15話 花山桔梗
『花山桔梗は天才である』
彼を知るものは、皆そう口を揃える。
事実、桔梗には才能があった。
それも、同世代の尺度では測れないほどの資質である。
幼い頃から魔術、勉学、座学も実戦も問わず同世代で並ぶものはおらず、その中でも戦闘センス――戦況に合わせた即興の魔術式構築、あらゆる相手に対する対応力――に関しては、当時でも一流の魔術師と比べても遜色はなかった。
無論、桔梗も己の研鑽を欠かした事はない。だが、彼が生まれ持った理不尽すぎる才能の前では、その血の滲むような研鑽も比べるまでもなく霞む。
それでも桔梗は、『天才』という呼び名を好まなかった。
その言葉は便利だ。理解できないものを、理解しなくて済む。
努力も、研鑽も、積み重ねも、全てひとまとめにして『才能』で片付けられてしまう。
だから桔梗は、誰よりも早く、誰よりも正確に積み上げた。
しかし、『天才』という単語がヒトの形をとって生まれたような桔梗であるが、そんな彼の『天才』が揺らいだ時期があった。
一回目は、今から5年前。
先代から簒奪するような形で継承し、当時僅か齢5歳にして第二法位【天使】に就いた、花山家の天災児。
彼女が本教会直下に広がる大罪迷宮の単独攻略を開始したのでは?という噂が教会内に広がった。
同時に、『それが本当ならば、真に『天才』と呼ぶべきなのは当代【天使】に対してこそなのでは?』という声も囁かれた。
しかし、その噂は直ぐに止むことになった。
理由は、単純に【天使】の存在があまりにも荒唐無稽だったからである。
公的には第二法位【天使】は空席のままであり、大罪迷宮には接近すらしていないと上層部は口を揃えて否定した。
また、噂の信憑性の無さもそれに拍車を掛けた。
大罪迷宮とは地上の魔物とは比較にならないほど強力な存在が多数跋扈する魔境で、人間どころか魔族すらも一度立ち入れば生きて帰ることができない、まさに深淵である。
実際、大罪迷宮は100階層近くまで続くと言われているが、記録に残る最深到達では34階層である。
そんな魔境を単独で攻略するなど、愚行中の愚行であり、笑い話で終わるのが当然だった。
一月後には、再び桔梗は『天才』の座へと返り咲いた。
そして2回目は、数年前から先月までの期間の話である。
ただの修道女であった筈のオリヴィアが、急速にその才能を開花させ始めたのだ。
最初は、その成長に誰もが皆喜んだ。
才能の無い身でありながら、今まで積み重ねていた彼女の年月がようやく報われ始めたのだと、誰もが思った。
無論、桔梗も自分のことのように喜んだ。
今まで彼女が自身の非才を嘆き、日々悩んでいたことをメイアスと並んで良く知っていたからだ。
◇
その数ヶ月後、オリヴィアは【聖女】として正式に任命されることが決定された。
◇
彼女を知る者は言う。
あの方は『天才』などという枠に収まる存在ではない。
あの方の才能は我々が言い表せる次元に存在しない。
強いて言うなら――
あの方は化物だ、と。
桔梗は再び『天才』と呼ばれ始めた。
しかし、それはもはや称賛ではなかった。
それには、【聖女】オリヴィアという規格外と同じ時代に生まれてしまった、『天才』である筈の少年に対する憐憫と。
未だ折れる様子を見せずに研鑽し続ける少年に対する敬意が含まれていた。
桔梗は、彼の『天才』が別の意味に塗り替えられてしまったことを、不快に感じる事はない。
元々嫌とも好ましくとも思っていなかった呼称である。
再び天才と呼ばれたところで、それが桔梗にとって何かが変わるわけではない。
ただし――。
彼にとってそれは■■だった。
次回は明後日の22:00前後に更新すると思います




