落ちこぼれエンチャンターとデバフの真髄(11)
デバフの神様
落ちこぼれエンチャンターとデバフの真髄(11)
それは初めての試みだった。
「エンチャント!!」
大きな大きな亀は首を引っ込めてその存在ごと消えていった。
「「「倒したー!!」」」
歓声が起こる。
そこには、立ってるだけでギリギリの勇者パーティーがいた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
時は彼らが28階層に到達し、広大な火山地帯に辿り着いた所まで遡る。
「なんだあの岩!?」
「え、動いてない?」
ドシーン
「わっ、揺れるっ」
ドシーン
「「「デカッ!?」」」
それはそれは巨大な亀だった。勇者達の進行方向を横切る。のそりのそりと歩く姿とは裏腹に、周囲に与える影響はまさに地震のそれだった。これはまずいと勇者パーティーは件の亀を相手にしない方向で意見は一致する。
遠巻きに見てもかなり大きい。あれは動く山だ。
亀の後ろ側に回り込めるように大きく迂回して歩を進める。
マウンテンビッグタートル。そのまんまだと言うなかれ、属性はもちろん火だ。エリアボスと呼ばれる類のモンスターで、階層ごとにごくたまに出現することがあるレアモンスターだ。その強さは10階層ごとに必ずいるフロアボスを上回るものもいる。マウンテンビッグタートルもそのうちの一体だ。大きさからして、通称ボス部屋とほとんど変わらない。
こんな相手と如何にして戦うのか? 軍隊を投入せよ、と人は言うだろう。果たして軍隊でも勝てるのか? 大いなる疑問を残して全てのパーティーはあの亀をやり過ごす。戦うなど以ての外だ。それはまさに山を見て戦おうなどと誰も思わないのと同じ。
だけど、登ろうと思う者はいるのかもしれない。動く山はどうだろう。いないと信じたい。
「しかし、でかいですねぇ」
「だなぁ」
「あれが噂のマウンテンビッグタートルよね?」
「なんであんなデカブツがこんな迷宮にいるんだろ?」
様々な疑問を呈するマウンテンビッグタートル。その存在は古くからある。始まりは小さな小さな亀だったと言われている。この階層にそこかしこと散在する亀達の成れの果て。甲羅は岩だ。首や足をしまえば、そこら辺の景色に同化してしまう。
運良く生き抜いて大きくなり過ぎた。
だいぶ遠くにいるマウンテンビッグタートルを目に捉えつつ、勇者達は進む。
異常はその時に発生した。彼らの進行方向から大量の岩亀達が向かってくるではないか。速度は遅いが、数がとんでもない数だ。100は下らない。異様な光景に息を飲んだのは誰だろうか。
「なにこれっ!?」
「げっ!?」
「囲まれるっ!?」
「走れっ!!」
向かってくる亀という亀を避けながら勇者達は走る。
「きゃーーっ!!」
亀の足に引っかかり、僧侶が転がる。膝を付いたファランカをじわりじわり亀達が囲み始めた。遅々として迫り来るものの、囲まれる方の恐怖と言ったら、それはおぞましい。僧侶の膝は笑う。
「「ファランカ!!」」
亀達を避けながら進んでいた彼らと僧侶の間隔は随分と開いていた。全員が絶望的な距離を折り返す。
急げ急げ急げ。自分の足を叱咤しながらエンチャンターはひた走る。亀を避け、亀を踏み台に跳び、僧侶ファランカへと走った。
ファランカは杖をしっかりと握りしめ、挫いた足を引きずる。亀達が彼女を捉えた。一匹がローブの端に噛み付いた。たたらを踏む僧侶はそれでも力いっぱい杖で岩亀の顔に打撃を与える。首を引っ込めた亀に安堵するも、次の亀が肉迫してきている。
「【ヒール】」
引きずっていた足は元の活力を取り戻した。しかし、それが彼女の逃げる時間と隙間を閉ざしてしまう。
彼女は目を閉じた。
しかしいくら待っても痛みはやってこなかった。そっと目を開ける。
周りは亀のドロップ品が散乱していた。目を上げたそこにはシンプルな鉄の剣を持つ黒髪の背中がある。
「リヴァイス……」
「諦めてんじゃねぇよ、行くぞ」
「【ヒール】」
「……ったく、ありがとよ」
目に涙を溜めたファランカは、付与術士への治癒を優先させた。そして一気に走り出す。勇者達も近くまで来ていたため、すぐさま合流を果たした。
その時だった。
「GUAAAAAAAAAAAA!!!!」
ドシーンドシーンドシーン
耳に劈く咆哮が辺りに振動としてやってくる。そして地震の如きマウンテンビッグタートルの行進。揺れのせいで真っ直ぐに走ることが困難になる。大量の亀達はマウンテンビッグタートルの反転により、その場を逃げるように拡散して行った。
確実に敵認定を勇者達は受ける。
「なんで気付かれたの!?」
「多分チビを何体か葬ったからじゃないか?」
ドシーン
マウンテンビッグタートルはエリアにいる岩亀が一定数倒されると敵を認知すると言われている。だから、この28階層の火山地帯では討伐回避がセオリーなのだ。
「腹を括るしかないな、後は逃げ道を探すか?」
「逃げながらでも探そう、アレはヤバいよ」
「だなっ」
ドシーン
幸い距離はある。
「まずはあの岩の裏へ隠れるぞ!!」
「「「おー!!」」」
ドシーン
上手く走ることは出来ないが、相手は亀だ。足で負ける訳にはいかない。とはいえ、相手は山の様な巨体である。足のリーチもとんでもないのだ。一歩の距離が長い。
「これは時間の問題だね。やるか」
研ぎ直された大剣を装備し、女戦士はニヒルに笑った。気合十分である。絶体絶命のピンチでも、時に一人の勇気が伝播していくことがある。それは蛮勇ではない誠の勇気。
女戦士が覚醒した瞬間だった。
「いくぞぉぉぁぁ!!」
誰も止める手段を持たなかった。勇気を受け取っていたからだ。勇者が剣を鞘から抜き放つ。
「続けぇぇぇっ!!」
「【アイシクルキャノン】」
岩陰に入ってからブツブツと呟いていたのは大技のための詠唱。魔術師マーリの特大水魔法が勇者と女戦士を追い越していく。
「【エリアブレス】」
魔法職三人への継続回復魔法が僧侶の杖から湧き出した。
ドッガーン!!!!
アイシクルキャノンの炸裂音が辺りを包む。水蒸気を大量発生させているマウンテンビッグタートルは混乱に陥っていた。無差別に地面を踏みつけ、地震をもたらす。これだけで敵にダメージを与えられることを亀は知っていた。
「小賢しいヤツ!!」
勢いを殺された女戦士が悪態をついた。しかしマウンテンビッグタートルの右足付近に辿り着いた戦士ラキールは大剣を横薙ぎに回転させる。
「これでも喰らえ!!」
回転斬りが山亀の足を襲った。本来なら致命傷を与えられる大技も、相手が大き過ぎると話は変わってくる。血飛沫をあげる右足とはいえ、亀の痛覚には反応が無い。
追いついた勇者が足の傷目掛けて追い打ちをかける。
「【サンダーブレイド】」
雷属性のスキル剣技を叩き込んだ。亀に麻痺が発生する。勇者と戦士は頷きあって足から距離をとった。
「【ポイズン】」
付与術士が亀に毒のデバフを叩き込む。長期戦の肝と言えるジワジワ削る攻撃だ。防御体勢に入っていても継続ダメージを与える事が可能だから。そして付与術士はさらに傷目掛けて【出血】のデバフを山亀に貼り付けた。
マウンテンビッグタートルはピンチと見るや、攻撃を範囲のブレスに切り替えた。前衛三人に炎の波が襲う。火傷の継続ダメージを【エリアブレス】の継続回復が相殺しながら拮抗する。
「【デバフドレイン】」
エンチャンターは勇者と女戦士の火傷を受け取り、山亀へと走った。
「【リターンヒット】」
反転のお返し返礼スキルがマウンテンビッグタートルへと届いた。麻痺、毒、火傷が山亀の右足に集中砲火される。僅かに痛みを感じたのかマウンテンビッグタートルが吠えた。僧侶が詠唱する。
「【レインヒール】」
雨の様な癒しのエフェクトが前衛にかかり、地震で受けたダメージが回復した。僧侶の上位回復スキルだ。続けて魔術師マーリのアイシクルキャノン二発目がマウンテンビッグタートルに着弾。
怒り狂ったマウンテンビッグタートルの詠唱とも言える何かが発動した。
「【眷属召喚】かよっ!?」
逃げたはずの岩亀がワラワラとその場に寄せ集められる。
ドシーン
マウンテンビッグタートルが甲羅の中へ顔と足を収めた。
「同時攻撃はないみたいだが、油断はするな!!」
エンチャンターの檄に全員が意識を集中する。
「【トレンティアルレイン】」
広範囲水魔法の集中豪雨が岩亀達を襲った。魔術師マーリが息を切らす。
「マーリは休憩!! 【瞑想】に入って」
勇者が叫び、指示を飛ばした。
「マーリの回復まで時間を掛けよう。大亀が顔を出したら一気に殲滅する感じで!!」
勇者の【鼓舞】が自然に発動した。一気にテンションが上がる。仲間を守るために自然に出た言葉が力となってパーティーの意気を向上させていく。時間を稼ぐようにゆっくりと、一対一の状況に展開させた。迫り来る眷属の亀達を一匹一匹仕留めていく。
マウンテンビッグタートルはまだ動かない。
「ラキールは大亀に備えて待機、顔を出したら即座に挑発を!! 盾にしといて」
「おう!!」
「ファランカはマーリの側で回復の準備、リヴァイスは僕とチビを殲滅で!!」
「「おー!!」」
リーダーとしての自覚が芽生え始めている勇者。黒髪は静かに感動していた。僧侶、女戦士、魔術師は彼の指示に目を見張った後、心底嬉しそうに気合いの返事を返す。エンチャンターは思った。"ああ、生き返ったな"と。
パーティーを組んだ頃のことは知らないが、最初から落ちぶれていた訳では無い。Bランクの冒険者になったくらいだ。絶好調の時、彼らはきっと輝いていたんだろう。その輝きが戻ってきたのかもしれない。胸にストンと入った考えをエンチャンターは肯定した。
これで彼らはやっていける。そう思った。
これまでになかった"仲間を気遣う"行為。
勇者の自覚。
舞台は整った。
最後の岩亀がキラキラと消えた。
ズズズズズズズズズズ
マウンテンビッグタートルがゆっくりゆっくりと顔と四肢を甲羅から出し始める。
「ラキール!!」
「おおぉぉぉ!!!!」
傷の残る右足を執拗に切りつけた攻撃は山亀に苦痛をもたらした。視線が女戦士に向けられる。
「GUAAAAAAAA!!!!」
マウンテンビッグタートルは女戦士を集中攻撃することなく、咆哮を上げた。その衝撃波は大きな光の波動となって、五人を照らしながら抜けていった。
「継続回復が剥がれた!? ファランカ、頼む!!」
「【エリアブレス】!!」
「【ヴァイタルドレイン】【マジカルドレイン】」
僧侶の回復スキルに続けて魔術師もスキルをかけ直す。
マウンテンビッグタートルの咆哮は、スキルデリートと呼ばれる類の衝撃波で、彼らのかかるバフを無かったものとする凶悪なスキルだ。身体強化を、属性付与を、継続回復スキルを、ありとあらゆる恩恵を消し去る。
マウンテンビッグタートルは自分の不利を見るや、すぐに衝撃波を飛ばした。時間稼ぎだ。
しかし、勇者達の攻撃は止まらない。
「【アクセルソード】!!」
「【テンペストソード】!!」
「(いいなぁ、普通攻撃っ)」
大技を繰り出す勇者と女戦士を幾分羨ましく思う黒髪。しかし、追撃攻撃を繰り出すエンチャンターの方が、実は攻撃力は高い。彼の魔法威力が剣と『豪炎のリング』によって乗算されているからだ。地味だけど。
衝撃波による技後硬直から解けない間、動けない山の様な亀に対して、前衛達はひたすら攻撃を畳み掛けていた。
チャンスの後には当然ピンチもある。
亀は有り得ないほど首を長く伸ばして前方を薙ぎ払うように左から右へ頭を振り切ったのだ。
「まずい!!」
「【グランドシールド】!!」
女戦士の防御スキルが間一髪で発動した。しかし、物理的に薙ぎ払われた頭突きに三人は吹き飛ばされる。
「みんなっ!?」
「【レインヒール】!!」
驚愕のマーリと、回復スキルをかけるファランカの顔には焦りが出る。めちゃくちゃな攻撃だった。
まともに攻撃をくらった女戦士はフラフラしている。守られた勇者と付与術士が立ち上がった。
「痛てぇなぁ!!」
「くっ」
女戦士を追い越して今度は彼女を守る位置に陣取る二人。
「一発がデカイな」
「やばいね」
二人はお互いを見て頷きあった。もう言葉は必要なかった。
ダッと駆け出したエンチャンターを勇者は目を細めて破顔する。そして呟いた。
「敵わないなぁ」
意外なものを見たような顔をした女戦士は、勇者の横に並んだ。
「アキラスもあそこまで登れるさ」
「うん、頑張るよ」
お互いの腕と腕を当てて、彼らは気合いを入れ直す。
思えばエンチャンターにいつも引っ張られてきた。何度も怒られ、叱咤され、訓示を語られ、励まされ、教えを受けた。
大切なもの。
守るべきもの。
示すべき態度。
尊重すべきこと。
短い時間で、多くのことを教えてくれた。時には背中で、時には拳で、時にはデバフで。最後のは止めてほしかったが。
巷では"落ちこぼれエンチャンター"と呼ばれ、周囲が"不要"と言うこの男の価値は、勇者達にとっては得がたい宝だった。貴重な宝玉、どんな"遺物"よりも価値がある。
尊敬すべき『先輩』。
称えられるべき冒険者。
我らが"デバフの神様"。
勇者達は最強のカードを手に入れた。本気でそう思っている。
エンチャンターがマウンテンビッグタートルの左足へ辿り着いたのを確認して、勇者達は攻撃を再開した。後衛の二人に、エンチャンター側へ行くよう合図を送りながら。
最後までお読み下さりありがとうございました!!
良ければ下の
☆を★★★★★にお願いします!
"(ノ*>∀<)ノ




