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(13)死神


 


 --そして、帳珈琲店。ではなく、TOBARIマンションの前に死神はいた。




 淡い水色の壁面に、ベランダ部分のみがブルーグレーで配色された、五階建てマンションが月明りに照らされている。


「美しいマンションですね」


 エントランスも、床や照明器具などが白で統一されており、洗練された雰囲気を醸し出している。更に小さな『ある物』の存在が、この空間に可愛らしさもプラスしていた。


 それを見つけた死神が、並んだ集合郵便受けに走り寄って行く。

 

「郵便受けの部屋番号プレートが、猫の形ですね」


 エレベーターに乗り込むと、また新たに発見する。


「階数ボタンの形が、こっちは犬だ」


 二階から五階までのボタンは通常の丸ボタンだけれど、住人の全員が押すことになる一階エントランスのボタンのみ犬の形になっていた。


「帳さんは、動物が好きなんですか?」

「はい。特に猫を前にすると、途方もないほどデレデレになります」


 帳の途方もないほどデレデレな姿を想像してみるけれど、うまく浮かんでこない。そこで死神は、帳の前で自分が猫に変身してみようと考えた。


 最上階でエレベーターを降りる。帳の後に続き角部屋の前まで歩いてから、死神は周りに誰もいない事を確認しフッと姿を猫に変えた。


 優秀な死神達は変身後も普通に会話できるけれど、落ちこぼれの死神は猫に姿を変えると話す事ができない。それでも、相手の言葉は普通に理解できた。


 死神を背に、扉の鍵を開けていた帳が振り返る。


「死神さん、どうぞ。ここが僕の自宅で……あれ? 死神さん?」


 焦ったように辺りを伺っている帳の足を、死神は猫の前足でチョンチョンと突いた。視線を足元へと下げた帳が、こちらを見て破顔する。


「ねこさんじゃないですか〜。よーし、よし、よし、よし〜」


 しゃがみ込み、両手でそっと触れたかと思うと、首元を撫でられる。帳の品のある低音の声が、今は高音になり、まるで幼児に話しかけるような言葉遣いになっていた。


「いい子ですねぇ〜。よしよし〜」


 あまりの変貌ぶりに死神は驚き固まる。恐らく、この黒猫の中身が死神である事が、帳の頭から抜け落ちているのではないだろうか。


「モフモフですね〜。よしよし〜」


 お腹に顔をスリスリして、帳が存分に黒猫(死神)をモフっている。なんだかゾワゾワして、死神は身をよじり、帳の腕の中から抜け出し床に着地した。


 そして、急いで猫の変身を解く。

 黒猫から死神へ戻ると、帳に思い切り舌打ちされた。



「ちょっと、帳さん! 散々モフっておきながら、舌打ちしなくてもいいじゃないですか!」


「突然、元に戻られても……こっちの情緒が不安定になるじゃないですか。まったく、たちの悪い死神ですね」


「た、たちが悪いって! 死神は本来、たちの悪いものなんです! たちが悪くて正解なんです!」


 口を尖らせて抗議すると、「近所迷惑になるので大きな声は駄目ですよ」と、塩対応になった帳に叱られた。


「それは……ごめんなさい」


 ご近所の迷惑になる行為はいけなかったと、それについては反省しつつ……。それにしたって、死神バージョンと黒猫バージョンで、扱いに差があり過ぎるのではないかと思う。


 床を軽く蹴りながら拗ねていると、帳が玄関扉を開けて振り返った。


「死神さん。我が家へどうぞ」


 人間界に来てから、猫の姿でこっそり誰かのお宅にお邪魔した事はあっても、「どうぞ」と招き入れてもらうのは初めてだ。


「は、はい! では、お、お邪魔いたします!」


 嬉しさと緊張を抱えながら、一歩ずつ中へと進む。そして目にした部屋の光景に、死神はまた大きな声を上げていた。


「な、な、なんですかこの部屋の状態は……!」


 物がいたる所に散乱している。


 部屋自体は、外壁やエントランスのように白を基調とした壁紙で、アクセントにブルーグレーのラインが入った美しい内装だ。それが、床に散らかった物のせいで台無しになっている。


 恐る恐る中へ進んでいくと、ある一箇所だけはピカピカに磨かれ整頓されていた。


「キッチンだけは、埃一つ無いですね」

「僕の聖域なので」


 そう言って端正な顔で微笑まれても、キッチン以外が酷すぎる。洋服、そして沢山の書籍などで足の踏み場が無ない。


 意外だなと、死神は思った。

 帳珈琲店の店内を見て、綺麗好きなのかと思っていたのだ。それに……。


「帳さんは、完璧主義なのかと思っていました」

「珈琲店と自宅のキッチンだけは完璧に掃除していますが、他は全くです。掃除が苦手というより、その他の場所に興味がないというか、どうでもいいというか……」


 帳が、苦笑する。


「ですが、あまりに酷いのもどうかと思い、これは無銭飲食の死神さんに労働して頂かなくてはと思いまして……。今日はもう時間も遅いので、明日から頑張って下さい」


 そこまで聞いて、死神は自分がここへやって来た理由を思い出した。


 帳の自宅清掃だ。


 死神はもう一度、散らかった部屋を見渡す。

 あともう一杯くらい珈琲を頂かなくては割に合わないような気もするが……。とりあえず頑張ろうと意気込んだのだった。



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