表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
顔が怖すぎて患者が逃げる治癒士、それでも今日も癒しに行く  作者: おっさんず


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/32

第27話 怖い顔の治癒士、観光地になる

 「今日、変な客が来た」とリエナが言ったのは、午前の患者が途切れた頃だった。


 「……変な、というのは」


 「怪我でも病気でもない。『確かめに来た』って言ってた」


 「……何を確かめに」


 「顔が本当に怖いかどうか」


 俺は少し止まった。


 「……それで?」


 「見た。固まった。帰った」とリエナが言った。「所要時間、たぶん十秒」


 グランが「昨日も一人来た」と言った。「動物が本当に懐くか確かめに来たとかで、犬を連れてきた」


 「……犬は懐いたか」


 「懐いた。飼い主より先に懐いた。飼い主は腰を抜かした」


 「……申し訳なかった」


 「犬は元気だった。それでいい」


 リエナが「噂が広まってる。王都全体に」と言った。「患者じゃない人が来るようになってきた」


 「……困る」


 「でも来た人は全員診るって言うんでしょ」


 「……怪我があれば診る」


 「怪我がなければ?」


 俺は少し考えた。


 「……健康診断をする」


 グランが「治癒所が観光地になるぞ」と言った。


 「……それは困る」と俺は言った。


 「もうなってる」とリエナが言った。


◆ ◆ ◆


 午後、最初に来たのは四十代の男だった。


 右腕に包帯を巻いている。これは患者だ。


 「……座ってくれ。腕を見る」


 男が椅子に座った。包帯を外した。深い切り傷だ。三日ほど放置していたらしく、端が少し膿んでいる。


 「……痛かっただろう」


 「痛かったです。でも神殿は高くて……ここに来れてよかったです」


 「……少し沁みるが、我慢できるか」


 「はい」


 光を当てた。膿を出しながら内側から修復する。男が「っ」と声を上げたが、黙って耐えた。


 「……終わった。三日は水仕事を避けてくれ」


 「ありがとうございます……」男が腕を確認した。綺麗に塞がっている。「……あの、一つ聞いていいですか」


 「……何か」


 「噂で聞いてたんですが……動物が本当に懐くんですか」


 「……懐く」


 「見てみたかったんですが……まあ、腕が治ったのでいいです」と男は言った。「ありがとうございました」


 男が帰った。


 次に来たのは、二十代の女性二人組だった。


 二人とも、怪我も病気もなさそうだった。


 「……どこか悪いか」


 二人が顔を見合わせた。


 「……あの……噂で聞いて……」


 「……健康診断をする。座ってくれ」


 「え、いいんですか?」


 「……来たなら診る」


 二人が恐る恐る座った。俺が光を当てて確認した。一人は少し胃の調子が悪い。もう一人は肩に疲れが溜まっている。


 「……胃に負担がかかっている。食事を気をつけてくれ」


 「え、わかるんですか……!」


 「……肩の凝りがある。荷物の持ち方を変えた方がいい」


 「……あ、最近荷物が多くて……」


 二人が「すごい……」と顔を見合わせた。


 「……また何かあれば来てくれ」


 二人が「ありがとうございます……!」と言って、少し急ぎ足で帰った。


 リエナが「観光客に健康診断した」と言った。


 「……来たから診た」


 「カルのその論理、好きだけど」とリエナが言った。「午後ずっとそれをやるつもり?」


 「……来る人がいる間は診る」


 グランが「儂の五十年の治癒士人生で、観光客を健康診断した話は聞いたことがない」と言った。


 「……前例がないことは、やってはいけないか」


 「……そういうわけではないが」


 「……では診る」


◆ ◆ ◆


 問題は、四人目だった。


 三十代の男が、仲間らしい男を一人連れて入ってきた。


 「すみません、こちらが噂の……」と言いながら入ってきた男が、俺の顔を見た瞬間、後ろに一歩下がった。


 下がった勢いで、後ろにいた仲間の男にぶつかった。


 仲間の男がよろけて、入口の壁の角に後頭部をぶつけた。


 鈍い音がした。


 男がゆっくりと崩れた。


 「……大丈夫か」と俺は言った。


 男は動かなかった。


 仰向けに倒れた男の口元から、白いもやのようなものがふわりと出た。


 リエナが「……魂?」と言った。


 グランが「……そう見える」と言った。


 白いもやはゆらゆらと天井の方に漂い始めた。


 俺はすぐに男に近づいて、後頭部に手を当てた。光を当てる。打撲だ。深くはない。ただ、意識がかなり遠くにある。


 「……戻ってこい」と俺は小声で言った。


 しばらく経って、男がゆっくりと目を開けた。


 虚ろな目で天井を見ていた。


 「……ばあちゃん……?」と男がつぶやいた。


 「……俺だ」と俺は言った。


 男が俺の顔を見た。


 「……ちがう……」と男が言った。「ばあちゃんじゃない……」


 「……治癒士だ。後頭部を打った」


 「……川があって……むこうにばあちゃんが……」と男がぼんやりと言った。「呼んでた……」


 「……こちら側に戻ってきてくれ」


 「……ばあちゃんが手を振ってた……」


 「……今は戻る時だ」と俺は静かに言った。「ばあちゃんはまた今度だ」


 男が「……また今度……」とつぶやいた。それから、少しずつ目に焦点が戻ってきた。


 「……あれ……俺……」


 「……壁に頭をぶつけた。今は治癒所にいる」


 男が体を起こそうとした。俺が支えた。


 「……頭が……ぼんやりする……」


 「……しばらく安静にしてくれ。ゆっくり座れるか」


 男を椅子に座らせた。


 最初に入ってきた男が、青い顔で「だ、大丈夫ですか……!」と言いながら駆け寄ってきた。俺の顔を見て「ひっ」と声を上げたが、今度は踏みとどまった。


 「……ぶつかった拍子に後頭部を打った。処置した。問題ない」と俺は言った。


 「す、すみません……俺がぶつかったせいで……!」


 「……謝るより、水を持ってきてくれ」


 「は、はい……!」


 男が飛び出していった。


 リエナが「魂が出たの、初めて見た」と言った。


 「……そうか」


 「記録に残していい?」


 「……残すな」


 「わかった」とリエナが言った。「残した」


 「……やめてくれ」


 グランが「ランキングとは別に、珍記録の帳簿を作り始めたらしい」と言った。


 「……いつの間に」


 「……先週から」とリエナが言った。


◆ ◆ ◆


 椅子に座った男が、少し落ち着いてから「……ばあちゃん、元気そうだった」と言った。


 「……そうか」と俺は答えた。


 「……川の向こうで笑ってた」


 「……それはよかった」


 「……でも戻ってこいって言われた気がした」


 「……ばあちゃんの判断は正しい」


 男がしばらく黙った。それから「……治してくれてありがとうございます」と言った。


 「……怪我をさせてしまった。申し訳なかった」


 「俺がよろけたせいなんで……」


 「……入り口の配置を考え直す」


 男が「そんな……」と言いながら、もう一度俺の顔を正面から見た。今度は逃げなかった。


 「……噂で来たんですが」と男は言った。「思ったより、ずっと怖かったです」


 「……申し訳ない」


 「でも……思ったより、ずっと丁寧でした」


 俺は何も言わなかった。


 水を持って戻ってきた最初の男が「……仲良くなってる……」と小声で言った。


 リエナが「なってないけど、なってるように見える」と小声で答えた。


◆ ◆ ◆


 夕方、患者と見物人が全員帰った後、俺は物置部屋に戻った。


 アルフが先に戻っていた。床に座って、壁に背を預けている。チャが膝の上で丸くなっていた。いつもの夜の始まりだ。


 俺も自分の場所に腰を下ろした。上着を脱いで、壁に背を預けた。


 しばらく、二人とも黙っていた。


 「……今日は賑やかだったな」とアルフが言った。


 「……観光客が来た。全員健康診断した」と俺は言った。


 「……そうか」アルフが少し間を置いた。それから、少し違う空気で口を開いた。「……カル、一つ話していいか」


 「……何か」


 アルフが少し黙った。珍しい間だった。


 「……故郷の話だ」


 「……聞く」


 アルフがゆっくりと口を開いた。


 「……グラムハイン領、という場所がある。北の辺境だ。俺が生まれた村がある。……あった、というべきかもしれない」


 部屋が静かになった。


 「……今は、老人と子供しか残っていない。若い者は出ていった。騎士団の圧力と、貴族の搾取で、人が離れた。治癒士もいない。医者もいない。俺には……戻る理由がある。でも一人では、何もできない」


 アルフが俺を見た。


 「……お前を巻き込むつもりはない。ただ、話しておきたかった」


 部屋が静かだった。


 「……わかった」と俺は言った。


 「……それだけか」


 「……今日は、それだけだ」


 アルフが「……そうか」と言って、立ち上がりかけた。


 「……ただ」と俺は続けた。


 アルフが止まった。


 「……怪我をしている人がいる場所なら、行く理由になる」


 アルフがしばらく俺を見た。


 「……続きは、また今度話そう」と俺は言った。


 アルフが「……ああ」と言った。


 チャがアルフの膝の上で「にゃ」と鳴いた。

観光客を健康診断しました。来たから診ました。


後頭部を打った方が、三途の川の向こうにばあちゃんを見たそうです。元気そうだったとのことです。


リエナが珍記録の帳簿を作り始めました。先週からだそうです。気づきませんでした。


アルフが故郷の話をしました。グラムハイン領。北の辺境。老人と子供しかいないそうです。怪我をしている人がいる場所なら、行く理由になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ