第19話
「『こんな小さい娘が、スペア聖教会、【天律法位】の第一席次?』、『役職はわかったけど、この少女の名前は?』、『どうしてこのタイミングで?』『昨日は、どうして立場を隠して、中庭にいたの』『そもそも、どうして“法位”ではなく“席次”なの?』、……君が抱いている疑問はざっとまとめるとこれくらいかな」
少女――【人間】は淡々と、そう述べた。
【人間】に勧められ、向かい合う椅子に座ったブレムは思わず眉を顰める。
「どうして――」
「『――俺の考えてることが分かるんですか?』、か。難しくないよ。視線、呼吸、眉の寄り方。そういう小さな癖をつなげて当ててるだけ。ほら、目は口ほどに物を言うって言葉もあるし」
【人間】はそう言って、自分の目元と口元を交互に指差す。
その仕草は幼さが残るあどけない動作だったが、その目は全く笑っていなかった。
思わず、ブレムの背筋がゾクリと震えてしまう。
「【聖女】。悪いけど、三人分の茶菓子を持ってきて。部屋に備え付けのものでいいから」
「承知しました、第一席次殿。お茶もお持ちしましょうか?」
「うん。それも三人分よろしくね」
【人間】はそう告げると、オリヴィアはニコりと会釈し、居間を出ていく。
ブレムの横を通り過ぎる直前、オリヴィアはブレムの耳に口を近づけ、
「すぐ戻りますから、落ち着いて第一席次殿の言葉に耳を傾けてくださいね」
とだけ囁くと、オリヴィアは居間を出ていった。
「それじゃあまずは、君の疑問に可能な限り答えていく――ところだけど、その前に」
オリヴィアが部屋の扉を閉めた途端、【人間】は椅子から立ち上がると――深々と、頭を下げた。
な――と、思考が追いつかないブレムを前にして、【人間】は感情のない声で述べていく。
「本教会に関係のない身にも関わらず、こんな離れた場所までわざわざ足を運んでくれて、ありがとう。
そして今日の騒動で、無関係な君を危険な目にしまって、本当に申し訳ない。
教会の一員として、そしてスペア聖教会の最高責任者として、改めて君に感謝し、謝罪する」
その表情は、垂れ下がった金髪に遮られて、伺うことができない。
「頭を上げてください。教会の偉い方が、俺みたいな部外者にそんなことを気にする必要はないですよ――」
と、ブレムが慌てて止めようとしても構わず、【人間】は数秒ほど頭を下げ続けていた。
やがて何事もなかったかのように静かに顔を上げると、【人間】は再び椅子に座り直しながら言う。
「本来なら私のような立場の者が、簡単に頭を下げるべきじゃないんだけどね。それでも、最低限の“筋”はあって然るべきだから」
「はあ……」
ブレムは曖昧に返事をしながら、目の前に座る少女を観察する。
(……一体何がしたいんだ?)
初対面は、ブレムが本教会に到着して初日、中庭で僅かな間、問答を交わした。
その時は確かに見た目に不相応な、妙に落ち着いた口調だったものの、少しは人間味があるように思えた。
しかし今日、再び顔を合わせてからこの時まで、一度も感情らしい感情を見せていない。
頭を下げている最中ですら、その声に抑揚は感じられず、ただ事務的に言葉を並べているようにブレムは思えた。
(つまり、初日の態度は演技ってことか……。それとも、今日は第一席次として、職務として接しているだけか?)
どちらにせよ、心して構える必要がある、とブレムが気を引き締めたところで。
「整理は済んだかな。じゃあ改めて、君の疑問に答えていこうか」
【人間】は、ブレムの目をじっと見つめて、口を開く。
「まずはじめに、【天律法位】の序列体系についてから。
第二法位【天使】から第十二法位【空位】までは、役職として【法位】が与えられるんだけど、第一位だけは別。
これは、第一席次が、その他の法位よりも明確に立場が上である事を示すため。逆に言えば、それ以外の法位同士で、立場の上下は存在しない」
ブレムは、ふうん?と相槌を打つ。
そもそも【天律法位】の座位者が何人いるのかすらも知らないブレムにとって、今ひとつ実感の湧かない話だった。
「次に、私の名前について。
私に固有名詞は存在しない。正確には、“今は”と言った方が正しいかな。名乗る名が無い以上、私は第一席次【人間】であるとしか名乗れない」
……名前が存在しない?
ブレムは眉を顰めて、口を開こうとする。
「どう――」
「『どうして、俺にそんな重要な情報を明かすようなことを?』かな。何度も遮るような真似をして悪いね。けどこれが1番効率的だから、少し我慢して。
この質問は、また後に答えるよ」
【人間】はそれだけ言い切ると、頬杖を突いたまま、床をじっと見つめる。
そのまま、沈黙が2人の間に落ちる。
(……だから、何を狙ってるんだ?)
いきなり黙りこくってしまった【人間】に対して、ブレムは混乱してしまう。
不可解な言動で、こちらを混乱させようとしているのだろうか?
しかしわざわざそうする理由が、ブレムには思いつかない。
「上層部は元々」
と、床を見たまま、【人間】は淡々と口を開く。
「【聖女】の恋人である君を処分するか決めかねていたんだ」
次回は明後日の22:00前後に更新予定です




