誰?
すると、暗闇の世界で、真空とも思える音だけが耳を包み込んできた。
ここはどこだ?
てかなんだっけ?何をしてたんだっけ?
ついさっきのことを、なぜか思い出せない。
ポタ。ポタ。ポタ。ポタ。
水の中なのに、沈んでる感覚も浮かんでいる感覚もない。砂のベットで静かに寝ているみたい。
世界がだんだんと白くなっていく。白色が、水の入ったバケツにインクを垂らしたみたいに広がっていく。白から出たのは、誰かの記憶。
これは何色なんだ?
中学の1年、夏が迫っていたある日。
一人でいる。
誰かと話すわけでも、話に行くわけでもなく、教室の右端、自分の席で黙々と本のページをめくっていた。
そして、中学に入学して初めて誰かに話しかけられた。
話しかけているそいつは、シャー芯が欲しいらしい。
1人でいる人は、慌ただしくも必死に掴むみたいに筆箱からシャー芯を、何の意味も持たせず手に取った。
受け取ったそいつは「サンキュー」と、体の向きを元に戻そうとしていた。
「あのさ!・・・休日とかって何してるの?」
そいつは、またも慌ただしく相手を止めた。止められた相手は、戸惑いの色を少し見せ、普段友達と話す時の声色とは違う、色のない声で答える。
ーー 特になんも。とりま、ありがとう ーー
お礼を言い、元居た友達の輪に戻っていった。そしたら、1人でいた人は、何だか寂しげになった視線を本に戻し、また同じことを繰り返した。
次のチャンスが来るのを、期待するだけ。
ーー 何あれ急に、おもろすぎやろ。友達できなさすぐて焦ってますやん ーー
同じ教室だっていうのに堂々と話していて、無神経にもほどがあった。
これは、友達と話す時の色だろう。
ーー てか、あいつ誰だっけ? ーー
笑い声が、1人の耳に刺さっていた。
笑い声なのに、幸せを感じる色はどこにも見られなかった。これは誰かを意味もなく馬鹿にして生まれる、幸せとは真逆の位置にいるものだ。
ただ、よくある話だ。
よくあって、みんなそれを乗り越えて、友達ができているんだと思う。誰もが似たような道を通るんだ。
ただこいつは、その道を歩くのに時間がかかっただけだ。
悪いのは馬鹿にしている方だけど、問題はどっちにもあるんだと思う。バカにしているほうにも、馬鹿にされているほうにも。話すって難しいから。
あれ?そもそも今話してるのは誰なんだ?
白い世界が、また暗くなった。
これは、誰の記憶だったんだ?
いや、誰のだっけ?
ボコボコ、ボコボコ、ボコボコ。
音さえもない暗闇の世界に、だんだんと空気の音が存在していたことがわかってくる。それに、腕があるのがわかる。足があるのがわかる。
まだ世界は黒い。
でも、指の神経がつながっているのがわかる。
それと、ああそうだ。
ポタ。ポタ。ポタ。
ボコボコ。ボコボコ。ボコボコ。
あれは、俺の記憶だ。
嫌な記憶だ……。
俺は何も悪くないのに、ああいうゴミに邪魔される。
あんな学生生活でわかったことは、俺以外の人間は全員ゴミってことと、だから友達なんかいらないってこと。そして、あんなのはただの弱者の群れってことだ。
死んじまえ。ゴミが、ゴミどもが。俺は悪くないのに、あんな惨めな思いをさせられるなんて間違ってる。俺は……悪くない。
暗闇の世界だからか、息がしづらい。
どれだけ酸素を吸おうとしても、吸わしてはくれない。
なんで、俺ばっかりこんな目に合わないといけないんだ。
こんな世界は、息もしづらい。今だって、息が上手いことできてない。
………息できてないじゃん!!!!!
「バボコバコボボボボボラァラァ!!!!!」
ここ水の中!?
塩水の中で開けたような渋い痛みがあって、目を開けているということはわかる。
ただ、それでも暗闇だった。光がない。
このままじゃ死ぬ。それを本能は理解したのか、考えるよりも先に体が動いていた。
生きるために、ひたすら腕を、脚を、手首を動かす。泳ぐのはあんまり得意じゃなかったけど、そんなのは命の危機の前では関係ない。
上に登るように水をかいていく。でもまだまだ先は長い。かいてもかいても、息を吸えない。
ていうか俺はなんでこんなことしてんだ?
「バババババボボボボボボ!!!!!」
もうどれだけ腕を掻き回したかはわからないけど、ようやく希望の光が見えてきた。
水の中だからしっかりとは見えなくて、ぼんやりとしてる。
あともう少し。あと少し。てか、息が!息が!
俺は、まだ!
「ぷっはっ!!!!!」
顔を出すと、クゥークゥーとした聞き覚えのある鳴き声がした。いや、厳密に言えば映画とかで聞いたことがある鳴き声だ。
それで、映画でこの声が鳴るのはだいたい海でのシーンだ。
日本で量産されている、「夏のひと時、その年だけの初恋❤︎」みたいな映画でよく聞く。
ああいう映画は素人でもそれっぽい雰囲気を出せて、誰でもある程度は作れるからあんなに多いんだろう。
恋なんかに逃げず、タイムリープをやるべきだ!
てか、目をまだ開けれらない。
息を吸おうとすると、水が勝手に入ってきて上手く呼吸ができない。野生の本能なのか、考えずとも体をくの字気味に曲げて、自然と浮かぶような体制をとる。
ようやく目を開ければ、空には雲ひとつない一面の青があった。
この広大さで、ただでさえ遠くなっていた意識が、さらに遠くに行きそうになる。
良い天気だ。
波が上下に自分を揺らしてくる。これぐらいの波ってことは、浜辺に近いってことか?なんなんだ?俺はさっきまで道にいたはずだろ?
何だって急に海の中にいんだ。
「なんなんだよ」
「ん?あれ?」
誰かいんのか?
「誰かいるのか?」
ん?あれ?
いない誰も、いない…。
「誰の声……だ??え?」
まったく聞き覚えのない、知らない声だ。
俺の声なわけがない。
なのに、俺の話すことと一言一句違わない。
誰だ?




