第11話
めちゃくちゃ投稿サボりました。本当に申し訳ございません。
「……出来た」
ブレムは、かれこれ数時間、休むことなくペンを動かし続けていた手を止めると、そのまま机に突っ伏した。
ブレムは今、本教会中層階に設けられた図書館にいた。
昨日、オリヴィアとの時間を過ごし、そしてメイアス・モルタリスという、どこか掴めない少年と邂逅した後、教会へと戻ってきた。
オリヴィアは、今日は再び上層部に呼ばれている。
昨日は顔合わせのようなものだったらしく、本格的な会議となる今日は、午前中丸々、場合によっては夕方まで時間を要すると、申し訳なさそうにオリヴィアから聞かされていた。
午後はまたどこかへ出かけようと約束してオリヴィアと別れた後、その間に何をして時間を潰そうか考えていたブレムだったが、ふと試したいことがあり、図書館へやってきたというわけである。
本教会から渡された通行証があるおかげで、中層階の一部までは自由に出入りできるため、特に問題なく入室出来た。
図書館はかなり広く、高い天井まで届く書架が整然と並び、その隙間を朝日が細く差し込んでいる。
蔵書量もかなりのもので、ブレムの目的とする本もすぐに見つけることが出来た。
(即興で作った割には、かなりの出来栄え……のはず)
ブレムは机に頭を預けたまま、自分が書き上げた術式の紙へ視線を向ける。
つい先日、ブレムのいた街から魔導船の発着場へ向かう際、オリヴィアが用いた転移の魔法が、ブレムの頭の片隅に残っていた。
魔術にはあって然るべき魔術式なしに発動したその奇跡。
ブレムはそれを、一人の魔術式の探究者として、魔術式で再現してみたくなったのだ。
結果は……まあ数時間にしては上出来だろうと、疲労感で全身を脱力させながらも満足感に浸っていたブレムであったが。
「それは……魔術式ですか?」
「……ん?」
背中から投げかけられた声に、視線を後方に向ける。
そこにいたのは、昨日中庭で見かけた少年だった。
別れ際に『オリヴィアのことを1人にしないで下さい』的な事を言われたので、よく印象に残っている。
しかし、数時間ペンを走らせ続けて疲労困憊のブレムの頭では、この少年の名前を思い出すことができなかった。
「すまん…名前、何だっけ?」
ブレムが問いかけると、少年は目を瞬かせると、苦笑した。
「……名乗っていませんでしたね。僕は花山桔梗といいます。改めて、よろしくお願いします」
少年が差し出した右手を握り返しながら、ブレムは首を傾げる。
「よろしく……珍しい名前だな。カザンが名前か?」
「家系が東洋の出身でして、桔梗が名前です」
「東洋……東洋人ってことか。本当にいるんだな」
改めて少年――キキョウの顔を観察すると、確かに顔立ちがどことなく異国の風情を帯びていた。
東洋……神律スペア聖教会が完全に勢力圏を広げているこの大陸よりさらに東、魔族が多く住む大陸には少数ではあるが人間も一定数存在しているとかだったなと、ブレムは学校で話半分で聞いた知識を思い出していた。
2つの大陸がかなり距離が離れているのもあって、数年前まで人の往来は殆ど存在せず、ブレムも今まで東洋人という存在を見かけたことがなかった。
「東洋人と言ってもだいぶ血は薄まっていますがね。
それでも名前だけは、変わらず受け継がれているんです」
「へえ……」
本教会なだけあって、色々な出自の人間がいるんだな、とブレムは感心した。
「それで、魔術式についてなのですが……転移術式ですよね」
「……よく分かるな。ああ。ここに並べられてた本を参考にしてちょっと書いてみた。転移の魔術式についての本なんて、俺の住んでたとこでは見かけることすらなかったから、粗は多いと思うけど……。
……そもそもこういう本って、俺みたいなよそ者が簡単に目に触れていいものなのか?レメリア王国じゃ、転移の魔術は国家機密とかで、今まで詳しく知れなかったんだが」
ここの図書館に初めて来て、その蔵書量はもちろん、内容の専門性にブレムは少なからず驚いた。
キキョウはあっさりと答える。
「構いませんよ。ここでは転移の術式は秘匿するほど高度な技術ではありませんから。ブレムさんに漏れたところで、特に問題はないでしょう。
それに、この図書館に立ち入ることが出来るのは、原則的に教会の関係者だけですから」
「そうなのか?だとしてももう少し厳重に扱った方がいいんじゃないか……」
ここでは大した技術でなくても、外では貴重な技術であることには変わりのないのに……と、ブレムは半ば呆れていたが。
そんなブレムの思考を遮るように。
図書館内に、ひどくけたたましい警鐘が響き渡った。
図書館を満たしていた静謐な空気を破るように響き渡った轟音に、ブレムは驚く暇もなく、両耳を塞ぐ。
「魔物?しかも礼拝堂に……?」
キキョウの呟きは、その轟音かき消され、ブレムが聞き取ることはなかった。
すぐに警鐘は収まったが、ブレムはすぐに行動を起こすことが出来なかった。
「ブレムさん。どうやら礼拝堂に魔物が出現したようです。それもかなり強力な個体が」
「魔物……?何で本教会に?」
「分かりません。ですが下の兵士達では対処できないでしょうし、僕は礼拝堂に向かいます。ブレムさんは上の階に避難しておいて下さい。間違っても礼拝堂に向かわないように」
キキョウはそれだけ告げると、その周りに無数の光が出現する。
「『空間転移』」
それが緻密に練られた魔術式だと理解したのは、キキョウの姿がかき消えてしばらくしてからだった。
(すっげぇ……一瞬であんな複雑な魔術式を展開できるのかよ。俺が書いたものより断然――いや、そうじゃなくて。早く避難しないと)
ブレムの頭にまとまりのない思考がいくつも浮かぶが、それを慌てて振り払う。
「皆さん、落ち着いて我々の指示に従って下さい!」
立ち上がったブレムは、大声で叫ぶ神官の誘導に従い、図書館を後にする。
(どうして魔物が本教会に?そもそも、キキョウはどうやって魔物の出現を把握した――)
廊下を早足で進んでいたブレムは、不意に足を止めた。
ふと視線を横に向ける。
そこには、下の階層――礼拝堂に続く階段があった。
(……いや、流石に向かうかよ。確かに、今まで生きた魔物を目にしたことはないけど。興味がないわけじゃないけど)
そう、僅かに胸に漂う未練を断ち切るように、ブレムは再び廊下を走り出す。
そして曲がり角に差し掛かり――
「――あだっ!?」
「おっと」
勢いよく飛び出してきた黒い塊に、ブレムは減速する間もなく衝突し、変な声が漏れ出てしまう。
黒い塊はその勢いで数メートルほど跳ね飛ばされ、地面をゴロゴロと転がる。
「軽っ……ってそうじゃなくて、大丈夫ですか!?」
床にうつ伏せになって静止した黒いモノ――ではなくて、暗い紺色の服を着た小柄な人物に、慌ててブレムは駆け寄る。
「ああ、大丈夫だよブレム君。僕の不注意だったからね」
しかしその人物は、駆け寄ろうとするブレムを片手で制すると、何事もなかったかのようにゆっくりと立ち上がる。
「君は……メイアスさん、だったっけ?」
「昨日ぶりだね。メイアスでいいよ。年はそんな変わりないだろうし」
そう言って笑う少年は、昨日の帰り道に初めて出会った謎の少年――メイアスだった。
かなり掴みどころのない雰囲気を醸し出していたので、ブレムの印象によく残っていた。
「それで、君はそんな急いでどこに……って、聞く必要もないか。礼拝堂に向かってたんだよね。急がないとキキョウに魔物が討伐されるかもしれないし――」
「いや、上層階に向かってる……」
「え?」
「え?」
メイアスはきょとんと目を瞬かせる。
「上層階に魔物はいないよ?」
「いや避難場所に魔物がいたらおかしいだろ……」
「……もしかして魔物を見学しようとしてるわけじゃないの?」
「当たり前だろ……?避難してるんだよ」
寧ろどうして俺が向かうと勘違いしてるんだ……と、ブレムは内心で呆れる。
メイアスは首を傾げる。
「気配からして、それなりに強大な個体だよ?普段過ごしてたら中々お目にかからない大物だよ?見ないなんて、勿体なくない?」
「なおさら行きたくないんだが?俺も自分の命は惜しいし……」
「ああ、それなら大丈夫。今はバッカスさんとキキョウが対応してるから、被害は出ないんじゃないかな」
そこまで当然のように言い切ると、メイアスは顔に浮かべた笑みを深める。
「だから下に降りない?安心してよ。万が一の時は僕の命を賭けて守るから」
その言葉に、ブレムの背筋がぞくりと冷える。
「命って……そんな冗談言うなよ」
「僕はいつだって本気だよ?まあ簡単に死ぬつもりもないけど……それで、君は一緒に行く?」
「いや――」
俺は行かない、と言いかけて、ブレムはふと考え込む。
確かに、初めて実際に見る魔物の姿に興味がないわけではない。
それにメイアス曰く、身の危険は殆どないらしいし……と、ブレムは言い聞かせる。
「……そこまで言うなら、行ってみるか」
「その気になった?いいね」
メイアスは楽しげに笑うと、踵を返す。
「早く行こう。キキョウとバッカスの方が優勢みたいだし」
「……どうやってそんなことが分かるんだ?」
「気配でね」
そう言って廊下を駆け出したメイアスの後を追って、ブレムも走り出した。
次回は明日の21:00前後に投稿します。多分




