第23話 怖い顔の治癒士、孤児院に行く
リエナが「孤児院に来てほしい」と言ったのは、朝のハーブ茶を飲んでいる時だった。
「……何かあったか」と俺は聞いた。
「熱を出してる子が二人いる。軽いと思うけど、念のため診てもらいたくて」とリエナが答えた。「あたしが薬草で対処してたけど、カルに診てもらった方が確実だから」
「……行く」と俺は言った。
「ありがとう。ただ一つ問題があって」とリエナが言いながら、少し間を置いた。
「……何か」と俺は聞いた。
「孤児院の子たち、カルのことを知らない。神殿の人間だと思われる可能性がある。神殿には警戒してる子が多いから」
「……神殿の人間ではない、と説明すればいいか」と俺は言った。
「それも必要だけど……もう一つ問題があって」とリエナがさらに続けた。また間を置いた。
「……何か」と俺は再び聞いた。
「……カルの顔を、子供たちが見る」
「……それが問題か」
「かなりの問題」とリエナがはっきり言った。
グランが「お前さんの顔で子供の多い場所に行くのは、なかなかの荒業だ」と言った。
「……行けば慣れる」と俺は言った。
「慣れる前に何人か泣くぞ」とグランが言った。
「……泣いたら謝る」と俺は言った。
グランが「まあ、それしかないな」と言って、ハーブ茶をすすった。
◆ ◆ ◆
午前の患者を診てから、リエナと一緒に孤児院へ向かった。
孤児院は王都の下町にある、石造りの二階建てだった。外壁に蔦が這っていて、古い建物だとわかる。庭に洗濯物が干してある。中から子供の声がする。
「ここだ」とリエナが言った。「あたし、ここで育った」
「……そうか」と俺は言った。
「懐かしい。十二年いたから」とリエナが言いながら、迷いなく扉を開けた。
中は広い一室になっていた。木のテーブルと椅子が並んでいる。壁際に棚。奥に階段。子供が五人ほど、思い思いに過ごしていた。
リエナが入った瞬間、子供たちが「リエナお姉ちゃん!」と声を上げた。
そのまま、子供たちの視線が俺に移った。
五秒の沈黙があった。
一番小さな子、四歳くらいの女の子が口を開いた。
「……ゆーれい」
「……幽霊ではない。治癒士だ」と俺は言った。
「ゆーれいがしゃべった!」と女の子が叫んだ。
「……しゃべる。生きている」と俺は言った。
別の子、七歳くらいの男の子が「おばけじゃないの?」と聞いた。
「……おばけではない」と俺は答えた。
「でもこわい」と男の子が言った。
「……そうだ。でも怖い人間ではない」と俺は言った。
男の子がしばらく俺を見た。それから「リエナお姉ちゃんの知り合い?」と聞いた。
「……そうだ」と俺は答えた。
「リエナお姉ちゃんの知り合いならいいひとだ」と男の子があっさり言った。
俺は少し止まった。
(……そういう論理か)
子供の論理は時々、大人より正確だと思う。
◆ ◆ ◆
孤児院の院長は、五十代の女性だった。
マーサという名前で、リエナの師匠のばあさんとも顔見知りだったらしい。リエナが「カルを連れてきた」と紹介すると、マーサが俺を見て「……まあ」と言った。
「……治癒士のカルディンです」と俺は言った。「熱を出している子を診させてください」
マーサがもう一度「……まあ」と言った。それから「顔はともかく、リエナが連れてくる人は信用できる。お願いします」と言った。
「……ありがとうございます」と俺は言った。
マーサに案内されて、二階の部屋に行った。
ベッドに子供が二人横になっていた。八歳くらいの男の子と、六歳くらいの女の子だ。二人とも顔が赤い。
男の子が俺を見た。目を丸くした。それでも逃げなかった。
「……怖いか」と俺は聞いた。
「こわい」と男の子が正直に言った。「でも熱があるからにげられない」
「……正直でいい」と俺は言った。「診る。手を出してくれ」
男の子が震えながら手を出した。俺が光を当てると、男の子が「あったかい」と言った。
「……もう少しで熱が下がる。今日は安静にしてくれ」と俺は言った。
「……ありがとう」と男の子が言った。それから「こわいけど、ありがとう」と付け加えた。
「……怖くて申し訳ない」と俺は言った。
「しょうがないじゃん、かおだもん」と男の子が言った。
「……そうだ。顔だから仕方ない」と俺は答えた。
女の子の方は、俺が近づいた瞬間に布団を頭まで被った。
完全に隠れた。
「……診るために顔を出してくれ」と俺は言った。
布団の中から「いや」と声がした。
「……熱があるだろう」と俺は言った。
「……ある」と布団の中から声がした。
「……治したい」と俺は言った。
「……こわい」と布団の中から声がした。
「……目を閉じて顔だけ出してくれ。顔を見なくていい」と俺は言った。
しばらく間があった。
布団がもそもそと動いた。端から、目をぎゅっと閉じた顔だけが出てきた。
「……ありがとう。動かなくていい」と俺は言いながら、光を当てた。
「……あったかい」と女の子が目を閉じたまま言った。
「……もう少しで楽になる」と俺は言った。
「……もんすたーみたいなのに、あったかいの、へんなの」と女の子が言った。
「……よく言われる」と俺は答えた。
◆ ◆ ◆
二人の熱を下げて一階に戻ると、さっきの子供たちが待ち構えていた。
先頭に立っていたのは、「リエナお姉ちゃんの知り合いならいいひと」と言った七歳の男の子だった。
「なおしてきた?」と男の子が聞いた。
「……なおしてきた」と俺は答えた。
「すごい」と男の子が言った。「こわいのに、すごい」
「……ありがとう」と俺は言った。
「みせて」と男の子が言った。
「……何を」と俺は聞いた。
「かおを、ちゃんとみたい」と男の子が言った。「こわいけど、ちゃんとみたい」
俺はしゃがんだ。男の子と目線を合わせた。
男の子がじっと俺の顔を見た。十秒ほど、本当にじっと見た。
「……こわい」と男の子が言った。
「……そうだ」と俺は答えた。
「でも、わるいめじゃない」と男の子が言った。「おこってるめじゃない」
俺は何も言えなかった。
「リエナお姉ちゃんの知り合いで、なおしてくれる人だから、いいひとだ」と男の子が結論を出した。
後ろにいた子供たちが「いいひとだ」と口々に繰り返した。
四歳の女の子だけが「でもゆーれいみたい」と言い続けた。
「……幽霊ではない」と俺はもう一度言った。
「ゆーれいってじぶんでゆーれいじゃないっていうんだよ」と女の子が言った。
反論できなかった。
◆ ◆ ◆
帰り道、リエナが「思ったよりうまくいったね」と言った。
「……幽霊と言われた」と俺は言った。
「それは想定内」とリエナが言った。「でも、最終的に『いいひと』になったじゃない」
「……子供の論理は早い」と俺は言った。
「リエナお姉ちゃんの知り合いだから、ってやつ?」とリエナが聞いた。
「……そうだ。大人はそういう論理を使わなくなる」と俺は言った。
「なんで使わなくなるんだろうね」とリエナが言った。
「……経験が邪魔をするのかもしれない。見た目で判断した方が早い、という経験が積み重なる」と俺は答えた。
リエナがしばらく歩きながら考えた。
「……カルは、そういうことをよく考えるよね」とリエナが言った。
「……自分が見た目で判断される側だから」と俺は答えた。
リエナが「……そうか」と静かに言った。
それ以上は何も言わなかった。でも、隣を歩く気配が、少し近くなった気がした。
治癒所に戻ると、グランが「どうだった」と聞いた。
「……幽霊と言われた」と俺は言った。
「……それだけか」とグランが聞いた。
「……最終的に、いいひとになった」と俺は答えた。
「十分だ」とグランが言った。
「マーサさんが、また来てほしいって言ってた」とリエナが付け加えた。「定期的に子供たちを診てほしいって」
「……行く」と俺は言った。
「即答だ」とリエナが言った。
「……行かない理由がない」と俺は答えた。
◆
夜、チャが来た。扉の隙間から来た。
「……今日、孤児院に行った」と俺はチャに言った。
「にゃ」とチャが答えた。
「……幽霊と言われた」と俺は言った。
「にゃ」とチャが答えた。
「……布団から顔だけ出して診させてくれた子がいた」と俺は言った。「目を閉じたまま、顔だけ出してくれた」
「にゃ」とチャが答えた。
「……それが、今日一番嬉しかった」と俺は言った。
チャが俺の膝の上に来た。足を伸ばして座っていたので、面積は問題なかった。
ごろごろと鳴き始めた。
怖がられながらも、布団から顔を出してくれた。目を閉じたまま、でも出してくれた。
(……それで十分だ)
明日も治しに行く。孤児院にも、また行く。
孤児院に行きました。
「ゆーれい」と言われました。「幽霊ではない」と言ったら「ゆーれいってじぶんでゆーれいじゃないっていうんだよ」と言われました。反論できませんでした。
布団から目を閉じたまま顔だけ出してくれた子がいました。今日一番嬉しかったです。
最終的に「リエナお姉ちゃんの知り合いだからいいひと」になりました。子供の論理は正確です。
また行きます。




