3話
トリスタン ロベール、彼は自由通商連盟のノンメイジ航空機パイロットだ。
ジャクソンには観測機パイロットとして乗艦している。
昨晩は王国からの特使が来たと聞いて興味本位で見に行ったが、その記憶が頭から離れない。
同じく空を飛ぶものとして、あの自由自在な動きが羨ましいと感じてしまった。
一方、彼は生粋の王国嫌いでもあった。
通商連盟の教育上の問題である、子供の頃からあれは敵と擦り込まれたら誰だってそうなるだろう。
むしろ、和平や帰属を目指す使節団が異常なのである。
「ロベール、頼み事があるんだけどさ」
そう言ったのはルームメイトだった。
「また碌でもない頼み事だろう?」
ロベールは怪訝そうな顔で言った。
「昨日の特使と模擬戦してくれよ」
「あ?やるわけないだろ?」
ロベールは少しだけ面白そうだと思ってしまった自分が悔しかった。
「箒隊ならこの船ににもあるんだからそっちに頼め」
そういう捨て台詞を吐くと、彼は朝食のために部屋を出た。
まだ朝早いからか朝食は自動販売機で購入できるものしかなかった。
ロベールは食堂も空っぽであると考えていたが、少し足を進めて周りを見ると、入り口の死角の位置に一人ぽつりと座る女性がいた。
彼女は自販機販売の不味いパンを細々と食べている。
ナンパでもするか…そう考えたロベールは真っ直ぐ彼女の下へ向かった。
「見ない顔だな」
女は顔を上げた。
「そうか」
「乗組員じゃないだろ?」ロベールは冗談のつもりで聞いた。
「なぜそう思う?」
ロベールは少し考えた。
本当は服装とか雰囲気とか色々理由はあった。
だが口から出たのは別の言葉だった。
「可愛いから」
沈黙。
ロベールはすぐに後悔した。
何を言っているんだ俺は
彼女はパンを一口かじると、細い喉を優雅に動かして飲み込んだ。
透明なコップを手に取り、水をゆっくりと口に含む。喉を滑り落ちる水の音が、静かな食堂に小さく響いた。
唇の端に残った水滴を、彼女は指の背でそっと拭う。
ロベールは思わずその指先と、唇の柔らかな曲線に目を奪われた。
「隣いいか?」
「好きにすればいいじゃない?」
彼女はそう言った、ロベールは妙に威圧感のある声だと思った。
彼がその場で立ち尽くしているのを見て彼女は
「すわらないのか?変なやつだな」と言い、パンに口をつけた。
ロベールはもう少し作戦立ててからナンパするべきだったと思いつつ机を挟んで彼女の対角線状に座った。
「よくそんな物が食えるな」
「ああ、最悪な食い物だ」
彼女はテーブルに置かれたコップに手を伸ばすと、パンを一気に流し込んだ。
「どうしたんだ?こっち睨んで、あんたは何も食べないのか?」
「いや食べるさ」
ロベールは慌てて自分が購入したクロワッサンを食べる。
剥がれた落ちたパンクズがテーブルに降る。
彼女の様子を見ると二つ目のパンを用意している姿が見えた。
「まだあるのか」
「空腹がおさまらなくてな」
彼女は細く弱々しい腕でそのパンを掴むと再び、それを食べ始めた。
使節団の人物だろうか?彼は彼女が本当にこの船の乗組員でないような気がしていた。
いつのまにか、厨房のシャッターが開いていた。
ロベールがそのことに気がつく頃には人が一人、そしてまた一人と増え始めていた。
目の前の少女はすでに二つ目のパンを食べ終え、3杯目のコーヒーに手を出そうとしていた。
「そんなに飲んで大丈夫か?」
「大丈夫だ問題ない、暇で仕方ないんだ、もうすぐ迎えが来るだろう」
彼女の話を適当に返しているとふと彼女の動きがピタリと止まった。
「レディ ウンディーネ特使、お迎えに上がりました。」
ロベールの後ろには使節であることを示すバッヂをつけた壮年の男性が立っている。
「ほら、噂をすればな」
彼女は近くにあった荷物をまとめ、立ち上がった。
「じゃあな」
「ああ、またな」
彼女は男性と共にどこかへ行ってしまった。
一人取り残されたロベールはテーブルに残ったパンクズを払い落とし職場へ向かうことを決めた。
あの男、彼女を特使と呼んだか?まさかな…悪い冗談だ
ロベールは格納庫へ向かった。
そこに彼に職場がある。
とはいえ彼はパイロットであり、基本は暇を持て余している。
最近は射撃がマイブームだ。
格納庫の端から端を使えばちょうどいい射撃場になるが。
同僚や整備員からは疎ましく思われていた。
「おい、ロベール」
同僚でありルームメイトでもある友人、ラットが彼の背を叩く。
「どうした?」
「聞いてくれよ、模擬戦だぜ?」
「あ?」
「例の特使との模擬戦の許可が出たんだ、早速準備しな!」
「また面倒くさいことしやがって」
どうやらそう考えているのはロベールだけではないらしい。
四方八方から敵意とも殺意とも取れる目線がラットに向いていた。
「お前はあれを戦闘機か何かと勘違いしているな」
ロベールはそういうと身支度を始めた。
彼は内心ワクワクしていたが彼自身はそれに気が付かなかった。
「これは接待だ、あまり本機を出すなよ」
そう言ったのはロベールの同僚の一人、ジェイコフだ。
ロベールはこんな足の遅い飛行機じゃどう足掻いても接待にしかならないと思った。
「ゴルフ感覚で…しかもなんで俺なのかね」
「まぁまぁ」とラット。
お前のせいだよと思い、何か嫌がらせをしてやろうと考えたロベールは倉庫の反対側で作業をしている。
同部隊の整備兵長の女性、レイナ呼んだ。
「姉御、換装作業大変だろ?だいたいこいつのせいだから連れて行っていいぞ」
換装作業というのは機銃を専用のペイント銃に付け替えるという意味で、
元の機銃にも演習用ペイント弾はあったが、今回はより威力の低い物に切り替えるよう指示が入っていた。
「へぇ?じゃあ喜んで」
そういうと彼女はラットの腕を掴み、元々いた位置へ戻っていった。
勝敗はダメージゾーンのペイントが占める面積で決まる。
これはノンメイジ飛行隊において生まれた訓練で、ただ敵に弾を当てるのではなく、敵にしっかりと致命傷を与えることを目的とした訓練である。
「そういえば、もう準備はじめちまってるが、いつおっぱじめるんだ?」
ロベールが聞いた。
ジェイコフがゴーグルとヘルメットを手渡す。
「すぐにでも」
まわせぇ!という掛け声が聞こえる。
「飛行計画確認…形だけでにやるか、暖気中にやろう」とジェイコフ
射出機に機体が固定作業が行われている。
カタパルトのないジャクソンでは機体を一度海に浮かべてから発進させるのだが、その際、船と接触しないように少しだけ機体を弾くのだ。
「いいか接待だぞ?勝てる見込みもないし勝とうとはするな」ジェイコフがそう忠告しつつロベールの背中を押す。
ロベールは自機に飛び乗った。
エンジンはすでに動いていたので、ロベールは燃料と弾薬の確認をした。
それが終わる様子を見計らった人物が彼に資料を手渡す。
ロベールは資料をめくる。
参加機。
観測機一機。
箒一騎。
武装。
双方ペイント弾。
撃墜判定なし。
被弾面積判定。
これがジェイコフの言っていた飛行計画確認である、見ての通りここに書かれた情報は読むまでもない。
いつでも射出してくれていいぞ、とロベール
彼は資料を先程とは別の人物に手渡すと、少し万歳するような動きをしたがその手は何かに空回りするように落ちていった。
風防を閉じようとしていたのだ。
しかしこの機体に風防はない。
ふと後ろを向く。
複座なら機銃首の一人ぐらい同行してくれてもいいのにと思ったからだ。
「固定解除!」
整備兵の怒鳴り声が飛ぶ。
機体を支えていた拘束具が外された。
ロベールは操縦桿を軽く握る。
エンジンの振動が足元から伝わってくるのを感じた。
「押し出せ!」
次の瞬間。
機体が前方へ跳ねた。
レールの上を滑る。
一瞬の浮遊感。
そして。
海。
鈍い衝撃と共にフロートが海面を叩いた。
大量の飛沫が左右へ吹き上がる。
やがて機体は船から15mほど離れた場所で静止した。




