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episode6

遡ること数時間前、深夜レティシアはひとりでに部屋を出た。自分が何故あんな態度をしたのか、レティシアには分からず眠れなかったのだ。


リリィかルードに話をしようと思った。けれどリリィはどこにもいなかった。代わりにルードを見つけた。食堂でひとりお酒を飲んでいた。


「レティシア。どうしましたか?」


ルードはレティシアを見つけると手招きした。レティシアはルードの前に座る。ルードは微笑んでレティシアを見つめた。

レティシアはルードのこの瞳が苦手だった。


「なにか飲みますか?それとも怖い夢を見たとか?」


ルードが嬉しそうに聞く。


「……あの人……怒ってない?」


レティシアの問いにすっと笑みが消える。なにかがっかりしたような顔だった。


「さあね。俺には分かりません。」


レティシアはルードの瞳をじっと見つめる。ルードはレティシアに好意的だ。けれど、レティシアにはルードの瞳の濁りがとても恐ろしく思える。


「あの人は随分合理的ですから、自分を煩わせるものとは距離を置くんじゃないですかね。」


ルードは何気なくそう言う。レティシアはルードがお前のことだと言いたいことを察していた。


優しい瞳を持っているあの人がそんなことをするはずがない。そう思いたかった。けれど、レティシアに染み付いた諦める癖がそれを良しとしない。


「………ここを……出ていきます……。」


レティシアはそう呟く。ルードは満足そうに笑っていた。






レティシアが夜中、ルードと居るのを見た。そのようなことを聞いて、ヴィリオスは一瞬でルードの元へ転移した。


「ヴィリオス。どうしました?」


へらりと笑うルードにヴィリオスは怒りが込み上げてくる。


「ルード・ビルダー。レティシアはどこだ。」


静かにそう聞く。声に知らず知らず怒気が混じった。

ルードは笑みを消して、ヴィリオスを見た。


「ああ、あの子ですか。何故貴方がそれを?」


「ルード・ビルダー。レティシアはどこだ。」


ヴィリオスはもう一度繰り返す。


「あの子は自分で出ていきましたよ。あの子の選択を尊重したらどうですか?」


「お前が何か言ったんじゃないのか。」


ヴィリオスがそういうとルードは笑った。


「だったら何ですか?俺は何も言ってはいけないと?」


ルードは深くため息を着く。


「結局、レティシアも貴方を選ぶんですね。フィリオーネと同じように。」


フィリオーネ。その名前に心がざわつく。


「お前、何を隠している。」


ルードはヴィリオスに近づく。


「俺は貴方が嫌いなんです。」


ヴィリオスの腹にナイフが刺さった。咄嗟にルードを弾こうとするが、魔力が上手く操れない。


「生まれながらに選ばれて。超越者と呼ばれて。俺の欲しいものはなんだって持ってる。」


ヴィリオスは目の前の幼なじみを見る。同じ戦争孤児で、共に生きてきた、心を許せる友人。


「フィリオーネは貴方を選んだ。レティシアくらい俺にくださいね。」


ルードはにっこりと笑う。とても久しぶりにヴィリオスは意識を失った。







レティシアは見慣れた牢屋で目を覚ました。ルードと話してから記憶が朧気だ。でも、陽の光すら届かない暗い暗い牢屋には、身に覚えがあった。


レティシアはここで生まれた。正確に言うと、物心ついた時からここにいた。レティシアを世話していたのは、教団、と呼ばれる人の信者で、教団はレティシアを必要としていた。


彼らがレティシアにしたのは、惨たらしい実験だった。世界各地から喪失者を集めて、その力を奪うための実験をする。レティシアは喪失者でありながら、魔力を持っていたからよく実験されていた。


血を抜き、身体を刻み、痛めつける。彼らはさまざまな方法で、レティシア達喪失者の力を奪おうとした。


レティシアの力は魔力と感情が天候に左右されるもの。悲しければ雨を降らせ、怒れば雷を落とし、嬉しければ晴らす。


教団にとってそれは煩わしいものだったから、レティシアは感情を表に出すと狂ったように殴られた。だからレティシアは笑うのも泣くのも怒るのもやめた。


けれど、感情を表に出さなくても、心はずっと痛かった。


レティシアはきょろきょろと懐かしい顔を探す。名前はサミュア。レティシアと同じエルフだ。


未来を見る眼を持った彼女は随分昔に目を抉られたらしく、盲目だった。レティシアの母を知っており、よく母の話をしてくれた。


レティシアの母、フィリオーネは天候を操る力を持っており、人の感情を読むことが出来たそうだ。

レティシアの感情が天候に左右される力も、フィリオーネから受け継いだものらしい。


サミュアはレティシアにペンダントを渡して、レティシアを逃がしてくれた。


ペンダントにはレティシアの父と母の写真が入っており、これを見せればきっと父親が名乗り出てくれるはずだからと。


でもレティシアはペンダントを1度も見なかった。母は死んだ。父は自分を知らない。孤独を実感しそうで怖かったから。


牢屋を出たのは、雪の降りしきる寒い冬だった。行くあてもなく歩いた。もう死んでしまうかと思った。でもそんな雪の日にあの人に出会った。


ヴィリオス・レ・カルティア。教団が憎む超越者である彼は、レティシアを受け入れてくれた。


教団はレティシア達喪失者のことを穢れた存在だと言った。だから、レティシアは置いてもらえるだけで幸せだった。

でもヴィリオスはレティシアに惜しみない愛情をくれた。レティシアが何をしても怒らなかった、殴らなかった。それどころか色々なものをくれた。


文字も魔法も魔法陣も。必要な知識を与えてくれた。美味しいものを沢山食べさせてくれた。初めて雪の中で出会った時に感じた、優しい気配は間違っていなかった。


なぜあんな態度を取ってしまったのだろう。レティシアは後悔する。


サミュアはどこを探してもいなかった。きっと殺されている。レティシアを逃がしたから。


たくさんの喪失者の子どもがいた。その子たちは着ている衣服はぼろぼろでも身体に傷1つ着いていなかった。

その子どもたちを守るように1人の男の子がレティシアを警戒している。身体中傷だらけだった。


きっとこの子も痛がってる。レティシアはその子に近づいた。手を伸ばすと咄嗟に振り払われる。伸びた爪がレティシアの手の甲に傷を作った。


それでもレティシアは男の子に触れる。瞳に移る優しさはどこかヴィリオスに似ていた。


男の子に治癒魔法をかけた。ヴィリオスの為にリリィと一緒にたくさん練習した魔法。


治癒魔法は男の子の傷も痛みもひとつ残らず治した。男の子が驚いてレティシアを見る。


「…痛く…ない…?」


レティシアの問いに男の子は頷く。


「…ありがとう。」


他に怪我をしている人がいないか探したが、男の子が守っていたのだろう。誰も傷ついていなかった。


レティは少し離れたところに座る。男の子が側にやってきた。


「俺はヨル。お前は?」


「……レティシア。」


「レティシアか。レアでいいな。お前どこから来たんだ?」


ヨルの問いにレティシアは悩む。魔塔は自分の意思で出てきた。でもここへ戻ってくるつもりはなかった。


「……ここに…戻ってきた…の。」


「お前元々ここに居たのか?!なんで戻ってきた?!」


ヨルは驚いてレティシアに聞く。レティシアはぽつりぽつりと話し始めた。サミュアという女性が自分を逃がしてくれたこと、魔塔でヴィリオス達と過ごしたこと、そして気がついたらここにいたこと。


ヨルは頷きながら聞いてくれた。そしてレティシアに言う。


「その、ヴィリオスって奴はお前のパパなのか?」


パパ、という聞きなれない言葉にレティシアはきょとんとする。


「俺もよく知らないんだけど、面倒見てくれる男のことをパパって呼ぶんだって。俺にはいないけど、あいつらの中にはパパがいる奴が居るからな。」


ヨルの言葉に数人が頷く。


「パパって奴には、甘えたりわがまま言ったりしてもいいんだってさ。ヴィリオスって奴がお前のパパなら許してくれるんじゃねえの?」


「そう…かな…。」


レティシアは自信なさげに呟く。


「きっとそうだって!もしかしたらお前のことも迎えに来るよ!」


ヨルはレティシアを励ます。すると笑い声が聞こえた。


「レティシア、ヴィリオスは迎えに来ませんよ。」


「…ルード……さん……。」


ヨルはレティシアを庇ってこっそりと聞く。


「あいつ知り合いか?」


レティシアは頷いた。


「あいつは教団のトップなんだよ。俺たちをここへ連れてきたのもあんなことしたのもあいつって訳だ。」


ヨルは憎々しげに呟く。レティシアは驚いたが、心のどこかで納得していた。あのような濁った瞳を持っていたから。


「……何したの……?」


ルードはレティシアの目を見て悲しそうな顔をする。


「貴女も結局、貴女の母親と同じ選択をするんですね……。でもどのみちヴィリオスは来ませんよ。俺が殺しましたから。」


レティシアは目を見開く。


「魔力が暴走して、魔塔ごと死にますよ。だから、貴女の元へは誰も来ない。」


レティシアの瞳からは涙が溢れる。外で雨が降り始めた。


「レティシアは俺と暮らすんです。」


ルードは微笑んで、レティシアへ手を伸ばした。





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