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episode5

雪が溶けて春がやってきた。暖かい気候は、新しいものへの期待を運んでくる。

魔塔も例外ではなく、どこか浮き足立った雰囲気をしていた。


「新年祭はどうするんだ?ヴィリオス。」


魔塔の最上階の執務室で、ヴィリオスはリリィにそう聞かれる。

リリィはレティシアと絵を描いていた。


新年祭。そういえばあったな、とヴィリオスは思う。

年が明けるのは冬の最中だが、新しい年がやってくるのは冬が終わってからだ。

春の訪れとともに新しい年を祝う。毎年この時期は新年祭の時期だ。


「……しんねんさい?」


レティシアが聞いてくる。レティシアは前に比べ随分と話すようになり、こういったように会話に入ってくることもしばしばあった。


「レティシアは興味があるみたいだ。連れて行ってやってはどうだ?」


きらきらと輝くレティシアの瞳を見て、ヴィリオスは頷く。


「そうします。」


レティシアは絵を描くのを辞め、椅子に座っているヴィリオスに近づいた。ヴィリオスはレティシアを抱え、膝の上に乗せる。


その様子を揶揄うようにリリィが口を開いた。


「いつからそのように甘やかせるようになったんだ?」


片眉を上げてにっこりと笑うリリィに、ヴィリオスはなんとも言えない表情になる。レティシアはヴィリオスの机の上のスクロールを興味津々に眺めていた。


「破いてみてもいいぞ。」


そう言ってヴィリオスはレティシアにスクロールを渡す。レティシアはスクロールを少しだけ破いた。するとひとりでにそこから裂け、部屋の中に夜空が広がる。


きゃっきゃっと嬉しそうに笑うレティシアの頭をヴィリオスは撫でた。


「そうしていると親子みたいだな。」


リリィが懐かしむように言う。ヴィリオスはレティシアのように甘えるような子どもではなかったが、確かにリリィに対して愛情を示していた。

様々なことを経て、合理的に考えすぎるようになったヴィリオスをリリィは案じていたのだ。


親子という響きがしっくりくるような気がする。レティシアが望むなら養子に迎えてもいいなとひとりでに思う。そこまで考えて、苦い思いが広がった。


魔塔主で超越者。稀有な立場は人を引き付けた。中にはそこから得られる利益を求める人がいたり、ヴィリオスにどうしようもない選択を迫るような人も居た。

いつしか情を捨て、合理的に動くようになった。心を許せるのもリリィとルードだけだった。


レティシアのことを愛しく思えば思うほど、危険に晒したくないと思う。魔塔主の娘という立場をこの子に背負わせたくなかった。


ヴィリオスの感情を察したように、レティシアが尋ねる。


「……痛い……?」


ヴィリオスは意識して穏やかに言った。


「痛くない。」


程なくしてスクロールの効果が消え、夜空が無くなる。名残惜しそうに眺めているレティシアを見て、ヴィリオスは言った。


「いつか本物を見せてやる。」


そうだ、とヴィリオスは思い出す。確か新年祭では花火が上がったはずだ。魔法ではない人の技術の叡智は、夜空に華やかな花を咲かせる。


「花火は見たことあるか?」


きっとないのだろうと尋ねたが、意外にもレティシアは頷いた。


「……むかし、1回だけ……。窓から……見てた…。」


レティシアの顔はあまり嬉しくなさそうだ。きっと辛い記憶に紐ずいているのだろう。


「ならば、近くに見に行こうか。きっと綺麗だ。」


レティシアは頷く。この子の記憶が楽しいものに塗り変わるようにと思った。





新年祭は7日間続き、花火が上がるのは最終日だ。

新年祭の時期は、魔塔の管轄地域だけでなく他の国からも警備の依頼やスクロールの注文があり、忙しかった。


レティシアは魔塔の魔法使いと初日から祭りを周っている。

毎日楽しそうに帰ってくるレティシアを微笑ましく思うと同時に、早く仕事を終わらせねばと思った。


レティシアは毎日ヴィリオスにお土産を渡しに執務室へ訪れた。

そして仕事をするヴィリオスの膝に乗りながら、今日あったことを話す。


ヴィリオスは器用に話を聞きながら、作業をしていた。7日目は絶対に一緒に行くからとレティシアに約束する。

レティシアは忙しいなら大丈夫だと言いながらも、ずっと楽しみに待っていた。






7日目の朝、今日はヴィリオスと回れると楽しみにレティシアは起きた。

いつものように執務室に行くこうと、部屋を出る。魔塔はなんだか騒がしかった。


ヴィリオスを見つけて駆け寄る。足に抱きつこうと近づいて、ヴィリオスの険しい顔を見て、辞めた。


「どうしても、私が行かねばならないのか?」


ヴィリオスは部下に聞く。ヴィリオスがそう言うのを珍しく思ったが、これはヴィリオスでなければどうにもならないことだった。


大型の魔物が現れた。今から行って討伐しても、花火の時間に間に合うか分からない。そもそも何体いるかも分からないから、帰るのは翌日になるかもしれない。


「ヴィリオス、貴方らしくないですよ。」


ルードが真剣にそう言う。たった1人の少女との約束と、数十万人の命。天秤にかけるまでもない。


「だが…。」


ヴィリオスの脳裏にレティシアの楽しみそうな顔が浮かぶ。それを咄嗟に振り払った。情に流されてはだめだ。合理的に判断を。そう考えても、レティシアとの約束が心に引っかかる。


「……大丈夫…だ…よ。」


レティシアの声がして、下を向く。彼女は笑っていた。


「……大丈夫……。」


ヴィリオスはレティシアの頭を撫でた。


「すまない。」


ヴィリオスはそれだけ言って、すぐさま転移する。魔法使い達は魔塔主が判断を謝らなかったことにほっとした。


「最終日も俺と一緒に周りましょう。」


ルードが慰めるように言う。


我慢することにはなれている。期待する方が間違ってる。

そう、思っているはずなのに。もやもやした気持ちが晴れなかった。


7日目はルードとリリィと一緒に祭りを周った。けれどもちっとも心が踊らない。日が暮れて、辺りも騒がしくなった。きっともうすぐ花火が上がるのだろう。


あの日、窓の外に見えた花火は、小さくても綺麗だった。

でも今、目の前に大輪の花を咲かせている光を見ても、何故だか嬉しいと思えなかった。

あれだけ近くで見たいと思っていたのに、せっかく間近で見れたのに。リリィとルードが良く見える場所を貸し切ってわざわざ見せてくれたのに。


レティシアは滅多に笑わない魔塔主を思い出す。微笑むことがなくても、言葉がきつくても、レティシアには最初から分かっていた。この人は優しい人だと。

もし、彼がこの場にいれば、きっとレティシアを抱き上げて、優しい瞳でレティシアを見てくれていたはずだ。


花火は夜空を明るく綺麗に染め上げる。レティシアの心は曇ったままだった。


結局、ヴィリオスが帰ってきたのは夜更けだった。

レティシアはヴィリオスが帰ってくるまで起きていたが、彼に会いに行くことはなかった。


レティシアはもう寝たとルードから聞かされて、ヴィリオスもレティシアに会おうとはしなかった。


「で、魔物はやはり?」


執務室でリリィがそう聞く。ヴィリオスは頷いた。


「教団の仕業です。」


この世界に宗教は確かに存在する。もう同化した神を崇めるものだ。だが、そこに神の意志を求めたりはせず、この世界の安寧を願う程度だった。


しかし、神の意志を求めるがあまり過激化した集団が居る。教団、と呼ばれる存在だ。彼らは天候や災害、魔物の出方から神の意志を読み取り、それを実践せんとした。


彼らは超越者や喪失者の存在をよく思っていないようで、魔物を操り、それらを攻撃することが多々あった。

恐らく今回も、ヴィリオスを狙ったものだろう。


何故よりにも寄ってこの日に、とヴィリオスは思う。

レティシアとの約束が守れず、悲しい思いをさせた。

それならばいっそ。


「ヴィリオス。レティシアと距離を置こうと思ってないだろうな。」


リリィに図星をつかれてヴィリオスは視線を逸らす。


「ヴィリオス。中途半端なことをするな。あの子を受け入れると決めたなら、最後までそれを貫け。」


リリィは厳しくヴィリオスに言い聞かせる。そしてふっと眉を下げた。この可愛い弟子を悩ましているのは、決して利己的なものではなく、慣れない愛情であることをわかっていた。


「レティシアのあれはお前に対する甘えだよ。あの子が自分の意思をはっきり表したのはこれが初めてだ。言い換えればお前になら甘えられると心を許しているんだ。なかなか心を開かないあの子がね。まったく。お前たちは変なところで似ているな。」


ヴィリオスはリリィに言われてはっとする。あの行動が、ヴィリオスに対する信頼と愛情の証なら、応えてやりたい。


「師匠。私はあの子を養子に迎えようと思います。あの子が良いと言ってくれるなら。」


あの子を喜ばせるよりも悲しませることが多いかもしれない。いい父親になれる気もしない。けれど、あの子が見せた愛情にヴィリオスは報いたいと思う。


リリィはヴィリオスを愛しそうに見つめた。あの小さかった子どもが、戦場で生きていた子どもが、誰かを愛せるようになったことがただ嬉しかった。


ヴィリオスはレティシアが起きたらその話をしようと思った。けれど、朝になってもレティシアには会えなかった。

レティシアが魔塔を出た、と報告を聞いたのは彼女の朝ごはんが出来上がった時だった。









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