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第26話 善人は扱いやすい


「全く、【聖女】も余計なことを。

 完全に公私混同だね。後で注意しておこうか」

「さっきのオリヴィアの行動は不味かったんですか?」


 人混みから離れて、教会の中へと3人は戻った。

 【人間】は心なしか少し呆れたように呟き、ブレムは尋ねる。

 自分から手を振った手前、オリヴィアだけが責められるのは少し居たたまれない、というのがブレムの本音だった。

 

「もし勘の鋭い人間なら、【聖女】が特定の誰かに特別な感情を向けたと察することは難しくない。

 そうなると、これから積み上げていかなければならない【聖女】の神秘性が揺れることになる。

 【灰の神】の求心力に劣らないように、【聖女】には常に完璧な存在として振る舞ってもらわなければならないからね」

「……」

 

 今まで十分に聞かされていたことだが、オリヴィアには【聖女】としての役割がある。

 

 教会の対応も最悪というわけではない、むしろブレムとの関係を容認してくれている時点で、寛容な部類ではあるだろう。


 そしてオリヴィアも、この境遇を受け入れている。無論、少しは思うところもあるかもしれないが、少なくともオリヴィアが不満を口にしたことは一度もなかった。

 

「思うことがないわけじゃないようだね、少年」


 ブレムの心を見透かしたように——実際、手に取るようにブレムの心境を理解しているのだろう——【人間】は小さくため息をつき、その歩調を緩めた。


「私的な場では好きに振る舞っていいとも、【聖女】に伝えている。

 教会にとって、【聖女】は【灰の神】という規格外に対抗できる、現状で唯一の存在なんだ。見限られるような可能性は出来るだけ摘んでおきたい。彼女がいなければ、教会は【灰の神】になす術なく敗北し、それは魔族に対する人類の敗北を意味する」

「……やはり魔族というのは、人類にとって危険な存在なんですか?」


 ブレムの質問に、【人間】は小さく首を振る。


「昔はね。その時は人類と魔族は憎み合い、血で血を洗う争いを繰り返していたんだ。

 だけど今は違う。教会の数百年にわたる尽力で、互いの溝はほとんど埋まったといえる。

 埋まったのだけど、魔族の王である魔王は当時から生きている数少ない生き残りでね。薄まったとはいえ、彼の中には未だ人類への恨みというものが渦巻いている。

 人類の敗北は魔族による統治、すなわちその魔王が介入することとなり、最悪の場合、悲惨な歴史が繰り返される可能性がある。

 だから、人類は魔族に主導権を譲るわけにはいかないんだよ。こちら主導で和解を進める必要がある」

「……つまり魔族の人類への怨嗟が完全に消滅しているのなら、教会は人類が魔族に屈することも許容しているんですか?」


 ブレムの指摘に、【人間】は小さく首を傾げる。


「鋭いね。うん、その通り。

 その仮定の場合でも、教会が魔族に勝利し、和解することが最善なのは変わらない。

 だけど、人類が魔族に上手く敗北するのが次善ならば、上層部は迷いなくその選択を取るだろうね。彼らは頭が硬いだけで、心身は一般の信徒と変わらず、清廉潔白なんだ。

 ……排除が検討されていた貴方自身にとっては、複雑だろうけどね」

「俺は別に気にしていませんよ」

「そう。良かった」

 

 【人間】は無感情にそう呟く。しかしブレムの目には、心なしかほんの少し安堵が混じっているように見えた。


「関係のない質問をいいですか?」

「もちろん。何かな」


 だからというわけではないが、ブレムは昨日から抱いていた疑問を口にする。

 

「第一席次殿はどうして、そこまでして教会のために力を尽くそうとしているんですか?」


 昨日から一貫して、【人間】の言動は“教会のため”その目的だけに集約しているように思える。

 口調や雰囲気からして、おそらく見た目通りの年齢ではないのだろう。今までブレムが見かけた人間の誰よりも長生きしていると言われたとしても、ブレムには納得できるほどだ。

 目の前の【人間】は、ただ温情だけで、人類のためだけで動く人間なのだろうか、とブレムは不思議に思っていた。


 【人間】はブレムの目をじっと見つめている。


「知りたい?

 それはね、生きるため」


 かと思えば、逡巡することなくブレムに答えを告げた。

 

「——それは、どういうことですか?」

「仮に私が教会に属さない、ただの少女だったとしようか」


 混乱するブレムとは対照的に、【人間】の声音が揺れることはない。

 

「【聖女】が対処した、件の魔物を思い出して。

 アレが私の前に突然現れても、無力な私には何もできない。

 けれど私には教会がある。

 対処できる可能性が生まれる。

 つまり生存率が上がる。

 それだけ。生きるための手札が増えるんだ」

「……え、それだけですか?」

「うん」


 未だ飲み込めないブレムは、隣で黙ってぼーっと立っていたメイアスに目をやる。

 メイアスはブレムの視線に気づくと、苦笑して頷く。


「最初は驚くよね。でもこれが本当に理由らしいんだ」

「……生きるため、というのは、皆のために生きるため、ということですか?」


 なんとか絞り出したブレムの疑問に、メイアスは小さく吹き出し、【人間】は少し考え込んだ様子で黙った後、告げる。

 

「……面白い発想だね。

 否定はしないでおこうか。けど私を、そこまで温情のある人間だと解釈しない方が良いかもね」


 それだけ聞いて、【人間】は振り返り、教会の廊下を歩いていく。


「行こうか。【聖女】も待ってるんじゃないかな」


 そしてその場には、何がなんだか分からず立ち尽くすブレムと、未だ笑いを抑えきれないようなメイアスだけが残されていた。

次回も1週間以内に投稿します

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