どんな人にだって良いことはある。それも何回も。
そうこうして、しばらく考えていると気がつけば太陽が地平線に隠れようとしていた。即落ち二コマを実体験したみたいだ。
色々と試してはみた。
じっとして考えたり、一度頭を綺麗に洗い流すため、好奇心に身を任せて剣を振ったりした。でも、じっと考えるのも、最初の方は楽しかった剣も、意外にもすぐに飽きた。
終いには、諦めたフリをして地平線を見ながら、ひそかに良い案が落ちてくることを期待したぐらい。
でも、そんな淡い期待は無駄だった。無駄無駄。
「何もわかんねえ〜〜」
それに、この声にだってまだ慣れない。
ほんと何なんだよこの声。誰だよ。
「てか、おかしい」
異世界にきて俺がしたことって、溺れて死にかけて、化け物に襲われて、そのまま近くの無人島に飛ばされて、浜辺で呑気に海水浴したことぐらい。
こんなの思い浮かべてた異世界じゃない。
だから早く出ないとなんだけど、正直考えれば考えるほど、今のツミ具合への理解が深まるだけ。
「……………」
太陽が地平線に隠れていくのを見ることしかできない。また暗闇がやってくる。
これも全部誰かが悪い。
いくら最強の身体でも、こんなところからのスタートなんてあんまりだ。心の中のエシデシだって泣いてる。
………………………。
…………………………。
「………もういいや」
考えすぎても、時間を無駄にするだけだ。
幸い不思議なことに、この小さな無人島には人どころか虫もいなかったから、寝心地は悪くはないだろう。まあ異世界だから何かあるんだろ。
だから、寝よう。嫌なことがあれば寝ればいい。
寝ている時だけは何も考えないでいいし、何も聞こえてもこなかった。よく考えれば……いいや、よく考えなくても今日は嫌なことだらけだった。
だから、早く寝たい。
ゴミのせいであの痛みを抱いたまま溺死たことで、せかっく来ることができた異世界でも、魔法の使い方も有無さえもわからない始末。
しかも、こんな無人島からのスタートなんて馬鹿げている。世界はいつだって俺の邪魔をしてくる。
こんなんじゃ前の世界と同じだ。
理不尽で嫌なことばかりの、そんな間違った世界。
もう一度、ざらざらとしたベットに寝転んだ。
空にはポツポツと薄い光を放っている星が見え始めていた。これを見ていると、空はどこにいても変わらないって話が、意外と合っているのかもと思える。
「こんなクソゲーどうすりゃいいんだよ……」
深くて不快なため息が出る。むしろ、ため息で済んだのが凄いくらいで、自分を褒めたくなる。
そもそも異世界に来たこと自体は幸運なことじゃない。最強ならともかく、そこまでの強さなら不便な世界に来ただけだからな。
太陽を寝かしつけるように、静かに夜のカーテンが閉まっていく。月光はまだ届かないが、月がはっきりとその存在を俺に見せてきている。
良い夜空だ。
ただ、果てしなく遠くに感じる。星は見えているのに、元にいた世界と同じで届く気がしない。
星を希望の光だなんて、思ったことはない。
星の光は、汚い欲望の光にいつも負けていたから。
「………なんなんだよ。クソ」
今は、とにかく寝たい。
だから目を瞑り、寝る準備を進める。
瞳を閉じれば、それはもう今日が終わったことを意味する。ただ逆に言えば、寝るまでは今日だ。だから、目を瞑っただけじゃあ終わりじゃない。
海の音が聞こえる。風の音も聞こえる。
こんなのは初めてだ。
確かにクソゲーではあるけど、この音だけは異世界に来てよかったと思える。
……本当にここは、異世界、なんだよな?
この音を聞いてると、同時に疑心暗鬼になる。
今日、俺は死んだ。
すごく痛かったけど、そのおかげで異世界に来ることができた。あんな生きづらい世界からようやく脱出することができた。
できたけど……何なんだろうな、おかしい。
なんだかずっと、何かがどこかに引っかかってる気がする。いざ何も考えずに寝ようとしたら、気づいてしまった。
寝る前の時間が嫌いな理由だ。
普段は考えないように別のことを考え続けているけど、それでも頭のどこかには顔が出てきている。
寝る前はさらに酷くなる。
あっちの世界は嫌なことしかなくて、それがずっと頭に粘りついて気持ち悪かった。
うまく寝れたことなんて、小学生以降はもうほとんどない。体力が底をつきるのを待つしかなかった。
毎日、寝ようとして目をつぶれば、暗闇に過去の記憶がとぎれとぎれに流れてくる。誰かがフィルムを回しているからなんだけど、その誰かがわからない。
わからないまま、眠りに落ちるまで延々と見せられる。
俺はただ寝ようとしているだけなのに、世界からのイタズラで延々と見せられる。嫌だ嫌だと、こんなゴミは見たくないと思っても、さらに流れてくる。
そんな理不尽に対するイライラが毎日ある。
でも今のこれは、いつものとは違う。
感覚的なことしかわからないけど、確かに違う。
力も手に入れた、剣にも触れれた。もちろんこのクソみたいな状況に対してムカつくし、なんでだよって思うけど、これは違う気がする。
なら、なんだろう?全然ピンとこない。
わかってることは、いつもみたいにイライラとはしてないこと。でも、気分は下がっていること。
俺の気分なんてずっと底辺にあったはずなのに、今は気分が下がる感覚がある。
あれか?異世界に期待したものがなかったから?
これも違う気がする。答えはあるとは思うけど、大雑把すぎてピンとこない。
わからない。なんなんだよ、まったく。
「クッソ……これじゃあ寝れねえじゃん」
なんだかんだ、色々と考え込んでしまった。
今までだって寝つきは悪かったけど、この種類は初めてだった。
あの世界もこの世界も、結局は嫌なことしかない。嫌なことばかりで、良いことなんて一度もなかった。
寝るために、諦めて一度目を開けることにした。
「え………?」
目を疑った。
なんだよ、この空。
こんなの知らない。知らないって。
「マジか………マジかマジかマジか!!」
空には一面に、映像とか絵を簡単に超える美しさを持った天の川が流れていた。それに、色んな色があって、遠いのに動いてるみたいで。
何より、さっきよりも近くに感じた。
「すげえ……すげえすげえ!!ははっ」
自然と足は立って、体は起き上がっていた。
こんな空、現実じゃあ見たことがない。ううん、見たことはあるかもしれない。ポケモンの映画とかで見て、それを自分も見たいって、何度も何度も頭で思い浮かべて見ていた気がする。
ただ、ずっと届かなかった。
届かなかったんた。
それが今、目の前にある。いつしか嘘とわかっていた景色が、確かにあった。
「ほんとに、あったんだ……あったんだな」
星が刻まれている。
「ちくしょー!!ここに筆と紙があったらなぁ」
この感動をいつまでも持っていれたのに。これじゃあまた、頭で思い浮かべるだけになる。
「……でも、それはそれでいいのかもな」
何回でも見たくなる。いつになったって、どんなに経っても、また見たくなる。
だから、大切に、自分の中に残しておこう。
網膜に確かに捉えたこの景色は俺だけの宝物なんだから、誰にも渡したくない。
感情がいったりきたりするけど、どうでもよくなるぐらい意識が上に向いていた。
周りには誰もいない。俺1人。
そりゃあそうだ、無人島なんだから。
この景色は俺だけのもの。誰にも見せたりしない。
蒼く、黄色く、赤く、輝く一番星が何個も何個も集まってできた、空に流れる水の流れ。
絶対に届きやしない。どんなに頑張っても届くわけがない。
今まで見た空の中で、唯一の理想の空だ。
今までは現実的で汚れていた。
なのに、何でかな?
この理想の星空の方が、手が届くかもって思える。
ずっとこのまま、見ていたい。
「ははっ」




