2話
戦艦ジャクソンには後部甲板、第3砲塔より少し段差を作る形で短距離離着陸用の飛行甲板が存在した。
というのもその戦力大半がノンメイジから成る通商連盟は建国当初ユニバーサルであるということを何よりも重視しており、ノンメイジでも 扱える兵器のみを主体として軍備を整えた。
通商連盟のノンメイジ航空隊というのは飛行魔法ではなく翼の揚力で飛行するタイプの兵器、つまり飛行機によって構成されていた。
しかしいざ実戦となるとノンメイジ航空隊は王国の箒部隊に対し走攻守、いずれにおいても一切の優位性を獲得できず一方的な戦いを強いられた。
ここで通商連盟はノンメイジに傾倒した軍備を改めることになる。
ノンメイジ航空隊は偵察や爆撃に回され、新たに通商連盟メイジ航空隊が設立。
練度という点では不安が残ったものの、連盟の制空能力は大きく改善されたと言えた。
またメイジ航空隊にはもう一つ大きなメリットがあった。
ノンメイジ航空隊に必要な高級な戦闘機も専用艦も基地すら必要がない、最低限の離着ができるスペースさえあれば。
ジャクソンの飛行甲板はまさにそれである。
「いやはや、大きすぎるのも考えものだな」
やっとの思いで後部甲板に辿り着いたクリスが最初に発した言葉だ。
かなりの駆け足で移動したのにも関わらず、彼がこの場所のついたのはあれから三分後である。
混雑していたこともあったが、やはり大きすぎるのが原因だと彼は思った。
甲板の真ん中には三人の若い騎士が並んでいる。
誰も話しかけようとはせず、ただ珍しいものを見るような目で彼らあるいは、彼女たちを眺めている。
「船を見つけるのも大変だったでしょう、この暗い中、ご苦労様です」
クリスはそう言うと三人に向かって深々と頭を下げた。
「いえ、王国式で誘導までして頂けて助かりました、艦長室へ案内していただきたい」
真ん中の人物が喋った。女性の声だ。
「えぇ、案内しましょう。」
クリスは内心、午前のうちに散歩しておいてよかったと思いつつ彼女たちの前をゆっくりと歩き始めた。
彼が通ろうとしても人混みは止まないが、彼女たちが遅れて追いついてくると人混みが急に割れた。
まるでモーセだ、とクリスは思った。
「それは…タイプ60?」
艦長室へ向かう途中、クリスが言った。
クリスのすぐ近くを歩いていて女性は彼が何の話をしているか深く悩んだあとに
「箒の話?」
と聞き返した。
「ああ、そうだ」
「これはタイプ60の後継だ、タイプ5、あれは傑作だが、流石に古い」
「戦後しばらく経ってからできたのか!」
王国航空隊の箒の型式は完成年の下二桁の数字が用いられている。
タイプ60なら聖暦860年、タイプ5なら905年を表している。
クリスはそうか、どうりで知らないわけだと思いつつも、更に後ろを歩く騎士二人はタイプ99、停戦時の主力を担いでいたため、小隊長クラスのパイロット用なんだなと推測した。
使節として複数回にわたって彼女たちのような王国飛行隊員と出会っているが、毎度、装備が異なっていた。
クリスはその様子をとても面白く感じていた。
「この先です、箒はしまわないの?」
「そうさせていただくつもりです」
後ろの二人の手から箒が消えていることが確認できた。
それに続く形か彼女も虚空に向かって収納魔法を放ち箒をしまった。
その勢いで彼女は甲冑を外す、まだ二十歳にすら満たなそうな若い女性だ。
クリスも艦橋に来るのは初めてだった。
落ち着いた雰囲気だが、どうも落ち着かない。
艦長らしき人物はクリスが話し出すよりも先に彼らの存在に気がついた。
「クリス ジョンソン、ご苦労、特使の皆様も良くぞお越しくださった。」
艦長はそう言うと彼女達に敬礼した。
「では、私はこれでお暇させていただきます」
クリスはそう言って立ち去ろうとしたが、艦長が彼を引き留めた。
「王国航空隊ウンディーネ警護部、アイラ ベアトリス ウィリアムズだ」
そういうと三人の中心だった人物が艦長に手を差し出した、艦長はその手を握ると今度は彼が口を開いた。
「艦長のピエール デュランだ、よろしく」
艦長は後ろの二人にも目をやったが彼らは自ら喋り出すことはしなかった。
その様子を見たアイラは「彼らはここまでの護衛だ、すぐにでも立ち去る」と言った。
彼女はその体躯に見合わぬ威厳のようなものを感じさせた。
「これより西は王国の海だ、私はウンディーネ港にまでの航路の案内、そして監視を目的として参上した」
「はっきり言うな、当たり前だが信用などないのか」
「ああ、敵国のしかも軍艦だ」
艦長は少し間を置いてから、ニヤついた様子で
「もちろん私達も貴殿らを信用はできないな、クリス ジョンソン、彼女の監視を任せた。」
クリスは少し驚いた様子で
「私は使節出会って軍人ではない」と言ったが。
艦長はこの船では私が絶対だと言って半ば強引に彼に了承させた。
クリスは自分が適任であるということは理解していた一方で、やはり艦長には私の経歴や考えまで筒抜けなのかと思った。
「改めて、クリス ジョンソンだ、よろしく、レディ ウンディーネ」
「よろしk…」
アイラの言葉を言い切り前に静止した。
彼の言葉に彼女は酷く驚いた。
彼女はもう一度改まって挨拶をした。
なぜ彼は私をウンディーネ卿の名で呼んだのか、彼女にはそれが引っかかってならなかった。
この船には客人をもてなす専用の部屋がなく、アイラには艦長の部屋が宛てがわれた。
「驚いたな」
案内のためについて言ったクリスが言った。
彼が今まで見てきた艦長室というのはどれも生活感溢れるものだったが、この部屋にはそう言った様子がない。
それなのに、私物らしい物はたくさん飾られていた。
機械式時計のようなものからよくわからない生き物の剥製まで。
ヴンダーカンマーとよばれるようなそんな部屋だった。
「いい部屋ね、王立博物館を思い出す」
アイラが言った。
クリスも昔行ったことがあるが、とても的確であると感じた。
「ねぇ、クリスだっけ?教えてもらいたいのだけど」
「えぇ」
「なぜ私をウンディーネ卿と呼んだの?」
「ほら、名前だよ、ベアトリスもウィリアムズもウンディーネ子爵公のものだ」
アイラは少し驚いたのちに、沈んだ表情になった。
「君がこの船に来たのも君がレディ ウンディーネだからだろう?」
アイラは無言で頷いた。
「長距離飛行で疲れたでしょう、よく休むよいい」
クリスはそう言うと、部屋から出て行った。
「詳しいのか詳しくないのかわかんなや…彼」
アイラは力が抜けたように床へ腰を下ろした。
そこにいたのは王国の騎士ではなく、一人の少女だった。
しばらくして、何か思い出したかのように立ち上がると
甲冑を一つずつ外し始める。
重装な鎧とそれが外れることで顕になる華奢な体躯には大きなギャップがあった。
汗でピタリと張り付いたインナーもそれを強調している。
透き通るような白い肌のせいか、長い間箒に跨っていた影響で赤く腫れた腿がとてもタイツ越しでも痛々しく見える。
鎧を脱ぎ終えると、ベトベトになったインナーも着替えずそのままベッドへ倒れ込んだ。
彼女はしばらく、寝返りを打ったり体をくねらせたりしていた。
足を動かすと腫れた部分が酷く痛むのか度々、びくりと体を震わせた。
その間隔は少しずつ長くなり、最後には止まった。
アイラが目を覚ましてのは世が明ける前だった。
すでの東の方がうっすら明るくなっている。
見るとかけた覚えのない布団が被さっており、枕元には女性モノの着替えが一式揃っていた。
ふと自分の役割を思い出すと形だけもいいところだと感じられた。




