俺じゃない誰かのおかけ
俺の体を使う、誰かもわからないその男は、風を面のように捉えていた。
空気を蹴り、四枚卸にしたその光線内を疾風のごとく突き進んでいく。
俺が数秒をかけてたどり着いた速度を、初速で追い抜いた。
そのまま一直線に翼へと斬りかかる。網のような雷なんかに、この男が捕まるわけがなかった。
わずか一秒で、この男は5キロほどの差を埋めた。
避けるのは不可能と本能で理解したのか、化け物は翼に全魔力を張り巡らせた。
そしてある一点に、さらに魔力をためた。
一瞬にして立場が逆転した。
この化け物でさえ、全魔力を一点に集中させないと、この男の一撃を防ぐことができなかった。
だが、二撃目をまた同じ方法で防ぐのは無理だろう。それはこいつも理解している。
しかも、あの一撃が、"ただの一撃"だということも。
悪あがきの薙ぎ払いをしながら、自分の家と思いこんでいる海中に、全身を隠した。
男も逃がさいと言わんばかりに、躊躇いなしに海中にその影を追いかけた。
ここまでの時間、わずか3秒だった。
どちらも極致に存在だろう。
だが、その極致でも、ここまでの差があるのか。
捕食者と獲物だ。
俺は見誤っていた。
どこからどう見ても絶対絶命だった。なのに、それを単語でしか理解していなかった。
心の奥底では理解していなかった。
あいつの強さを、想像していなかった。
全てに対応すれば、行けると思った。
だけどそんなわけなかった。
あの化け物は、予想だにしないことをしてくる存在。船が沈めば、俺のせいだ。
「・・・」
この男は、感情のない兵器みたいだ。
深く、深く、さらに深く潜っていく。
獲物は斬られないように、ぐねぐねとした軌道をしている。
いくらこの男でも、水中では相手に地の利があるらしい。この男は、なぜ魔法を使わないんだ?
あれ?
てか、俺なんで見てんだろ?これ誰だ?
あれ、そもそも俺って・・・。
誰だっけ?
今話しているのは、誰?
今戦っているのは、誰?
俺って、誰?
何してんだ?
5秒、経過。
「ギュゅぁ!!」
水の中で、唐突に目が覚めた。
そのせいで、鼻と口から水がなだれ込んでくる。
そうだ、俺にはちゃんと、名前がある。
覚えてる。
水の中で、力が行き場を見失っている。四方八方に水の流れができていて、水に殴られてる気分だ。
ともかく、早く出ないと、息ができない。
泳ぐことはできるか?こんな中で?
剣先にいたはずの化け物は、遥か深くに潜っている。逃げ足の速いことで、すでに剣が届く範囲にはいなかった。
「ウッッ!!」
なんなんだ、こいつは?
怖くなんかない。
怖くなんかない。
怖くなんかない。
だけど・・・ッ、ちくしょう。
言葉を飲み込む努力をした。これは言ってはいけない言葉だ。自分に聞かせてはいけない。
ただ、どうしても思っちまう。
脳裏にちらついてくる。
深海の蜂から、その眼光が俺を見ている。
また、俺を観察している。
きっと、今俺は奴と目が合っている。
・・・俺はこいつに、勝てるのか?
俺にできるのか・・・?
何か、できたか?
恐怖感はないのに、なんなんだ。
動けない。
それに、さっきから変な感覚がある。ふとした時に金縛りみたいに体が動かなくなる。
意識が・・・、なんなんだ?
さっきから、なんかおかしい。
色々とごちゃごちゃになって、わからない。
すると、腹の辺りに違和感が巻きついてきて、大魚のように水中から揚げられた。
「よくやった名無し!!ここまま逃げるぞ!!」
遠くからそんな声が聞こえた。
腹あたりを見てみれば、魔力のようなものを纏ったロープが、俺に巻きついている。
そのロープを辿れば、遥か先にいる船と繋がっている。
まさか、このまま引っ張って逃げるのか?
何やら船内で一斉に、呪文のようなものを唱えている。
よくは聞こえない。
「何、するつもりだ?」
息が上手いこと、できない。
すると、さっきまでは早くてもレーシングカーぐらいの速度だった船が、新幹線並みの速度でうごきはじめた。
波からの妨害なんて、全て弾き飛ばしている。
この船が通った跡は、水の道ができめいる。
「ガハッ!!」
あの野郎、うざけるな。
ただ、これなら逃げれそうだ。
それに案外体制は安定していて、水に座ってるみたいになった。
「・・・・」
遠くを目を細めてみれば、あの化け物が水面にその眼光を見せていた。
俺を見ている。
観察している。
追ってはこなかった。
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