第27話 天性
細長い木刀がオリヴィアの顔のすぐ横を掠め、髪を揺らす。
オリヴィアが顔を逸らしたことでそれは空を切るに留まる。しかし相手の——メイアスの猛攻は止むことはなく、二度、三度と突きを繰り出す。
オリヴィアは木刀を握った手をだらんと下げ、一歩、二歩と後退しながらそれを紙一重で回避する。
焦ったのだろうか、追いつこうとメイアスが大きく足を踏み出したところで——
その足と地面の間にオリヴィアの爪先が滑り込み、メイアスは体勢を崩す。
「——!!」
崩れた体勢にも関わらず、踏み出した足へと鋭く繰り出された突きを、しかしオリヴィアは自らの木刀で軌道をずらす。
間髪入れず、オリヴィアは空いた手でメイアスの襟を掴む。
そのまま自らも横に倒れ込むようにして、メイアスを地面へ引きずり倒した。
予期せぬ形で倒れたせいで受け身を取るのが精一杯のメイアスの頭に、倒れながらのオリヴィアの突きが吸い込まれるように放たれ——
直撃の寸前、白い花火がその間に飛び散り、オリヴィアの突きは不自然に弾かれた。
「——また負けかあ」
「ですね」
同時に2人の周囲——訓練場の一角を取り囲むように展開されていた障壁が消失する。
「少年、今の戦いはどうだった?」
「……すごいということは理解出来たんですけど、何せ応酬のレベルが高すぎて……すごいということ以外に分かりません」
「ふうん。私と同じ感想だ」
「第一席次殿も?」
「うん。指揮はともかく、戦闘自体に関しては私は素人だからね」
少し離れたところ、障壁のすぐ外側の椅子に腰掛けていたブレムと【人間】がそう会話を交わしていると、メイアスとオリヴィアが近寄ってくる。
「2人も参加するかい?」
「するわけないだろ」
「遠慮しておこうかな」
「メイアス……この二人が模擬戦をされると思っているのですか?」
「一応聞いてみたって感じ?」
呆れたように訊ねるオリヴィアに、メイアスは軽く笑って受け流す。
「さてオリヴィア、もう一戦といこうか」
「……【執行官】、まだ続けるの?もう1時間も経過しているけど」
「模擬戦なんていくらやっても楽しいだけでしょう、第一席次殿」
「それは貴方のようなごく少数の人間だけだよ……」
うんざりしたような【人間】の言葉にも、メイアスは聞く耳を持たず、そのまま訓練場の方へ歩いていく。
「では、私も行ってまいります」
「……疲れたらちゃんとメイアスに言うようにな」
「もちろんです、ブレム様。無理はしません」
ブレムの気遣いにオリヴィアはニコリと微笑んで、メイアスの後を追って、訓練場へ戻って行った。
オリヴィアの背中を見ながら、どうしてこうなったのか、ブレムはついさっきまでの出来事を思い出していた。
◇
「いやー、いい演説だったね!
それはそれとして今日は暇なんだろう?
上の訓練場も空いてるようだし、何戦かやらないかい?」
演説を終え、既にオリヴィアは教会内へと戻ってきていた。
【人間】と何か話していたオリヴィアは、遅れてやって来たブレムとメイアスに気付き、微笑む。
ブレムはオリヴィアを労ろうと、言葉をかけようとしたが——。
それよりも早く、メイアスがオリヴィアに声をかけた。
あまりにも唐突なメイアスの誘いに、【人間】はため息をつく。
「性急すぎないかな、【執行官】。【聖女】は帰って来たばかりだよ?」
「いやあ、今日からキキョウが遠征で教会を留守にするじゃないですか。【天律法位】も、戦える人はここ最近はみんな留守にしているんで、殺りあう人がいないんです。
仕事もここ数日は何もないでしょう?
だからちょっと体が疼いて仕方がないんですよ」
「他の教会の者は?」
「言っては悪いですけど、殺りごたえがなくて……」
「だからと言って、今すぐに【聖女】と模擬戦をする意味はないんじゃない?」
「私は構いませんよ?」
オリヴィアの即答を受け、【人間】は首を振った。
「【聖女】が異を唱えないのなら、私が止める理由はないか」
◇
(よくよく考えると、オリヴィアに演説について労えてないな)
これも全部、メイアスのせいだ——と、ブレムは心の中で愚痴りながら、オリヴィアとメイアスの方に視線をやる。
二人を取り囲むように展開される障壁は半透明のものなので、中の光景もよく見える。
この訓練場の機能として、一定以上の身体への損傷は自動的に無効化されるらしい。
一体どのような魔術式が使われているのだろうか、と気になったブレムは、先程【人間】にこの訓練場の地下に刻まれている魔術式とやらを特別に見せてもらったのだが——仕組みが全くわからなかった。
複雑であるとか以前に、基盤として用いられている魔術式の構造が、今まで見たことのないものであった。
本教会内と外では、魔術の技術水準に十数年——場合によっては数十年ほどの差があるように思える。
(だからこそ、オリヴィアやメイアスのような【天律法位】が人類最強の戦力だと謳われているんだな)
目の前の模擬戦はただ木刀で打ち合っているだけだけど、ブレムは付け加える。
「——もちろん、魔術の技術水準が他組織よりも優れていることは、【天律法位】が人類最強たる理由の一つだ。
だけど、それだけじゃない。もう一つ大きな要因が存在する」
しかしその認識は、思考を読んだような【人間】の言葉に遮られた。
どういうことだ——とブレムが口を開く間もなく、【人間】は続けた。
「少年、君は“天性”について知っているかな」
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