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第16話 自分にはないもの

更新遅れました。本当に申し訳ないです。


(――規格外だ)


 桔梗は、目の前で行われた攻防に、息を呑んだ。

 いや、もはや攻防とすら呼べないかもしれない。何せ文字通り、瞬く間に決着はついたのだから。


 オリヴィアの背後から突然現れた黄金の龍が、鯨を一口に丸呑みしたかと思えば、すぐにその姿を消したのだ。


 その龍は大きく、そして速かった。

 順を追って言えば、まずオリヴィアの背後に、空間を抉じ開けるように大穴が開いた。

 続いて、礼拝堂を狭く錯覚させるほど広く口を開けた虚空の向こうから、黄金の龍が目で追えない速度で、鯨に向かって一直線に飛び出した。

 間髪入れずに鯨を飲み込んだ龍はそのまま、いつの間にか口を開けていたもう一つの大穴に飛び込み、――穴ごと閉じた。

 この間、何の音も、揺れも、衝撃も生じる事はなかった。

 自爆の心配などある筈がない。何せ鯨を飲み込んだ龍はどこかに消えてしまったのだから。


 ブレムや応援の魔術師達では、具体的に何が起こったかすら把握していないだろう。

 バッカスやメイアスですら、視認できたかすらも怪しい。

 かくいう桔梗も、あまりに刹那の出来事すぎて、龍の詳細な輪郭を把握する事は叶わなかった。


「――【星天】」


 オリヴィアの呟きだけが、静謐な礼拝堂に響き渡る。


「――はは」

「何だ、アレは……」

「化物……」

 

 視界の端で、魔術師達が一人、二人と地面に膝をつくのを桔梗は目にした。

 当然だろう。彼らは魔術師としてこそ二流に過ぎないが、魔術の研究者としては超が付く一流である。

 彼らにとって、魔術の行使に魔術式を必要とすることなど、常識以前の大前提である。

 魔術式を必要としない魔術――魔法など、存在すら認めることはできないのだろう。


 そして打ちのめされたのは、桔梗も同じである。

 

 ――叶うはずがない。


 桔梗は、再びそう結論づけてしまった。

 追いつく、追い越すといった次元の話ではない。

 改めて思い知らされた。


 小さく自嘲するような笑みが溢れる。

 気づけば口を開き、反射的にその呼び名が出そうになった。


「【聖女】様――」


 桔梗は膝をつき、息を整える。

 そして言葉を続ける直前――。


「――オリヴィア」


 礼拝堂内に小さな、しかし確かに響き渡るような呼び声がオリヴィアに投げかけられた。


 予想だにしていなかった呼びかけに、思わず桔梗は声のした方に視線を向ける。


 そこには、硬い表情で一歩前に踏み出した少年――ブレムの姿があった。

 

 オリヴィアが振り向き、小さく首を傾げる。


「どうされましたか、ブレム様」

 

 ブレムは言葉を詰まらせると、視線を泳がせる。

 やがて意を決したようにゆっくりと、口を開いた。


「……えーと。怪我、なかったか?」

「――え?」

 

 オリヴィアは、パチリと両目を瞬かせる。

 

 今まで黙って一部始終を傍観していたバッカスは、惚けた顔のまま固まる。

 いや、鏡を見れば桔梗自身も似たような表情で固まっていることだろう。


 怪我?あれだけの一方的な戦闘、蹂躙劇を目にしておいて、最初に掛ける問いがそれか?

 

 桔梗達の気持ちを代弁するように、メイアスが楽しそうに茶化すように言った。


「ブレム君?今の戦闘でさ、オリヴィアが一度でも危うくなった瞬間ってあった?」


 ブレムは気恥ずかしそうに呟く。

 

「う、うるさい……何言うか思いつかなかったんだよ……」


 それを聞いた瞬間、堪えきれないように、オリヴィアは小さく笑った。


 それにまた桔梗が呆気に取られていると、オリヴィアは未だ顔を綻ばせながら、口を開く。

 

「ご覧の通り、私は無事ですよ、ブレム様。皆様も、お変わりなさそうで、良かったです」


 その笑みは、何故か桔梗の胸の奥をひどくざわつかせた。


 それが何を意味するのか、桔梗にはまだ言葉にできなかった。

 

 

 ◇


「何故、ブレムさんは平然としていられるのですか?」


 本教会の上層階、回廊の途中で桔梗は立ち止まると、隣を歩いていたブレムに問いかけた。

 鯨を討伐出来たとはいえ、未だ片付いていない事は多かった。

 だが、あくまで部外者であるブレムは保護対象ということで、一旦別館に戻ることになった。


 しかし上層部に向かうには許可が必要であり、案内を誰かが務める必要があった。

 その役目を買って出たのが、桔梗であった。


「……いきなりどうした?」


 ブレムは振り返り、訝しそうに聞き返す。

 

「まあいいけど……確かに命の危険はあったけど、正直、展開が速すぎて上手く飲み込めてなかったってのが本音――」

「そっちではありません。」


 ブレムの言葉を遮って、桔梗は続ける。


「貴方は魔術式に関しては理解が深いので、分かるでしょう。【聖女】様は、次元が違う。存在の格が違う。

 それなのにどうして貴方は、今まで通りに【聖女】様と接する事が出来るのですか?」


 口にしながら、どうして自分は問い詰めるような真似をしているのか、桔梗には分からなかった。

 ただ、胸に残るしこりを無視する事ができなかったことだけは、確かだった。

 

 ブレムは小さく首を傾げると、当然のように言った。


「別にオリヴィアはオリヴィアだろ?」


 桔梗は、言葉に詰まった。

 あまりにも単純で、あまりにも迷いがない。


「……それが、分からないのです」


 桔梗の声に、ブレムは少し困ったように眉を下げた。

 それから、言葉を選ぶみたいに視線を上へ逃がす。


「何て言えばいいかな……確かにオリヴィアの魔法は凄い。今まで俺が学んできたことなんか、霞むんだってことを突きつけられて、ショックかって問われたら首を縦に振るしかない」


 ブレムは苦笑し、肩をすくめた。


「けど、そういう俺の常識を壊すとこも含めてオリヴィアなんだというか……接し方を変えるのは話が別というか……話は戻るけど、要するに俺にとってオリヴィアはオリヴィアなんだ」


 桔梗には、返す言葉がなかった。

 理屈ならいくらでも並べられるだろう。

 だが、その理屈が今、目の前の少年には一切必要ないのだと、突きつけられた気がした。


 ――礼拝堂での戦闘で、桔梗は元々、鯨を自力で討ち取るつもりはなかった。

 時間稼ぎを主目的に、オリヴィア――あるいは教会軍の増援を待ち、余裕をもって一気に殲滅する算段だった。


 だがメイアスがブレムを連れてきて、状況が変わった。

 もしブレムが【聖女】の戦いを目撃しその規格外さに、あの日の自分のように心を折られるようなことがあれば――。

 桔梗は、また後悔する羽目になる。そう思い込んでしまった。


 それを避けるために、桔梗はリスクを取って討伐を急いだ。

 結果として、あわや全滅の危機に陥ったのだった。


「――そう、ですか」


 桔梗はそれだけ口にすると、再び回廊を歩き出す。


 胸の奥のしこりが、少しだけ輪郭を持つ。

 それは畏怖でも羨望でもない。

 名前を付けようとすることすらおこがましいかもしれない。

 ただ――


(……この人は、強い)

 

 それは天才の強さではない。

 それは化物の強さでもない。

 ただ、自分ではどうやっても干渉できない、変えないという強さだ。


 それが桔梗には、少し眩しすぎた。



 


次回は明後日の22:00前後に更新します

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