第22話 怖い顔の治癒士、連鎖を起こす
その日の午前中は、いつも通りだった。
患者を六人診て、リエナと薬草の効果を確認して、グランの作った昼飯を三人で食べた。
午後の最初の患者を診終わったところで、治癒所の扉が開いた。
カインだった。
ただし、今日は一人ではなかった。後ろに三人、ぞろぞろとついてきた。全員二十代前後の若い男で、鎧や剣帯を身につけている。勇者パーティーの取り巻きか、新しい仲間だろう。
カインが「よう、カルディン」と言いながら入ってきた。カインはもう俺の顔を見慣れている。表情一つ変えない。
問題は後ろの三人だった。
先頭の男が俺の顔を見た。
「……っ」
男が白目をむいた。
そのまま、後ろに倒れた。
「おい、ダレン!」
後ろにいた二人目の男が叫んで、倒れた男を助けようと前に出た。前に出た瞬間、俺の顔が視界に入った。
二人目の男が白目をむいた。
口の端から泡が出た。
そのまま、一人目の男の上に重なって倒れた。
「ダレン! ユーリ!」
三人目の男が叫んで、二人を助けようと駆け寄った。駆け寄りながら俺の顔を見た。
三人目の男が白目をむいた。
口の端から泡が出た。
一人目と二人目の上に、さらに重なって倒れた。
治癒所の入口に、三人が積み重なって倒れていた。
カインが振り返って、それを見た。
「……」
カインが俺を見た。
「……」
俺もカインを見た。
「……申し訳なかった」と俺は言った。
「……いや、俺が連れてきたのが悪かった」とカインが言った。「事前に説明しておくべきだった」
リエナが作業台から「三人同時は新記録」と言った。
「……ランキングに入れるな」と俺は言った。
「もう入れた」とリエナが答えた。
グランが「早く起こしてやれ」と言った。
◆ ◆ ◆
三人を椅子に座らせた。
俺が近づくたびに三人が「ひっ」と声を上げるので、グランとリエナが水を持ってきて介抱した。カインが「大丈夫か」と声をかけた。
一人目のダレンと名乗った男が、震える手でカップを受け取りながら「……す、すみません……まさかあんな方が……」と言った。
「……治癒士だ」と俺は遠くから言った。近づくとまた倒れそうだったので、距離を取った。
「ち、治癒士……? あの顔で……?」とダレンが言った。
「この顔で治癒士だ」とカインが代わりに答えた。「腕は本物だ。俺が保証する」
「か、カイン様が保証するなら……」とダレンが言いながら、それでも俺の方を見ようとしなかった。
二人目の男、ユーリが口元を拭いながら「……泡が出るとは思いませんでした……」と言った。
「……俺も、泡が出るとは思っていなかった」と俺は言った。「申し訳ない」
「い、いえ……こちらこそ……」とユーリが言った。
三人目の男は名前を聞くと「……ケント、です……」とかすれた声で言った。まだ顔色が悪かった。
「……怪我はないか」と俺はケントに聞いた。
「……あ、頭を少し……倒れた時に床に当たったかもしれなくて……」とケントが言った。
「……診る。目を閉じてくれ」と俺は言った。
ケントが目をぎゅっと閉じた。俺が近づいて頭に手を当てた。軽い打撲だ。光を当てると、数秒で治った。
「……終わった」と俺は言った。
ケントがそっと目を開けた。俺の顔を見て、また目を閉じた。
「……ありがとうございます……目は、もう少し閉じていていいですか……」
「……どうぞ」と俺は答えた。
カインが苦笑しながら「お前ら、慣れろ」と言った。
「か、慣れるものですか、あの顔に……!」とダレンが言った。
「俺は慣れた」とカインが言った。
「カイン様がおかしいんですよ……!」とユーリが言った。
カインが「そうかもな」と言って、俺を見た。俺は何も言わなかった。
◆ ◆ ◆
三人がある程度落ち着いたところで、カインが「少し話せるか」と俺に言った。
治癒所の前のベンチに二人で座った。
「……連れてきて悪かった。まさかあそこまでとは思っていなかった」とカインが言った。
「……連鎖したのは予想外だった」と俺は答えた。「助けに来るたびに倒れるとは」
「あいつら、根はいい奴らなんだ」とカインが言った。「ただ、見た目に正直すぎる」
「……正直なのは悪いことではない」と俺は言った。
カインがしばらく黙った。石畳の向こうを見ていた。
「……カル、最近どうだ」とカインが聞いた。
「……患者が増えた。ギルドの依頼も受けている。アルフという男が物置部屋にいる。聖騎士団が来た。法律で追い返した」と俺は答えた。
カインが「……相変わらず密度が高いな、お前の日常は」と言った。
「……カインは」と俺は聞いた。
「俺?」カインが少し間を置いた。「……まあ、普通だ。依頼をこなして、訓練して、貴族の晩餐会に呼ばれて、笑顔で挨拶して」
「……嫌なのか」と俺は聞いた。
「嫌じゃない」とカインが答えた。「ただ……たまに、疲れる。勇者らしくしなきゃいけない気がして。期待に応えなきゃいけない気がして」
「……勇者らしくしなければならない理由はあるか」と俺は言った。
カインが俺を見た。
「……お前、簡単に言うな」
「……簡単ではないかもしれない。でも、俺は治癒士らしくしようとしたことがない。ただ治している」と俺は言った。「カインがカインのやり方でやればいいだけだと思う」
「……それができれば苦労しない」とカインが言った。
「……そうかもしれない」と俺は答えた。「ただ、たまにここに来て話すことはできる」
カインがしばらく俺を見た。それから、少し笑った。
「……それは、友達みたいな言い方だな」とカインが言った。
「……そうか」と俺は言った。「友達なのかどうかは、よくわからない」
「俺はそう思ってるぞ」とカインが言った。
俺は何も言わなかった。
友達、という言葉を、前の世界では誰にも言われたことがなかった。
「……悪くない」と俺はようやく言った。
「なんだその返し方は」とカインが笑った。
◆ ◆ ◆
治癒所に戻ると、三人がだいぶ落ち着いていた。
ダレンがリエナと話していた。リエナが「最初に倒れた時、白目の角度が完璧でした」と言っていた。
「……リエナ、それは言うな」と俺は言った。
「記録として残しておきたい」とリエナが言った。
「残すな」と俺は言った。
ダレンが「……白目の角度……?」と困惑した顔をした。
ユーリがグランに「あの治癒士は、本当に腕がいいんですか」と聞いていた。
「この辺では一番だ」とグランが答えた。
「顔があれでも……?」とユーリが言った。
「顔があれだから、ここに来る患者が多い。神殿の治癒士は怖くないが、敷居が高い。こいつは怖いが、逃げない」とグランが答えた。
ユーリがそれを聞いて、少し考えるような顔をした。
ケントはまだ目を閉じていた。
「……目、開けられるか」と俺はケントに声をかけた。
「……もう少し待ってください……心の準備が……」とケントが言った。
「……急がなくていい」と俺は言った。
「……あの、先生」とケントが目を閉じたまま言った。
「……先生ではないが、何か」と俺は答えた。
「……頭の打撲、治してもらいましたよね。本当に、もう痛くないです。ありがとうございます」
「……どういたしまして」と俺は言った。
「……怖いけど、ありがとうございます」とケントが続けた。
「……怖くて申し訳ない」と俺は言った。
「……生まれつきですよね」とケントが言った。
「……そうだ」と俺は答えた。
ケントがそっと目を開けた。俺の顔を見た。三秒ほど見た。目を閉じた。また開けた。また閉じた。
「……練習しています」とケントが言った。
「……ゆっくりでいい」と俺は言った。
◆
カインたちが帰り際、ダレンが「また来てもいいですか」と言った。
「……どうぞ」と俺は答えた。「次は事前に心の準備をしてきてくれると助かる」
「します……! 絶対します……!」とダレンが言った。
「深呼吸を十回するといい」とリエナが言った。「うちの常連さんがそうしてる」
「十回……わかりました……!」とダレンが言った。
ユーリが「俺は二十回にします」と言った。
ケントが「俺は五十回にします」と言った。
カインが「お前ら、大げさだ」と言った。
「大げさじゃないです!」と三人が声を揃えた。
「……次回に期待する」と俺は言った。
四人が帰った。
グランが「賑やかだったな」と言った。
「……そうですね」と俺は答えた。
リエナが「三人が重なって倒れたとこ、一生忘れない」と言った。
「……忘れてくれ」と俺は言った。
「無理」とリエナが言った。
夜、チャが来た。今日は窓から来た。
「……今日、三人が連鎖で倒れた」と俺はチャに言った。
「にゃ」とチャが答えた。
「……泡が出た」と俺は言った。
「にゃ」とチャが答えた。
「……助けに来るたびに倒れた」と俺は言った。
「にゃ」とチャが答えた。
「……カインに、友達だと言われた」と俺は言った。
チャが「にゃ」と言って、俺の膝の上に来た。
今日は正座をやめて、足を伸ばして座った。
チャが満足そうに丸くなった。
(……面積の問題だったのか)
明日も治しに行く。
カインが取り巻きを三人連れてきました。
一人目が白目をむいて倒れました。助けに来た二人目が白目をむいて泡を出して倒れました。助けに来た三人目が白目をむいて泡を出して倒れました。三人が重なりました。
リエナが「三人同時は新記録」と言いました。ランキングに入れないでほしいです。
カインに「友達だ」と言われました。悪くないです。
足を伸ばして座ったら、チャが膝に来ました。面積の問題でした。




