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第23話 合理性の化物

筆が乗ったので更新します。

 ――君は、どうして生きている?

 

 【人間】から突然告げられた問い。

 

 それにバッカスは思わず、掴んでいた手の力を緩める。

 支えを失った【人間】は落下し、椅子のクッションにポスンと収まる。


「……私が、どうして生きているかだと?なぜ、そのような無意味な問いに答えなければならない」

「気が変わった。もう少しだけ雑談しようか。ついでに【聖女】も答えてね」

「――私も、ですか?」

「うん」


 首を傾げながら困惑したように瞬きをするオリヴィアに対して、【人間】は座り心地が悪いのか、もぞもぞと動く。


 バッカスは再び、【人間】を見下ろしながら、口を開いた。

 

「すべての護られるべき人間を、護るために生きている。それだけだ」


 遅れて、オリヴィアも静かに口を開いた。

 

「……あの日から、【聖女】に相応しい振る舞いで日々を歩み続ける、それだけが私の生きる理由でした……ですが」


 そこで言葉を切ると、オリヴィアはほんの少しだけ表情を緩める。


「今は、ブレム様と共にいたい、という気持ちが確かにあります……これは生きる理由でないかもしれませんが、死にたくない理由ではあると思います」

「そう」


 【人間】は興味なさげに相槌を打つと、黙り込んだ。


 数秒ほどの沈黙の後、【人間】は口を開く。

 

「じゃあ、今度は私が答えようか。

 私が生きている理由――を話す前に」


 肘置きに頬杖をついた【人間】を見下ろしながら、バッカスは密かに警戒を一段階引き上げた。


 この【人間】という、合理性がヒトの形をとったような化物が、気分で動く筈がない。

 一見非合理に思える行動でも、全てが何かしらの最適解になるようにつながっている。

 この雑談とやらも、何かの目的があってのことなのだろう。

 しかしその目的とは?

 バッカスが【人間】を、ブレムとオリヴィアのことで脅す前後で【人間】の対応が一転していることから、バッカスの行動が原因なのだろう。

 今までバッカスは、【人間】に反抗的な態度を示すことはあっても、先程のように、敵意をはっきりと言葉にすることはなかった。

 それを、【人間】はどう捉えたのか。興味深いと感じたのか、それともイレギュラーと感じたのか。

 何にせよ、碌なことはしてこないだろう。――と、バッカスは油断なく身構える。


「【護人】、私はいつから、こんな感じに合理的に考えるようになったんだろうね。分かる?」


 【人間】は、呟くように言葉を漏らした。

 

「……私が知っていると思うか?」

「ふうん。生まれた時から、か。惜しいね」

「――ッ」

「本質は外してないんだけどね。【聖女】は分かるかな」


 自らの脳内の思考を覗き見られたバッカスの胸の中に、嫌悪感と僅かな恐怖が広がる。

 そんなバッカスに一瞬だけ目をやってから、オリヴィアも淡々と口を開く。


「――受精した時から、ですか?」

「正解。流石だね、【聖女】。

 ……君は答えを知らなくて正解を答えてしまうから、次からは聞かないでおくね」

 

 【人間】は、小さくため息をつくと、視線をバッカスに戻した。


「――私の両親は、言ってしまえば平凡な人間でね。そんなありふれた夫婦の間に、合理でしか物事を測れない私が生まれるなんて、可笑しなことだよね。

 けど、【聖女】という規格外の人間が存在するという事実を踏まえると、私という存在もそこまでおかしなことじゃない、のかな?

 話を戻そうか。

 私は受精したときから意識があったんだ。

 【護人】、付き合いが長い君なら、今更、不思議に思うことでもないよね。

 けど、疑問が浮かばない?

 なんで、“私は生きようと思ったのか”」

 

 バッカスは口を挟む暇もなく、ただ【人間】の独白に耳を傾ける。

 オリヴィアはその後ろ、少し離れたところで2人の様子を眺めていた。

 

「だって非効率でしょ?生きるって。

 生きる、つまり生命活動を維持するには、睡眠、食事を始めとして、様々な能動的活動をこなさないといけない。

 仮に精一杯生きたって最後は死ぬだけ。

 なにか目標があって、達成できたとしても、結末は変わらない。

 私みたいに寿命がない存在にとっても、人生は果てのない道を目的もなく歩き続けるようなもの。

 なら、合理的に考えるなら、生きるって全く割に合わないよね。

 実際、合理性を極限まで切り詰めようとした人間――俗に言う“悟りを開こうとした”人間達は、私が知る限り、最終的にその結論へ辿り着く。

 そして、それを否定するために、合理性そのものを歪曲する。

 もしくは、自死、かな。実はこっちの方が数としては多いんだ。

 そういう人間は歴史に名を残さないから」


 【人間】は視線を床に向けると、呟くように言葉を溢す。


「長くなったね。本題に入ろうか。

 どうして私は、今も生き続けてるのかな?」


 バッカスも今までの会話で、疑問に思い始めていた。

 バッカスは今まで、この化物は教会の繁栄のために、合理を突き詰めていく存在だと定義し、納得していた。

 

 だが、指摘されてみれば、教会のために動くことより、何もせず自死することの方が合理的のように思えるし、この合理性の化物がその選択を実行に移していないということが不思議に思えてくる。


「何故か分かる、【護人】?」

「……知らん」

「今度は本当に思いつかないみたいだね。【聖女】、折角だから正解を教えてあげて」

「私ですか?――わかりました。その理由は――」


 オリヴィアは、小さく息を整えると、口を開いて答えを告げようとする。


「――どういうことですか?理由になっていないのでは?」


 しかし居間に響いたのは、困惑に満ちたオリヴィアの声であった。


 何?と状況を掴めないバッカスをよそに、【人間】は再び頬杖を解いて、首を傾ける。


「それが理由だよ、【聖女】。

 ――私が生きている理由は、()()()()()()()()

「――は?」


 バッカスの口から思わず、間抜けな声が漏れた。

 生きている理由が、生まれたから?

 それは理由ではなく、単なる因果のすり替えなのではないか――と、バッカスは混乱してしまう。

 

「順を追って説明するね。

 さっき合理性を極限まで切り詰めると言ったけどね。実はそれは間違いなんだ。

 さっきは、『能動的活動は、受動的活動よりも非効率的である』って前提で話しているんだよ。

 でも、私にとっては、ただぼーっとして、呼吸も鼓動も脳の活動を停止しているのも、教会の発展のために身を粉にして働くのも、おんなじ労力なんだ。

 労力ってのは変かな。どっちも、()()()()()()()んだ」


 ――何の価値もない。

 その言葉が、バッカスの胸中の奥底に深く沈んでいく。

 

「そんな私にとっては、能動的活動の連続である人生は、特に苦でもない。

 だって、価値がないからね。

 けど、それは最初の疑問を完全に説明しきってはいないんだ。

 どうして生きるという選択をしたんだっていう疑問が浮かび上がるから。

 それは――その理由こそが“生まれたから”」


 ガタガタと。

 バッカスの指が小刻みに、しかし確かに震える。


 理解していた。

 この少女は、化物だと。

 理解していた筈だった。

 

 理解なんて出来ていなかった。

 理解出来る筈がなかった。

 この“人間”は――化物だ、と。

 理屈でも感情でも、理解していなかった。

 

「生まれたってことは、私の意志が及ぶ前に“私という存在は生きている”って事実が先に決定されたんだ。

 摩擦のない氷の上を、一定の速度で滑ってる光景を想像して。

 その決定を覆そうとするのは、速度を殺そうと、地面に爪を立てるような振る舞い。

 それは――合理的に考えるなら、すごく、“非効率”で“理屈に合わない”よね?

 人生に価値はないけど、それが人生を中断する理由にはならないよね?

 だから、私は死を選ぶことなく、今ここにいる。

 端的に纏めると、“生まれたから生きる”ってこと。

 こう考えると、案外俗っぽい考えじゃないかな」


 そこまで言い切って、【人間】は一瞬だけ口元を緩ませた。


「さて、今度こそ雑談は終わり。仕事の話に入ろうか。

 【聖女】、悪いけど、また新しくコップにお茶を注ぎ直してきてくれないかな。私と、【護人】と君の分をね」

「……承知しました」


 【人間】の独白を、僅かに悲しそうに見つめていたオリヴィアは、ゆっくりとお辞儀をして、部屋から出ていった。

 

「【護人】、君も椅子に座りなよ」

「……ああ」

 

 バッカスは、掠れた声でそう応じると、ゆっくりと後ずさる。

 

 そして、【人間】の真正面の椅子に、ドサリと崩れ落ちるように座る。


「――【人間】」


 バッカスは、未だに震えが止まらない指先を強く握りしめ、その化物を正面から見据えた。


 その目に、先程まで渦巻いていた敵意は見られない。

 ただ僅かな嫌悪感と、それを遥かに凌駕する恐怖がバッカスを支配していた。


「私は、貴様が大嫌いだ」

「そう。よかったね」


 震える喉の奥から辛うじて絞り出したバッカスの言葉に、ただ【人間】はそっけなく返した。

祝、30話!

いつも読んでいただきありがとうございます。

更新が安定しない拙作を追って下さる皆様には、感謝の気持ちしかありません。

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次回は1週間後以内に更新します。

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