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第12話 礼拝堂に現れた魔物



「……引き返していいか?」

「まあまあ、折角ここまで来たんだからさ。もうちょっと粘ろう?」


 階段を降りるごとに、建物が小さく揺れる。

 何かが崩れ落ちるような音も、次第に大きくなっていく。


 微かに、低くくぐもった唸り声のようなものが聞こえた。


(……来るべきじゃなかったな)


 先程の自分の判断を、ブレムは早くも後悔し始めていた。


「すごい魔力だ。こんな大物が教会に現れるなんてね。転移装置が緊急停止してなかったら、今頃はとっくにその姿を拝めてたのに」


 そんなブレムをよそに、メイアスは顔を綻ばせながら、階段を駆け降りていく。


 ブレムも、ここまで来て引き返す訳にもいかず、後悔を噛み殺しながら後に続いた。

 

 階段を降り切ると、正面に重厚な扉が現れた。

 扉の向こうから、鈍い衝撃音が絶え間なく響いている。


「本当に行くのか――ってちょっと待て」


 ブレムの制止をよそに、メイアスは扉に手をかけると、躊躇いなく押し開けた。


 ――視界が焼けそうになる程強烈に眩い閃光が、一直線にこちらに迫っていた。


「――は?」


 扉を開けた先、礼拝堂の天井付近から放たれた、赤く濁った光線。

 それをブレムがはっきりと認識したときには、もう遅かった。


「危ない!!」


 その鋭い叫び声と同時に、眼前に半透明な何かが展開され、それに間断なく赤い閃光が衝突する。


 轟音。


 空気が弾け、床が軋む。


「っ――!」


 衝撃に押され、ブレムの身体が後方へ吹き飛ばされそうになるが――。


「おっと、大丈夫?」


 ブレムの体が何かに優しく受け止められたように、その勢いが完全に消えた。


「……え?」

「お二人とも、無事で……って、メイアス?それにブレムさん!?」

「流石だね、キキョウ。あれほどの攻撃を相殺しきるなんて」


 未だ状況を飲み込めていないブレムをよそに、慌てたように、宙を滑るようにしてこちらへ飛来してきたキキョウに対して、メイアスは気にした様子もなく笑う。


「メイアスはいいとして、ブレムさんはなぜここに……」

「僕が強引に誘ったら、渋々了承してくれたね」

「――何だって?なんて無茶なことを!僕が防がなければ、君はともかく、ブレムさんは間違いなく死んでいましたよ!?」

「大丈夫だって。僕がいるし」


 声を荒げるキキョウに対してメイアスは肩を竦めながら返すが、ブレムはそのやり取りを半ば聞き流していた。

 正確にはその奥、礼拝堂に意識が向かっていた。


 1番最初に視線が吸い寄せられたのは、天井付近を泳ぐ、半透明な何かだった。

 それは鯨だった。

 全長は20メートルほどだろうか。広い礼拝堂の中を窮屈そうに、まるで水の中を泳ぐように宙を漂っている。


 鯨の視線とブレムの視線が交差した。


「――ォォォォォォォォォォォォ」


 否、あれを視線と呼んでいいのだろうか。通常は眼球が存在するであろう箇所は真っ黒な空洞が浮かんでいて、それらがブレムのいる方へ向いていた。


 鯨が大きく口を裂くように開ける。口内が濁った赤い閃光で染まり、それが身体の外に溢れ出して礼拝堂内部を赤く照らす。


「え、これやばいんじゃ――」


 と、ブレムが言い終える暇もなく。

 光の密度が急激に増すと、そのまま光線として再びブレム達の元へ放たれる。


 ブレムが認識する暇もなく、その閃光はブレム達の方へ飛来し――


「『空間歪曲』」


 赤い閃光がメイアス達を呑み込まんとする直前、振り向いたキキョウが何か魔術を唱えると、その光が反転する。


 そのまま折り返した光線は鯨の元へ飛来し、その側頭部に直撃した。


「――ォォォォォォォォォ!!?」


 鯨が、苦悶に満ちた唸り声をあげる。

 

(何だ今の魔術……。一瞬見ただけじゃ、何も理解できなかった……)


 ブレムはただ驚愕しながら鯨を見上げることしかできなかった。

 そんなブレムをよそに、メイアスとキキョウは言葉を交わす。

 

「余裕そうだね?」

「礼拝堂内の人々が避難する時間を稼ぐだけなら容易です。しかし敵の回復速度がかなり速い。倒し切るのは簡単ではないでしょう」


 その言葉にブレムも視線を再び鯨の方に向けると、光線が直撃して出来た傷跡がみるみる内に塞がっていく。


「じゃあ時間稼ぎに徹する?その内、教会本隊の応援も来るでしょ。それに、どこにいるか分からないけど、オリヴィアが来たらほぼ勝ちみたいなものだし」

「元々そのつもりで――」


 そこまで言いかけて、キキョウは不意に言葉を止めた。

 そして、未だ呆然として鯨を見上げていたブレムの方を振り返る。


「……」


 その表情が、僅かに歪む。

 

「……状況が変わりました」


 その僅かな変化にブレムが違和感を感じる暇もなく、再びキキョウは視線を鯨に向ける。


「応援は待ちません。僕とバッカスさんで、アレを討ちます」

「……珍しいね。君のことだからもっと慎重な判断を下すと思ったけど」


 メイアスが目を細める。


「まあいいけど。それで、倒す目処は立っているのかい?」

「魔力探知で確認しました。身体の中心に位置するコアを破壊すれば、完全に機能を停止するはずです」

「出来そう?」

「回復の隙なく攻撃を叩き込めば――あるいは」


 その答えを聞くと、メイアスは笑って頷いた。

 

「そういうことなら、僕は逃げ遅れた人の誘導でもしておこうかな。あれだけ図体がデカい敵は、ちょっと相性が悪いし」

「では、お願いします。ブレムさんも、メイアスに何か吹き込まれても、決して無茶な行動はしないように」

「信用ないなあ、僕」


 メイアスは肩をすくめた。


「ま、いいけど。キキョウも死なない程度に頑張って」

「勿論です――『浮遊』」


 キキョウがそう短く呟くと、その姿がふっと宙へ浮かび上がった。

 

 そのまま鯨の元へ一直線に向かっていくと、キキョウは複数の魔術を展開しながらその周りを飛び回る。

 

「じゃあ、僕らは逃げ遅れた人たちのところに向かおう……って、大丈夫かい?」


 それを背後に、こちらを振り向いたメイアスが首を傾げる。


「……ちょっと驚いたけど、何とかな」

「まあ驚くよね。あの鯨も、キキョウの魔術も、普通に生きてたらまず見かけることはないし」


 でも、とメイアスは肩をすくめると、不敵な笑みを浮かべて、どこか楽しげに言う。


「これくらいで驚いてたら、オリヴィアの本気を目にしたときに心臓がもたないよ」

「……それは――」

 

 その言葉を噛み締めて、ブレムは――


「相手がオリヴィアだったら、驚きはしない……多分」

「そう?それならいいけど」

 

 そう言って軽く笑うメイアスの背後で、轟音が響いた。

 

「無駄話をしてる暇はなかったね。早速向かおうか」

「ああ」


 そう苦笑しながら礼拝堂の奥へと向かうメイアスに続き、ブレムも慎重に歩き出す。


 視界の端に、キキョウの魔術を喰らって身を捩る鯨の姿を捉えながら。

次回は明後日の21:00前後に投稿します

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