あるサーブ係の独白
なろうイベント「春チャレンジ2026」のお題「仕事」ということで書いてみた話。
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魔力には、においがあるらしい。
魔力が全く無いくせに魔術研究をしている変人、ヴォルダージャックが語りだした。侯爵家三男という責任の薄い立場のせいだろうか、薄灰色の髪は乱雑で寝癖のように跳ねた箇所が目につく。黒縁の眼鏡の奥は見えないが、普段とは違い退屈そうな眼差しが消えているだろうことは声の調子から伺えた。
場所は王宮内にある最大のダンスホールだ。つい先ほど真実の愛とやらを宣言した王太子は微動だにせず、彼の語りに耳を傾けている。国随一と名高い美貌が実は困惑しているのがうっすらと見て取れる。
それもそうだろう。婚約破棄した元婚約者と、結婚を宣言した相手が二人して彼に侍っているのだから。
それでも彼の話に誰もが耳を傾けているのは、結婚宣言された男爵令嬢が答えを返すために必要な説明としてヴォルダージャックを名指したからだ。そして始まったのがさきの語り出しである。
彼の手が指し示す先にいる三大伯爵家が持つ魔力はそれぞれ特化した属性がある。
火、水、植物。それぞれが焦げたにおい、すえたにおい、青臭さと語り出した時点で、名指された令息たちが苛立ちを露わにしている。
それはそうだろう。男爵令嬢に恋心を、おそらく正確には下心を、王太子とともに競い合ってきた彼らだ。面白いはずもない。
この場にいる多くが直接見てはいないものの、男爵令嬢が彼ら三大伯爵家令息と王太子を侍らせるようにしていた話は誰もが耳にしたはずだ。
その結果として彼らの婚約者たちが蔑ろにされていたことも、うっすらとではあれ知られているし、事実三人の婚約者である令嬢たちはヴォルダージャックの説明を補足するような宝飾品を掲げ持ったりしている。本来なら邸宅の管理に使われる、悪臭緩和用の魔力が込められた宝飾品だ。
そして何よりも香水で誤魔化されているとはいえ、本当に彼らは臭いのである。
一見すると絵画から抜け出てきたような容貌をしている令息たちだが、こうした大きなダンスホールですら鼻呼吸を控える程度にはにおいが漂ってくる。
普段ならエスコートされている令嬢たちが宝飾品の魔力でもって抑えこんでいたものが、普段の振る舞いのせいで見放されたことを如実に著しているようだ。
それが最も顕著、かつ激しいのが王太子だ。
近くにいるだけで不安を覚えるような、本能的な恐怖を呼び起こすようなにおいが何なのか。
ほとんどの貴族がわからない中、ヴォルダージャックは断言した。王族の持つ魔力のにおいは死臭に近いものだと。
不敬罪に問われるような発言に対して王太子が憤るのを目にしながら、色々と腑に落ちた。
王族は歴代の勇者を取り入れてきた血脈だ。攻め込んできた魔物たちを引き寄せて国を守った例はいくつもあり、魔物の多くは新鮮な死肉を好んで食す。そして王族となってからは基本的に外交以外では国を出ることはなく、魔物が出る辺境からは最も遠い場所にこの王宮はある。
そういえば魔物の王たる魔王が勇者との一騎打ちを望んで魔物の軍勢を下がらせたなんていう逸話もあった。
ヴォルダージャックは語る。
男爵令嬢は魔力を全く持たない稀有な人材で、しかも男爵家で大層大事に育てられたおかげでほとんど他者の魔力に触れずに育ってきた。
デビュッタントの際に初めてさまざまなにおいに囲まれて体調を崩し、偶然居合わせたヴォルダージャックに介抱されてそのにおいの原因に気づいたらしい。
以来、魔力が強いほどにおいが強くなるのか、別の魔力で緩和できるのか、あるいは特定の魔力に触れ合えば中和できないか、などの研究のためにヴォルダージャックの手伝いとして魔力の強い貴族家と親しげに振る舞っていたらしい。
むしろ不敬だとされて社交界から追放されることを望んでいたとさえ男爵令嬢は語った。
息苦しくてかなわないと貴族社会を喩えることが少なからずあるが真実、魔力によるにおいと香水による匂いが入り混じり、本当に言葉通りに息苦しいということを平民たちは夢にも見ないだろう。
爵位の低い家であるからこそ、高位貴族に見られる魔力の強さをもった人間が周りに少なく、また平民に近い感覚も相まって耐えがたいものだと感じるのだ。
もちろん、私のように魔力が少なくて感覚的に彼女に近しいものも中にはいるのだろうが、人間とは慣れる生き物だ。鼻が曲がるほどのにおいに包まれて、それに負けないくらいの異臭を放つ料理をサーブすることが日常と化すと、においの良し悪しがわからなくなる。
だがシュールストレミングのジョロキア煮込みドリアンソース添えを無感動に食べる貴族が普通かと言われると、確かに他国の外交官が救急搬送されたことがあったなと思い出せる。
その程度には一般との感覚にズレがあるのだとヴォルダージャックは滔々と持論を展開し、男爵令嬢もまたそれがわからないからこんな衆目を集めた場で一方的に婚約破棄や婚約宣言をするのだと続けた。
しかし、貴族というものは自らの非を認めることが苦手な生き物でもある。
彼らの意見には一定の意義を認めつつ、それが事実であるという証明には不十分だと反論した。
こうして王太子と三大伯爵家令息たち主導により、国民への食事提供による票決という、それもまたおおいにズレた対案が打ち出されることとなるのだが、シュールストレミングのジョロキア煮込みドリアンソース添えの評価は語るまでもない。
お前には鼻がないじゃないかというツッコミで臭いに勝った話を昔読んだなぁ、とか思い出しつつ書いた鼻、いや話。
実際にシュールストレミングのジョロキア煮込みドリアンソース添えなんていう殺戮兵器が実在するのかは知りません。
……皆さん、作らないでね?




