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顔が怖すぎて患者が逃げる治癒士、それでも今日も癒しに行く  作者: おっさんず


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第28話 怖い顔の治癒士、話を聞く

 朝の石畳は、人通りが多い。


 治癒所に向かう道を歩いていると、すれ違う人間が左右に散る。いつも通りだ。今日は七人が壁に張り付き、三人が路地に消え、一人が荷車の陰に隠れた。


 問題は、荷車の陰から声が聞こえてきたことだった。


 「……な、なんだあの目」


 「やばいって。あの目は絶対なんかやってる」


 「やばい薬でもやってんじゃねーか」


 「目つきが尋常じゃない。あんな目の人間、見たことない」


 「関わるなよ、絶対関わるな」


 俺は足を止めなかった。


 (……やばい薬)


 やっていない。生まれつきだ。前の世界でも、コンビニ店員に同じような目で見られたことがある。あの時は特に何も言わなかった。今日も何も言わない。


 荷車の陰の声が続いた。


 「でもよ、噂じゃあの怖い顔の治癒士、腕はいいらしいぞ」


 「あの目で治癒士?」


 「だから噂だって。信じられるか?」


 「無理だろ、あの目は……」


 声が遠くなった。


 治癒所に着いて、グランに報告した。


 「……道中、薬をやっていると思われた」


 グランが「そうか」と言って、薬草を仕分けながら「で、やっているのか」と聞いた。


 「……やっていない」


 「そうか」


 それ以上は何も言わなかった。グランの五十年は伊達ではない。


 リエナが「やばい薬って何?」と聞いた。


 「……わからない。この世界にあるかどうかも知らない」


 「……あるよ。闇市で出回ってる草がある。目が据わるらしい」


 「……俺の目は生まれつきだ」


 「知ってる」とリエナが言った。「でも知らない人が見たら、そう思うかもね」


 「……申し訳ない」


 「誰に?」とリエナが聞いた。


 俺は少し考えた。


 「……誰に、というわけでもない。ただ、申し訳ない」


 リエナが「そういうとこだよ」と言った。


 「……そういうとこ?」


 「誰に謝るわけでもないのに、謝る」


 「……謝っていないと落ち着かない」


 グランが「患者を呼べ」と言った。俺は患者を呼んだ。


◆ ◆ ◆


 午前中に六人診た。


 四人目は初めて来た若い男で、左膝の靭帯を痛めていた。走る仕事をしているらしく、早く治したいと言った。俺が光を当てると、靭帯の損傷具合がわかった。軽くはない。


 「……二週間は走れない。無理をすると慢性化する」


 「そこをなんとか……仕事があって」


 「……仕事と膝、どちらが大事か」


 「……膝、ですけど」


 「……ならば二週間、安静にしてくれ」


 「……はい」と男が小さくなった。「あの、一つ聞いていいですか」


 「……何か」


 「……噂で聞いたんですが、薬をやってるって……」


 「……やっていない」


 「……そうですよね、すみません」


 「……生まれつきの目だ」


 男が「……そうですか」と言いながら、それでも少し目を逸らした。


 リエナが「もう噂になってる」と小声で言った。


 グランが「薬の噂と、顔が怖い治癒士の噂が、王都で混ざり始めたな」と静かに言った。


 「……混ざるのか」


 「混ざる。噂というのは、面白い方向に育つものだ」


 「……困る」


 「困るが、止める方法がない」とグランが言った。「お前さんが毎日ここにいて、患者を治し続けるしかない。それが一番早い訂正になる」


 「……そうか」


 「……ただ、『やばい薬をやってる怖い治癒士に診てもらったら治った』という噂になる可能性もある」


 リエナが「それはそれで面白い」と言った。


 「……面白くない」と俺は言った。


◆ ◆ ◆


 昼飯を食べた後、アルフが物置部屋から出てきて治癒所に顔を出した。


 最近、昼過ぎに出てくることが増えた。傷が完全に塞がって、体が動くようになってきた証拠だ。


 「……具合はどうか」と俺は聞いた。


 「問題ない」とアルフが言った。それからグランに「……邪魔をするつもりはないが、少し外の空気を吸いたい」と言った。


 「好きにしろ。ただし目立つな」とグランが言った。


 アルフが「わかった」と言って、外套を被った。


 「……一緒に行く」と俺は言った。


 「お前が一緒にいたら、余計目立つ」とアルフが言った。


 「……そうかもしれない」


 リエナが「二人で歩いたら、完全に危ない人たちだ」と言った。


 「……俺とアルフの何が危ないのか」


 「顔が怖い人と、外套で顔を隠した体格のいい人が並んで歩いてたら、誰でも避ける」


 「……ごもっとも」とアルフが言った。「一人で行ってくる」


 アルフが出ていった。


 しばらくして、リエナが「……やっぱり心配だね」と言った。


 「……そうだ」と俺は言った。「ただ、アルフ自身が判断したことだ」


 「……そうだね」


 グランが「あの男は自分の判断で動ける人間だ。信用していい」と言った。


◆ ◆ ◆


 アルフが戻ってきたのは、一刻ほど後だった。


 特に問題はなかったようだった。外套のせいで少し怪しまれたが、聖騎士団には会わなかったと言った。


 「……よかった」と俺は言った。


 アルフが椅子に座った。少し間があった。


 「……昨夜の話の続きをしていいか」


 「……聞く」


 治癒所にはグランとリエナもいた。アルフがグランを見た。


 グランが「聞かせてくれ」と言った。「儂も関係ある話だ」


 アルフが頷いた。ゆっくりと口を開いた。


 「グラムハイン領の話だ。北の辺境、王都から馬で三日かかる。かつては小さいながらも村が機能していた。農業と採掘で食っていける場所だった」


 「……今は」と俺は聞いた。


 「今は、廃村に近い。マルディウス侯爵の管轄になってから、税が上がり続けた。若い者は出ていった。残ったのは老人と、行き場のない孤児が数人だ」


 「……治癒士は」


 「いない。医者もいない。一番近い医療機関まで、馬で半日かかる。怪我をしても、病気になっても、自分でなんとかするしかない」


 部屋が静かになった。


 「……騎士団は」とグランが聞いた。


 「騎士団の出張所が一つある。ただ、機能していない。駐在している騎士が二人いるが、侯爵の顔色を見ているだけだ。住民の味方ではない」


 「……アルフの家族は」と俺は聞いた。


 アルフが少し間を置いた。


 「……両親はもういない。幼馴染が一人、残っている。老人の世話をしながら、なんとかやっているらしい」


 「……らしい、というのは」


 「……三年、連絡が取れていない。俺が騎士団にいる間は、接触すると危険だった。今は脱走しているから、もっと危険かもしれない」


 リエナが「……会いたいね」と小声で言った。


 アルフが「……ああ」と静かに言った。


◆ ◆ ◆


 「……お前を巻き込むつもりはない」とアルフが続けた。「昨夜も言ったが、これは俺の話だ。ただ、隠しておくのも違う気がして」


 「……話してくれてよかった」と俺は言った。


 「……カル」


 「……何か」


 「……正直に聞く。お前は、どう思った」


 俺は少し考えた。


 「……怪我をしている人がいる」


 「……そうだ」


 「……病気になっても診てもらえない人がいる」


 「……そうだ」


 「……治癒士がいない場所に、治癒士が行く。それだけだ」


 アルフがしばらく俺を見た。


 「……それだけ、か」


 「……それだけだ。行く理由としては、十分すぎる」


 アルフが「……お前は」と言いかけて、止まった。


 「……お前は本当に、そういう人間だな」


 「……そういう人間というのは」


 「……説明が難しい」とアルフが言った。「ただ、お前みたいな人間に頼むのは、少し申し訳ない気がしていた」


 「……なぜ」


 「……損な役回りだから」


 俺は少し考えた。


 「……前の世界でも、損な役回りが多かった。でも、やり続けていたら、できることが増えた。損かどうかは、終わってみないとわからない」


 グランが「……お前さんらしい答えだ」と言った。


 リエナが「……うん」と言った。


 アルフが長い沈黙の後、「……頼む」と言った。一言だけだった。


 「……わかった」と俺は言った。


 チャが二人の間で「にゃ」と言った。


 アルフが「……チャも来るのか」と言った。


 「……チャの意思による」と俺は言った。


 「にゃ」とチャが答えた。


 アルフが「……心強い」と言った。表情が、少しだけ柔らかくなった。

道中、薬をやっていると思われました。やっていません。生まれつきです。


噂が混ざり始めているそうです。「やばい薬をやってる怖い治癒士」になりつつあるようです。患者を治し続けるのが一番早い訂正だとグランさんが言いました。そうします。


アルフがグラムハイン領の話をしました。老人と孤児しかいない。治癒士もいない。三年連絡が取れていない幼馴染がいる。


行きます。怪我をしている人がいる場所に、治癒士が行く。それだけです。


チャも来るそうです。

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