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第25話 【聖女】の演説


「まずはこうして、皆様の前で挨拶をさせて頂く機会を賜り、教会関係者の方々、そしてお集まりくださった皆様には感謝の念に堪えません」


 翌朝、教会前の広場には大勢の人々が集まっていた。


 広場の中央には噴水が鎮座し、その前にそびえる形で臨時の演壇が設けられている。

 そこにオリヴィアは立ちながら、周りを見渡す。

 

 オリヴィア曰く、これまでにオリヴィアが【聖女】として公的な場へ姿を見せることはなかったらしい。

 

 集った民衆は、600年振りに任命されたとかいう【聖女】がどんな御方なのか、興味津々なのだろう。皆の視線が一斉にオリヴィアへと集中する。


 しかしそんな遠慮のない視線に動じることなく、むしろオリヴィアはニコリと微笑み返す。


「ああ、なんて美しい……」


 ブレムの隣に立っていた婦人が、うっとりした表情を浮かべながら、壇上へ熱っぽい視線を送っていた。


(同性でこれかよ……まあ仕方ないよな。オリヴィアだし)


 すでに慣れたブレムでさえ、たまにオリヴィアの笑みに見惚れてしまうのだ。

 ここからオリヴィアのいる場所へは距離があるが、それでもオリヴィアの笑みはまるで目の前で向けられたかのように、脳裏に焼き付く。


 そしてオリヴィアの声も、演壇に施された魔術のせいか、それともオリヴィア自身の魔法のせいか、遠く離れたブレムでもはっきりと聞き取ることができる。


「昨日、街中に複数の魔物が出現するという事案が発生しました。

 幸い、魔物の個々の実力は限定的であったため、すぐに対処することができましたが、不安な夜をお過ごしになった方は多いと思われます。

 教会を代表して、改めて皆様にお詫び申し上げます」


 そこまで言うと、オリヴィアは深々と頭を下げる。

 しかし人々の視線に、責めるような色は含まれない。

 むしろ、頭を下げるオリヴィアを気遣うような視線の方が多かった。

 

「予想通り、民衆の反応はおおむね好意的だね。まあ、魔物による被害も、【聖女】のおかげで事前に防ぐことができたからだけど。

 ……正確に言うと、【聖女】の魔法で“無かったこと”になっただけで、礼拝堂は被害を受けたんだけどね」


 にわかにブレムに声が投げかけられる。幼い少女の声だ。

 見ると、昨日に言葉を交わしたばっかりの少女がいた。


「君は【聖女】のお披露目の野次馬に来たのかな、少年」

「えっと……」

「好きに呼んで良い。確かに私の立場は公言するべきじゃないけど、今は教会の魔術研究部門が開発した魔道具で、私の存在認識を周りから遮断してある」


 そう言って、ブレムの隣に立った少女――【人間】は肩をすくめる。


「君もいたんだね、ブレム君」


 その後ろから、線の細い少年――メイアスが現れて、ブレムに手を振った。

 意外な顔ぶれの登場に少し驚きながら、ブレムは問いかける。

 

「おはようございます、第一席次様……と、メイアス。

 お二人もオリヴィアの姿を見にきたんですか?」

「それもある。けど私の一番の目的は、昨日の事案によって民衆の間にどれだけの不安が広がっているか確認すること。

 そして【聖女】の演説によって、不安がどの程度緩和されるか実際にこの目で確認することも、目的の一つ」

「僕は第一席次の護衛としてやって来ただけかな」

 

 そう言って笑うメイアスをよそに【人間】は、頭をあげて演説を再開したオリヴィアの方に視線をやる。


 オリヴィアは、今回の魔物の出現は、偶然が重なった半ば事故のようなもので、同じようなことは二度と起こらないでしょうと、民衆を安心させるように語りかけている。


「民衆の誰1人として、あの魔物の一体一体が、キキョウと【天律法位】を除いた教会の公的戦力を容易に滅ぼせる力があると想像すらしていない。良いことだね」


 当たり前のようにそう【人間】は断言する。


「下手に民衆の不安を煽る必要はない。

 それは無駄に悪意を増長させるだけだし、悪意が蔓延した社会を制御するのは、我々としても手間が増え、さらに不確定要素も増大する」

「本当のことを言うわけにはいかない、と?」

「それは少し違うかな、少年。

 【聖女】は嘘をついているわけじゃない。ただ、意図的に伝えていない真実が幾らか存在するだけ。我々としても民には誠実でありたいからね。

 現に、今回の騒動が偶然によって引き起こされたものだという事実に変わりはないし、同じような出来事は二度と起こらないということも同様に間違いない」

「そうなんですか?」

「うん。その詳細を君に伝えることはできないけどね」


 【聖女】であるオリヴィアの恋人とはいえ、部外者であるブレムには伝えられないことらしい。

 仕方ない、というより当たり前のことだな、とブレムは特に気にすることなく再び前を向く。


 ブレムと【人間】が雑談を続けている間にもオリヴィアは演説を続けており、それもどうやら終盤に差しかかっているようだった。


「【聖女】が任命されるのは実に600年振りであり、私はその大役を任されました。

 ……正直、重荷を感じないと言えば嘘になります。

 私のような者がこんな重責を担っていいものか、疑問に思うことも時にあります」


 そこでオリヴィアは口を閉じる。

 その時一瞬だけ静寂が辺りを支配し、それは再び広場に響き渡ったオリヴィアの澄んだ声によって破られた。


「ですが同時に、皆様の期待を裏切ることはないと、私は断言できます。

 皆様の支えに報いることができるよう誠心誠意努めてまいる所存です」


 そう締めくくり、頭を深々と下げたオリヴィアを、万雷の拍手が包み込む。

 

 ブレムも周りに合わせて、拍手をしようとする。

 しかし、頭を上げて周りを見渡していたオリヴィアの視線が、ブレム達がいる方向で止まった。


 もしかしたら、ではなくオリヴィアのことなので確実に気付いているのだろう。そう思いながら、ブレムは軽く手を振る。


 別にオリヴィアからの反応を期待したわけではなく、ただ思い立ってやってみた行動だったが——。


 瞬間、オリヴィアの微笑みが一段と明るくなり、控えめではあるが、確かに手を振り返したのがブレムの目にはっきりと映った。


「な——」

「今【聖女】様がオレに手を振ってくれたぞ!!」

「はあ?この私に向けてでしょう?!何自惚れてんのよ?」

「いやボクに向かってだね!!」


 まさか反応が返ってくるとは思っていなかったブレムは、驚きと気恥ずかしさから顔を真っ赤にして絶句してしまうが、それ以上に周囲がいきり立ち、ちょっとした混乱が起こってしまう。


「巻き込まれないように離れようか。第一席次殿もこちらに」


 メイアスに誘導される形で、ブレムと【人間】は人混みから離れていった。

次回も1週間以内に更新します。

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