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第18話 第一席次

「第一席次……?」


 ブレムの呟きには、バッカスは振り向きもしなかった。

 返答の代わりに、バッカスは扉の外へ歩み出る。


(【天律法位】……の役職じゃないのか?まあ、偉い人には変わりないか……?)


 何故自分のような余所者がわざわざ上層階に呼ばれるのかと、ブレムは疑問を覚える――ことはなかった。


 オリヴィア――【聖女】の恋人であるという繊細な立場にあるブレムは、この本教会の滞在中に少なくとも一回は呼び出されるのだろうと覚悟していた。

 寧ろ、想像よりも詮索が遅すぎるのではないかと、逆にその事を不安に思っていたくらいだ。


「……ブレム様、心配ですか?」


 しかし、そうだからと言って不安がよぎらないわけではない。


 オリヴィアにそっと手を握られ、ブレムは小さく息を吐いた。


「そりゃ勿論、多少はな。でも、オリヴィアがいてくれるのなら、安心の方が勝ってる」

「はい。いざという時は、私がブレム様を守りますね。それにバッカス様も、あの方なら私達の味方になってくれます」

「……頼もしいな。」


 握られた指先の温もりで、胸のざわつきが少しだけ薄まった気がした。


 ◇


 別館の廊下を、ブレムとオリヴィアは手を繋いで進む。

 今更ながら別館もかなりの広さで、出口に繋がる居間までも、到達するのにそれなりに時間を要する。


「バッカスさんもここに来たってことは、もう下の後始末は終わったんだよな?」

「はい。元々人的被害もなく、建物の被害も軽微ですからね」

「正確には建物は結構ぶっ壊れてたよな。オリヴィアが元通りの状態に戻しただけで」


 改めて思い返さなくても、恐ろしい光景だったよな、とブレムは笑う。


「……ですが、もう少し抑えても良かったでしょうか」


 ぽつりと、オリヴィアが少し俯きながら呟いた。

 視線でブレムが促すようにすると、オリヴィアは続けた。


「皆様、怯えているような様子でしたし……」

「ああ……別に気にしなくて良いんじゃないか?遠慮しすぎて、被害が増えたら本末転倒だろ」


 その答えを聞いて、オリヴィアは小さく微笑む。

 

「……そう言って下さり、私も心強いです」


 オリヴィアの肩から、わずかに力が抜ける。

 

 と、2人の少し前を歩いていたバッカスが、廊下の突き当たりの扉を押し開けた。


 別館の出口は居間に設けられているので、上層階に向かうには居間を通る必要がある。


 ブレムも、再び歩み出したバッカスに続いて、居間の中に足を踏み入れた。


 別館の居間は本教会の白い回廊とは違い、幾らか生活感が漂っている。

 木の床はわずかに軋み、長椅子には布の皺が寄っている。

 隅には湯飲みと茶器がまとめられ、乾いた茶葉の匂いがほのかに漂っていた。

 

(昨日の夜もここでオリヴィアと過ごしたしな)


 そんな穏やかな気持ちを抱きながら、ブレムは再び歩き出そうとするが――。


「……何故だ?」


 突如バッカスは立ち止まり、目の前――本教会側へ続く扉の方を睨む。


「珍しいですね。あの方は、中庭以外に殆ど出てこられませんのに」

 

 オリヴィアも、首を傾げて不思議そうに呟く。


 一体2人ともどうしたんだ?とブレムは戸惑いながら、そちらへ視線を向ける。


 扉は両扉で、重厚な作りであった。


 そのうち片方の扉だけが、キィ、とゆっくりと押し開けられる。


「入れ違いになるかもと思っていたけど、間に合って良かったよ」

 

 その隙間から、少し幼い声と共に、小さい影がひょっこりと顔を出した。


「君は……」

「昨日ぶりだね、少年」


 そのまま滑り込むように居間へ入り込んだのは、昨日中庭で会話を交わした、謎の少女だった。


 相変わらず感情の読めない視線をこちらに向けていた。

 手元には、数束の花束を握りしめている。

 何故、この少女がここに?と困惑するブレムをよそにオリヴィアは一歩前に出て、礼をしようとする。


「お久しぶりで――」

「何故、貴様の方からここに来た」


 しかし、バッカスの発した低い声が、それを遮る。


「ちょっと気が向いたから、来ただけかな」


 少女は悪びれる様子もなくさらりと言い放つと、ブレム達の方に歩み寄る。


「昨日はご挨拶できませんでしたので、改めて……お久しぶりです」

「久しぶりだね、【聖女】。はいこれ」


 丁寧に頭を下げるオリヴィアに対して、少女は手に持っていた花束を差し出す。

 オリヴィアはそれを受け取りながら、首を傾げる。


「こちらは?」

「プレゼント。2人の恋人記念くらいに受け取って」

「なるほど……ありがとうございます」


 ニコりと微笑むオリヴィアから視線を外して、少女はブレムの方に目を向ける。


「立ち話も何だし、座ろうか。【護人】、君は人が来ないか見張ってて」

「……承知した」


 バッカスは歯を食い縛るような表情を見せたが、すぐに踵を返すと、扉の外へ出ていった。

 少女も、暖炉の方へと歩み寄る。

 

「これ、一体どういう状況――」

「まだ混乱してる?仕方ないけど」


 ブレムはこそっと隣のオリヴィアに尋ねようとするが、少女が先に口を開いてしまい、それを許さなかった。


「そうですね……では、私がブレム様にご紹介いたしますか?」

「今はいいかな。折角だし自分でするよ」


 話している間も、少女は暖炉の方へ歩み寄っていく。


「薄々は察してたかもね。実は、私は【天律法位】に属する者なんだ」


 そして、少女は暖炉の側に置かれていた椅子に座り、肘掛けに頬杖をついて言った。


「第一席次、【人間】。

 それが私の名前。

 改めてよろしく、少年」

 


次回は明後日の22:00前後に更新します

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