第28話 仕合い
「天性……とは?人が生まれ持った才能みたいな……」
「それは言葉通りの意味だね。ただ、先天的に獲得するものという意味では近いかな」
ブレムが捻り出した推測は、【人間】に覆される。
「“天性”。
それは魔術とはまた別の、魂に根ざす超能力のようなものだと認識すれば良い。
殆どの者は魂の構造上、その“天性”を持ち合わせておらず、後天的に新しく手に入れることもできない」
「なるほど……?」
「実際に見てもらった方が早いかな——【執行官】。」
【人間】が声をかけた先では、メイアスが再びオリヴィアの木刀を顔面に喰らい、吹っ飛ばされたところであった。
「——どうしたんですか、第一席次殿」
「次は“天性”を使って戦ってよ」
その言葉に、メイアスは少し意外そうな顔をした。
「え?僕は良いですけど……」
「少年に“天性”の概念を説明しているところでね」
「それで実際に見せたいってことですか?」
メイアスはオリヴィアの方に視線をやる。
「では、私は代わりに魔法を少し使わせて頂きますね」
オリヴィアはそう告げた後、少し困ったように笑いながら付け足した。
「——本気のメイアスに木刀一本で立ち向かうのは、無茶が過ぎますから」
その言葉を合図に、辺りの空気が冷え込んだ気がした。
(——違うか。2人が本気になったんだ)
今までが遊びだったというわけではないだろうが、それでもこれからの戦いは、一段と苛烈なものになるのだろう、と、ぼんやりとその様子を眺めていたブレムは、姿勢を正した。
障壁が再び展開され、その奥でオリヴィアとメイアスは姿勢を落とし、構える。
ただし、先程までの戦いとは少し異なる点があった。
(——2人の距離が、さっきよりも広い?)
これまでの仕合いが始まる前の2人の間隔は、2メートルほどだった。
ただ、今は2人は4メートル程の距離を空け、構えている。
逆に言えば、それ以外に変わった様子はない。
オリヴィアにもメイアスにも、魔術やその“天性”とやらを発動している様子は、少なくともブレムの目では確認できない。
「自分から命令しておいてこんな事を言うのは何だけど、【執行官】の“天性”は、言葉を選ばなければかなり地味でね。見せ物としては向いていないかな。
ただ、【天律法位】以外に“天性”を保持している者はごく稀だ。殆ど存在しないと言ってもいい。
貴重な経験になるだろうから、しっかりと目に焼き付けると良いよ」
「……教会に来てから、貴重でない出来事なんてありませんよ」
「そう?それならいいけど——おっと、そろそろ始まるかな」
【人間】の言葉に、ブレムは意識を再び2人の方へ向ける。
どこからか、鐘のような音が鳴る。
これはこの訓練場の機能の一つらしく、先程まで2人は、この鐘が数えて3回目に鳴る瞬間に、仕合いを開始していた。
今回も同様のようで、2回目の鐘、そして3回目の鐘の音が響き渡り——。
メイアスとオリヴィアが同時に動いた。
「な——」
ブレムは思わず、驚きの声を漏らした。
メイアスは木刀を、深く踏み込みながら両手で突き出した。
オリヴィアは同時に後退しながら、突きを躱すように全身を捻る。
ただ、2人は4メートル程の空間で隔てられている。メイアスがどれだけ手を伸ばしても、オリヴィアの身体へ届くことはない——はずだった。
だが、ブレムが声を漏らしたのは、その直後だった。
オリヴィアの右脇腹に大きく傷が走り、そこから純白の修道服に鮮血が広がっていく。
オリヴィアはその傷に表情を動かすことなく、後ろに数歩ほど跳びながら、障壁近くまで後退する。
「——突きを飛ばした、のか?」
ブレムは呟く。昔、御伽話か何かで、主人公が斬撃を飛ばして遠くの敵を斬るというシーンがあった。
その御伽話では魔術によるもので、斬撃も黒く光っていたのだが、“天性”では透明な斬撃を飛ばせるのだろうか——と、ブレムは推測するが。
「それは違う。次の攻防を見ればもっと分かるかもね」
その推測は【人間】によって否定される。
そして、障壁の奥で再び攻防は加速していく。
未だ少なくない量の血が脇腹の傷から溢れ、地面に滴るが、オリヴィアの表情は変わらない。
オリヴィアが何か呟くと、手に持つ木刀が白い輝きを放ち始める。
そしてそれを頭上に構えると、メイアスの方に向かって振り下ろす。
それはブレムが御伽話で読んだ“飛ぶ斬撃”そのものだった。
恐ろしい速度でメイアスへと迫った白い斬撃はメイアスの身体へ着弾し——。
——斬撃はメイアスの身体を、まるで霧を斬るようにすり抜けた。
「——あ?!」
ブレムが再び、驚愕の声を漏らす。
確かにオリヴィアの斬撃はメイアスに直撃していた。ならば、今ブレムが目にしているメイアスの姿は幻か何かで、本当のメイアスの身体は障壁内のどこかで透明になっているだけなのだろうか?
そのブレムの疑問が解消されることはなく、メイアスは走り出す。
オリヴィアは姿勢を落とし、木刀を下段に構える。
全身が、白く眩い光に包まれていく。
「——かなりの強度の身体強化の魔法だ。速度で圧倒するつもり——」
【人間】が何か言おうとするが、それをブレムが聞き届けることはなかった。
オリヴィアの身体が瞬く間に掻き消える。
そして——白い花火がその空間に飛び散り。
展開されていた障壁が消失した。
次回も1週間以内に投稿します




