episode4
翌日から、ヴィリオスはレティシアに魔法を教え始めた。
レティシアには魔法の才能があった。植物に水を与えたように、たくさんの知識を吸収して育っていくレティシアは教えがいがあった。
「今日は攻撃魔法を教える。」
レティシアを演武場に連れてきてヴィリオスはそう言う。
レティシアはこくりと頷いた。念の為ヴィリオスはレティシアに保護魔法をかける。
遠くにある的を指さす。
「あれを破壊する。」
小さな魔法弾を作り、的に当てる魔法弾は的の真ん中にあたり、的は壊れた。
「手のひらに魔力を集めるようなイメージだ。これに属性を付与したら様々な魔法弾が作れる。」
レティシアはこくりと頷く。本で幾度も読んだ基礎的な攻撃魔法。
レティシアは手のひらを的に向け、魔力をそこに集中させる。
魔力を込めすぎてどんどんと魔法弾は大きくなった。
どうすればいいか分からずレティシアは慌てる。
ヴィリオスはレティシアに叫んだ。
「魔法弾を放て!」
レティシアはヴィリオスの言う通り魔法弾を放つ。
魔法弾はどこにも飛んでいかずに、その場で爆発した。
ヴィリオスは咄嗟にレティシアを抱き抱える。
土煙が晴れ、レティシアは瞑っていた目を開けた。視界には自分を庇って怪我をしたヴィリオスが映った。
「…!」
慌てた様子のレティシアを安心させるために頭を撫でる。
「こんなのは直ぐに治る。」
ヴィリオスの言った通り、ヴィリオスの身体は自己治癒を始め、あっという間に傷が無くなった。
レティシアはぽかんとヴィリオスを眺めた後、その大きな瞳から大粒の涙を流し始めた。
ヴィリオスはぎょっとする。
「何故泣いている?」
レティシアは涙を拭いながら首を振る。こんなにも涙が溢れてくるのはレティシアも初めてだった。
レティシアが泣くと必ずと言っていいほど殴られた。だからレティシアは泣かなくなった。そしていつしか涙すら出てこなくなった。
目の前でヴィリオスが怪我をして、自責の念と、心配とでぐちゃぐちゃになり、何故だか泣けてきてしまう。
どうしていいか分からず、ヴィリオスはレティシアの涙が止まるまで抱きしめて、頭を撫でていた。
レティシアに僅かだが、確かに感情が芽生え始めた。
長い冬が終わり、春がやってくる。
「ヴィリオスの怪我を治す方法?」
珍しくレティシアが人を呼んだかと思えば、そのような話をされて、ルードとリリィは驚いた。リリィに至っては、あの屈強な弟子に怪我が似合わなさ過ぎて肩を震わせて笑っている。
ルードはレティシアの一生懸命な様子に苦笑した。
「レティシア、超越者についてはどれくらい知ってますか?」
超越者、という言葉に分かりやすくきょとんとしたレティシアにルードは説明する。
「この世界は神によって創られましたが、神はこの世界と同化してもう居ません。人間はその後に生まれました。超越者というのはその神に届くほどの力を持った人間のことで、レの名を持つものです。この世界に1人しかいません。ヴィリオス・レ・カルティア。魔塔主です。」
ヴィリオスの名を聞いてレティシアは笑顔になる。
「ヴィリオスが超越者と呼ばれるのは、彼だけがこの世界をどうにかできる存在だからです。言い換えれば、この世界に彼を害せる存在はいません。彼の頭上に槍が振ろうと、近距離で魔法弾を受けようと、彼を殺すことはできません。だから、ヴィリオスのことは心配しなくてもいいんですよ。」
ルードはレティシアの頭を撫でる。レティシアは俯いた。
レティシアは普段、全くと言っていいほど喋らない。たまに言葉を発することはあっても、それが自分の意思や考えであることはない。
「………でも、痛いよ。」
か細くも確かな言葉がレティシアの口から零れた。
ルードは驚いて目を見開く。
「今、喋って…。」
ルードの口をリリィが塞ぐ。レティシアは2人の様子を気にせず続けた。
「治っても…痛い…よ。」
レティシアの瞳にはヴィリオスへの心配が宿っていた。リリィは自分の愛弟子と目の前の子どもが心を通わせているのを嬉しく思う。
「なら、回復魔法と治癒魔法を習うのはどうだ?それなら痛みを取り除けるはずだ。習いたいなら私が教えよう。」
リリィの提案にレティシアはこくこくと頷く。この日からレティシアはリリィから回復魔法と治癒魔法を習い始めた。
レティシアが2人の元を訪れていた頃、ヴィリオスはひとりで窓の外を見ていた。雪が振ることが少なくなり、少しずつ春の息吹を感じる。
何故、レティシアを庇ったのか。ヴィリオスは考える。レティシアには保護魔法をかけていた。だから、あの距離で魔法弾に当たっても無傷だったはずだ。それでも咄嗟に身体が動いた。
『貴方は優しい人よ。』
誰かがそう言ったのを思い出す。つきりと頭が痛んだ。最近、頭痛が酷い。超越者という特性上、この頭痛は病ではない。
レティシアを見ていると言い表せない焦燥を感じる。何か、何か大事なものを忘れている気がする。
扉が開く音がした。音の方へ振り返るとレティシアが立っていた。彼女だけはヴィリオスの許可が無くても部屋に辿り着けるようにした。
その特別な扱いも合理的ではない。
「どうした?」
レティシアは何も言わずにヴィリオスに近づく。彼の手をそっと握った。
いつからだろうか、レティシアに触れられることに警戒しなくなったのは。
暖かく柔らかい魔力がヴィリオスを包む。治癒魔法だ。
拙いけれど、確かな魔法。
レティシアはヴィリオスを見つめる。そこに映るのは心配の感情。
「……痛く……ない?」
ヴィリオスはレティシアを抱きしめた。
「ああ、もう痛くない。」
顔は見えないが、レティシアが笑った気配がした。
胸に溢れるこの感情。認めるしかないだろう。この感情が愛と呼ばれるものであることを。




