落ちこぼれエンチャンターとデバフの真髄(12)
デバフの神様
落ちこぼれエンチャンターとデバフの真髄(12)
勇者と女戦士がダメージを稼ぐ。亀が彼らを目で追い始めると、反対側の付与術士が邪魔をする。こうして、ヘイトを奪い合うことで亀を縛り付けていた。
「【ホーリーウォール】!!」
僧侶の防御スキルがパーティーメンバー全員にバリアの如く張り巡らされる。魔法防御力を上げる効果だ。山亀の火炎ブレス対策である。
エンチャンターは思う。水属性のバフが掛けられたら随分楽な戦いになっただろうに、と。
属性で頼れるのは魔術師マーリの水魔法だけだ。それだけでも随分戦局はこちら側へ傾いている。であれば、と思うのだ。しかし、落ちこぼれエンチャンターにはそれができない。
重要な局面でいつも『役立たず』と思わされるのだ。
そして、二回目の眷属召喚が行われる。山亀はその場で甲羅入りを果たした。すかさず魔術師の【トレンティアルレイン】、集中豪雨が多数の岩亀達に打ち付けられる。
じっくり時間をかけて倒そうとしたその時、異変が起こる。
ズズズズズズズズ
眷属がまだ残されている段階で、マウンテンビッグタートルが、その首と足を伸ばし始めたのだ。
「「「なっ!!!?」」」
驚愕に襲われる勇者達。イレギュラーはいつも突然起こるからイレギュラーという。
「仕方ない【トレンティアルレイン】」
集中豪雨の連弾でマーリが膝をついた。岩亀達は全てが消えていく。そしてマウンテンビッグタートルの咆哮が響いた。
「GUAAAAAAAA!!!!」
継続回復と、魔法防御力が剥がされる。
「【エリアブレス】!!」
「ファランカ、マーリを連れて下がれ!!」
「はい!!」
技後硬直の間に後衛二人を下がらせる。エンチャンターは叫んだ。
「この後薙ぎ払いが来るぞっ!!」
勇者達は攻撃をなおも続けることで返事とした。ヘイトが右足側へ向かう。エンチャンターは流れるように鉄の剣を振り回した。それは、人が"剣舞"と呼ぶほどの流麗な動きだった。
多段ヒットがマウンテンビッグタートルの左足へ炸裂する。
山亀は顔を天高く上げて吠えた。
「GUAAAAAAAA!!!!」
マウンテンビッグタートルはエンチャンターへ向けて猛毒の霧を吐いて頭突きを敢行した。
「ぐはっ!!」
「「リヴァイスっ!?」」
吹き飛ばされた黒髪。駆け寄った僧侶が毒を払うスキルをかけようとした。
亀の頭突きは流れで勇者と戦士のところへ到達するところだった。
「アキラス!! ラキール!!」
マーリが絶望するように叫ぶ。遠くで女戦士のシールドのエフェクトが光る。エンチャンターは苦悶の表情で僧侶の癒しの手を遮って止めた。
「リヴァイス、癒しを!!」
「あの二人を癒してこい!! 早く!!」
「でもっ!!」
ファランカにはわかっていた。どちらが重症なのかを。シールドスキルを持つ彼らとエンチャンターでは優先順位はエンチャンターだ。
意志の強い目をして拒むエンチャンターをどうにかして癒さなければ、この先がない。しかし、依然として山亀のヘイトは右足側だった。
「頼む!!」
懇願に変わったリヴァイスの言葉をファランカは苦い表情で応えた。もう後がない。どっちだ。最適解は。
二者択一。
取捨選択。
「ごめんなさい!!」
「謝んな!!」
僧侶は踵を返して勇者達の元へ向かった。その目は涙でいっぱいだった。エンチャンターは彼女に酷な選択を迫ったことを申し訳なく思いつつも、彼らの元へ送り出した。
「マーリ」
「なーにっ!!」
だんだん顔が青ざめて、土気色に変わっていくエンチャンターの姿を見ている魔術師はやけくそ気味に返事をした。
「杖、を、あの、野郎に、向け、ろ」
「わかったから、喋んないで!!」
魔術師もその瞳に涙を滲ませている。杖は真っ直ぐマウンテンビッグタートルに照準を合わせた。
「【レインヒール】!!」
射程範囲に入った回復スキルを、僧侶ファランカは即座に唱えた。勇者達が立ち上がる。そして彼らの猛攻が始まった。それは怒りに燃えた彼らの執念。勇者は毒に沈むエンチャンターをその目で捉えて怒りのオーラを纏った。エンチャンターが立ち上がって亀に近づく頃には、猛毒が体に回っているかもしれない。お返し返礼スキルが届くかは疑問だった。距離が開きすぎているのだ。
状況は勇者達全員が理解している。絶望的なものだと。
彼らは察していた。自分たちの師が、仲間が、友が。囮となって左側へ走っていったのを。
「マーリ、槍を、合図、した、ら」
「わかったから、ぐす」
勇者達が猛攻を繰り広げている反対側は、魔力が心許ない魔術師マーリと猛毒で死にかけのエンチャンター・リヴァイスだ。マーリの手は震えていた。仲間が瀕死の時に撃たなければいけない魔法、外すわけにはいかない。癒しを終えた僧侶が必死の形相でこちらに向かっているのを横目で捉えた。
それでも視界は涙で滲んでいる。
突然エンチャンターが自分の杖に向かって手をかざしたのをマーリはしっかり見定めた。
「エンチャント!!」
「【アイスランス】!!」
集中力の高まったマーリの魔法は、リヴァイスのエンチャントの合図を機に一気に放たれる。
勇者達の攻防はまだ続いていた。ヘイトを掴んだままだったから。体力はかなり削られている。もう立っているのもやっとだった。
しかし、この死闘を制したのは勇者パーティー。
最後は魔術師マーリの水魔法で沈めた。
マウンテンビッグタートルが残したドロップ品は宝箱五つ。
彼らは勝鬨を上げた。
「「「勝ったー!!」」」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日、冒険者ギルドは沸いた。
かつてない快挙に。
迷宮28階層のエリアボス『死滅の大岩・マウンテンビッグタートル』の討伐成功の報は、瞬く間に広まったのだ。
チャレンジして消えた多くの冒険者達を、彼らは知っている。時のエンチャンター、最強と言われたパーティーでさえその命を散らしたという恐るべき宿敵が、件の山亀だった。
その討伐を成し遂げたのが、"落ちパ"と落ちこぼれエンチャンターの新パーティーだという。これも大いに波紋を呼ぶことになった。
証拠は五つのドロップ品。誰も疑うことは出来なかった。討伐して初めてドロップされる宝箱から出てきたものは、鑑定結果が明らかにする。マウンテンビッグタートルの名がついた装備品、"遺物"、宝石などだ。たまたまでは絶対に見つけることが不可能な逸品ものが、討伐の証明となるのである。
勇者アキラスの名を大いに高める結果となった。
ギルドは大きな成果を見過ごすことはできない。彼らの偉業に報いなければならない。ギルドマスターは当然彼らを執務室に呼んだ。
「お前ら、やりやがったなぁ」
言葉の字面だけを追えば、"なんてことしてくれやがる"的に思えるかもしれないが、ギルドマスターの顔は完全に祝福モードだ。勇者達にはちゃんと"偉業達成おめでとう"に聞こえている。
この部屋に入った勇者達は誰も以前のようにオドオドとはしていない。ただ、同じといえばズタボロだったことだろう。彼らの姿は、十分に死闘が繰り広げられたことが伺えるものだったのだ。
ギルドマスターは討伐の詳細を聞いた。
「リヴァイス……とんでもないな」
「ええ」
返事をしたのは勇者アキラス。その顔は自信に満ちていた。仲間を誇る顔だった。"どうだ、うちのエンチャンターは"と言わんばかりだ。ギルドマスターは思う。紹介してやったの俺なんだけどなと。
勇者達はBランク昇格をもぎ取り、30階層到達の条件は取り消された。晴れてギルド存続を勝ち取ったのだった。30階層の素材など、霞む程の偉業である。
その部屋に件のエンチャンターはいなかった……。
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