TOBARIマンション最上階の一室にて。



「死神さん、では明日から宜しくお願いします」

「承知しました」


 お互いお辞儀をするように頭をペコリと下げた。


「もし本日の寝床の確保がまだでしたら、足の踏み場も無い我が家でもよければ、自由に過ごして下さいね。くつろぐ場所は自力で確保して頂かないとダメですけど」


 帳からの提案に、死神は瞳を輝かせた。


「お泊まりさせて頂いて、いいのですか?」

「はい。でもキッチンは、立ち入り禁止でお願いします。僕の聖域なので」

「はい!」


 猫の姿で忍び込んだのでは無い。人生初めてのお泊まりに、死神はワクワクしながら座れる場所を確保する。ソファーの上の散らかった雑誌を重ねて床に移動させ、洋服は畳んで整えた。


 そして思う。

 やはり自分は、物や場所を整える作業が嫌いでは無い。むしろ好きだ。


「ついでに、僕が座れそうな場所も確保して頂けると助かります」


 帳はそう言ってから、キッチンへと足を向けた。


「こんな時間なので、カフェインレスの珈琲でもいかがですか? 豆乳があるので、胃にも優しいソイラテもできますよ。……あ。死神さんはカフェインを気にする必要はなかったですね」


「はい。ですが、ソイラテというものを飲んだ事がないので、それを頂いても宜しいでしょうか」


 答えてから、ハッとする。


「これもお代金に加算されますか?」


 帳は笑って首を横に振った。


「この部屋の散らかり具合を見た死神さんが、あともう一杯くらい珈琲でも頂かないと割に合わない。そう思っていそうな顔をしているなー、と思いまして」


 まさにそのままの事を言い当てられてしまい、死神は誤魔化すのも忘れて、「私はそんなに分かりやすいのでしょうか」と聞き返していた。


「分かりやすいです。顔に出ていますよ」


 思わず、死神は隠すように手の平で顔を覆った。その直後にフフッと笑う声が聞こえて、死神は指の隙間からそっと覗き見る。ニヤけた表情で珈琲豆を挽いている帳の顔が見えた。


 今更隠しても遅いと、笑っているのだろう。



 死神は隠すのを諦めて、ソファー前のローテーブルの上にある服も畳み、二人でラテを飲める場所を確保した。そして、カウンターキッチンに立つ帳にもう一度視線を向ける。


 珈琲を淹れる様子を近くで見学したかったけれど、キッチンは立ち入り禁止なので、少し離れたこの位置から眺める事にした。


「宜しければ、こちらにどうぞ」


 帳がキッチンカウンターの横にある丸椅子を示した。こっそり眺めていたつもりだったのに、視線に気付かれていたようだ。


「有り難うございます」


 答えて、死神は丸椅子に腰掛ける。

 そんな死神に、帳は作業工程を説明しながらソイラテを作ってくれた。


「まず、珈琲豆全体に染みわたるくらいお湯を注いで、一分ほど待ちます。その間に、豆乳を温めます」

 

 豆乳を注いだ小さな鍋をコンロの火にかけ、また珈琲豆の前に戻ってくる。


「少しずつ、お湯を注いでいきます」


 円を描くように珈琲豆へとお湯が注がれるたびに、コク深い薫りが部屋に広がり、ペーパーから滴り落ちた漆黒の液体が容器に溜まっていく。


 じっくり、丁寧に、その工程を繰り返し、豆乳は沸騰前にコンロの火を止めていた。


「お店のようなカップ&ソーサーではなく、自宅用のマグカップでもいいですか?」

「もちろん!」


 死神が頷くと、帳が食器棚から色味の異なる青いマグカップを二つ取り出した。それは空と海を想起させる、水色と藍色のマグだ。


「死神さんは、どちらがいいですか?」


 どちらも美しい青色で迷ってしまう。

 悩んでから、死神は藍色のマグを指差した。


「私は、深い海の青で」

「では、僕が空の青で」


 二つのマグカップに豆乳と珈琲が注ぎ込まれる。黒と白が踊るように混ざり合うと、広がる香りが柔らかなものに変化した。



「ソファーまで運んで頂けますか」


 マグカップが乗ったトレーを差し出され、死神は緊張しながらそれを受け取る。


 溢さずに運べるだろうか。

 恐る恐る足を進め、ローテーブルまでトレーを運んだ。


「帳さん、溢さずに運べました!」

「有り難うございます」


 振り返ると、帳は手際良く洗い物を済ませ、もうキッチンの流し台を磨いていた。そしてピカピカになった流し台を眺め、うん、うん。と満足気に頷いている。


 そんな帳の姿を見て、死神は思った。


 やはりこの人は、掃除や片付けが出来ない人ではない。ただただ、食に関する物やキッチン以外の場所に興味がないだけなのだろう。


 よく見れば、部屋の中はひどく散らかっているけれど、食べ残しや飲み残しと言った物は、一つも放置されていない。そのへんの(こだわ)りは徹底されている。


 死神が明日から頑張らなければいけないのは、キッチン以外の部屋の掃除と洗濯になりそうだ。


 帳と並んでソファーに座り、マグカップを手にとる。死神はワクワクしながら、初めて味わうソイラテに口をつけた。


「うわ〜。珈琲の風味はしっかり残っているのに、とても優しい味ですね!」


 なんだか気持ちがホッとして、心と身体から、ふにゃりと力が抜けたような気がする。


「お店だと、また少し違った味わいですよ」

「どちらも帳さんが淹れるのに、どうして違うものになるのですか」

「お店にはエスプレッソマシンがあるので、エスプレッソと豆乳で、本格的なソイラテが作れます」

「先程の珈琲と、エスプレッソは、何が違うのですか」


 今、飲んでいるソイラテもこんなに美味しいのに、これは本格的では無いのだろうか。


 死神が首を傾げると、

「簡単に言うと……普通の珈琲と、凄く苦い珈琲の違いみたいな感じですかね。厳密に説明しましょうか?」

 と、帳がこちらを見た。


「あ、簡単な方だけで大丈夫です」


 なんだか難しそうで、細かい説明を受けても分からないような気がする。自分から質問しておきながら、死神は早々に珈琲の知識を深めることを諦めた。


「諦めるの早くないですか?」

「だって……。難しい事は何も知らなくても、珈琲はとても美味しいです!」


 死神が笑うと、

「同じ事を言うなんて……本当に、よく似ている」

 と、帳が小さくつぶやいた。



『あなたとよく似た弟』



 珈琲店で言われた言葉を思い出す。

 あの時と同じで、帳はひどく寂しい目をしている。こちらを見ているのに、心には、死神ではない誰かの顔を写しているような気がした。


 少しの寂しさを感じて、死神はギュッとマグカップを握り締めたのだった。


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