第27話 怖い顔の治癒士、観光地になる
「今日、変な客が来た」とリエナが言ったのは、午前の患者が途切れた頃だった。
「……変な、というのは」
「怪我でも病気でもない。『確かめに来た』って言ってた」
「……何を確かめに」
「顔が本当に怖いかどうか」
俺は少し止まった。
「……それで?」
「見た。固まった。帰った」とリエナが言った。「所要時間、たぶん十秒」
グランが「昨日も一人来た」と言った。「動物が本当に懐くか確かめに来たとかで、犬を連れてきた」
「……犬は懐いたか」
「懐いた。飼い主より先に懐いた。飼い主は腰を抜かした」
「……申し訳なかった」
「犬は元気だった。それでいい」
リエナが「噂が広まってる。王都全体に」と言った。「患者じゃない人が来るようになってきた」
「……困る」
「でも来た人は全員診るって言うんでしょ」
「……怪我があれば診る」
「怪我がなければ?」
俺は少し考えた。
「……健康診断をする」
グランが「治癒所が観光地になるぞ」と言った。
「……それは困る」と俺は言った。
「もうなってる」とリエナが言った。
◆ ◆ ◆
午後、最初に来たのは四十代の男だった。
右腕に包帯を巻いている。これは患者だ。
「……座ってくれ。腕を見る」
男が椅子に座った。包帯を外した。深い切り傷だ。三日ほど放置していたらしく、端が少し膿んでいる。
「……痛かっただろう」
「痛かったです。でも神殿は高くて……ここに来れてよかったです」
「……少し沁みるが、我慢できるか」
「はい」
光を当てた。膿を出しながら内側から修復する。男が「っ」と声を上げたが、黙って耐えた。
「……終わった。三日は水仕事を避けてくれ」
「ありがとうございます……」男が腕を確認した。綺麗に塞がっている。「……あの、一つ聞いていいですか」
「……何か」
「噂で聞いてたんですが……動物が本当に懐くんですか」
「……懐く」
「見てみたかったんですが……まあ、腕が治ったのでいいです」と男は言った。「ありがとうございました」
男が帰った。
次に来たのは、二十代の女性二人組だった。
二人とも、怪我も病気もなさそうだった。
「……どこか悪いか」
二人が顔を見合わせた。
「……あの……噂で聞いて……」
「……健康診断をする。座ってくれ」
「え、いいんですか?」
「……来たなら診る」
二人が恐る恐る座った。俺が光を当てて確認した。一人は少し胃の調子が悪い。もう一人は肩に疲れが溜まっている。
「……胃に負担がかかっている。食事を気をつけてくれ」
「え、わかるんですか……!」
「……肩の凝りがある。荷物の持ち方を変えた方がいい」
「……あ、最近荷物が多くて……」
二人が「すごい……」と顔を見合わせた。
「……また何かあれば来てくれ」
二人が「ありがとうございます……!」と言って、少し急ぎ足で帰った。
リエナが「観光客に健康診断した」と言った。
「……来たから診た」
「カルのその論理、好きだけど」とリエナが言った。「午後ずっとそれをやるつもり?」
「……来る人がいる間は診る」
グランが「儂の五十年の治癒士人生で、観光客を健康診断した話は聞いたことがない」と言った。
「……前例がないことは、やってはいけないか」
「……そういうわけではないが」
「……では診る」
◆ ◆ ◆
問題は、四人目だった。
三十代の男が、仲間らしい男を一人連れて入ってきた。
「すみません、こちらが噂の……」と言いながら入ってきた男が、俺の顔を見た瞬間、後ろに一歩下がった。
下がった勢いで、後ろにいた仲間の男にぶつかった。
仲間の男がよろけて、入口の壁の角に後頭部をぶつけた。
鈍い音がした。
男がゆっくりと崩れた。
「……大丈夫か」と俺は言った。
男は動かなかった。
仰向けに倒れた男の口元から、白いもやのようなものがふわりと出た。
リエナが「……魂?」と言った。
グランが「……そう見える」と言った。
白いもやはゆらゆらと天井の方に漂い始めた。
俺はすぐに男に近づいて、後頭部に手を当てた。光を当てる。打撲だ。深くはない。ただ、意識がかなり遠くにある。
「……戻ってこい」と俺は小声で言った。
しばらく経って、男がゆっくりと目を開けた。
虚ろな目で天井を見ていた。
「……ばあちゃん……?」と男がつぶやいた。
「……俺だ」と俺は言った。
男が俺の顔を見た。
「……ちがう……」と男が言った。「ばあちゃんじゃない……」
「……治癒士だ。後頭部を打った」
「……川があって……むこうにばあちゃんが……」と男がぼんやりと言った。「呼んでた……」
「……こちら側に戻ってきてくれ」
「……ばあちゃんが手を振ってた……」
「……今は戻る時だ」と俺は静かに言った。「ばあちゃんはまた今度だ」
男が「……また今度……」とつぶやいた。それから、少しずつ目に焦点が戻ってきた。
「……あれ……俺……」
「……壁に頭をぶつけた。今は治癒所にいる」
男が体を起こそうとした。俺が支えた。
「……頭が……ぼんやりする……」
「……しばらく安静にしてくれ。ゆっくり座れるか」
男を椅子に座らせた。
最初に入ってきた男が、青い顔で「だ、大丈夫ですか……!」と言いながら駆け寄ってきた。俺の顔を見て「ひっ」と声を上げたが、今度は踏みとどまった。
「……ぶつかった拍子に後頭部を打った。処置した。問題ない」と俺は言った。
「す、すみません……俺がぶつかったせいで……!」
「……謝るより、水を持ってきてくれ」
「は、はい……!」
男が飛び出していった。
リエナが「魂が出たの、初めて見た」と言った。
「……そうか」
「記録に残していい?」
「……残すな」
「わかった」とリエナが言った。「残した」
「……やめてくれ」
グランが「ランキングとは別に、珍記録の帳簿を作り始めたらしい」と言った。
「……いつの間に」
「……先週から」とリエナが言った。
◆ ◆ ◆
椅子に座った男が、少し落ち着いてから「……ばあちゃん、元気そうだった」と言った。
「……そうか」と俺は答えた。
「……川の向こうで笑ってた」
「……それはよかった」
「……でも戻ってこいって言われた気がした」
「……ばあちゃんの判断は正しい」
男がしばらく黙った。それから「……治してくれてありがとうございます」と言った。
「……怪我をさせてしまった。申し訳なかった」
「俺がよろけたせいなんで……」
「……入り口の配置を考え直す」
男が「そんな……」と言いながら、もう一度俺の顔を正面から見た。今度は逃げなかった。
「……噂で来たんですが」と男は言った。「思ったより、ずっと怖かったです」
「……申し訳ない」
「でも……思ったより、ずっと丁寧でした」
俺は何も言わなかった。
水を持って戻ってきた最初の男が「……仲良くなってる……」と小声で言った。
リエナが「なってないけど、なってるように見える」と小声で答えた。
◆ ◆ ◆
夕方、患者と見物人が全員帰った後、俺は物置部屋に戻った。
アルフが先に戻っていた。床に座って、壁に背を預けている。チャが膝の上で丸くなっていた。いつもの夜の始まりだ。
俺も自分の場所に腰を下ろした。上着を脱いで、壁に背を預けた。
しばらく、二人とも黙っていた。
「……今日は賑やかだったな」とアルフが言った。
「……観光客が来た。全員健康診断した」と俺は言った。
「……そうか」アルフが少し間を置いた。それから、少し違う空気で口を開いた。「……カル、一つ話していいか」
「……何か」
アルフが少し黙った。珍しい間だった。
「……故郷の話だ」
「……聞く」
アルフがゆっくりと口を開いた。
「……グラムハイン領、という場所がある。北の辺境だ。俺が生まれた村がある。……あった、というべきかもしれない」
部屋が静かになった。
「……今は、老人と子供しか残っていない。若い者は出ていった。騎士団の圧力と、貴族の搾取で、人が離れた。治癒士もいない。医者もいない。俺には……戻る理由がある。でも一人では、何もできない」
アルフが俺を見た。
「……お前を巻き込むつもりはない。ただ、話しておきたかった」
部屋が静かだった。
「……わかった」と俺は言った。
「……それだけか」
「……今日は、それだけだ」
アルフが「……そうか」と言って、立ち上がりかけた。
「……ただ」と俺は続けた。
アルフが止まった。
「……怪我をしている人がいる場所なら、行く理由になる」
アルフがしばらく俺を見た。
「……続きは、また今度話そう」と俺は言った。
アルフが「……ああ」と言った。
チャがアルフの膝の上で「にゃ」と鳴いた。
観光客を健康診断しました。来たから診ました。
後頭部を打った方が、三途の川の向こうにばあちゃんを見たそうです。元気そうだったとのことです。
リエナが珍記録の帳簿を作り始めました。先週からだそうです。気づきませんでした。
アルフが故郷の話をしました。グラムハイン領。北の辺境。老人と子供しかいないそうです。怪我をしている人がいる場所なら、行く理由になります。




