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顔が怖すぎて患者が逃げる治癒士、それでも今日も癒しに行く  作者: おっさんず


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第17話 怖い顔の治癒士、依頼をこなす

 ギルドの初依頼は、翌日の朝に来た。


 「緊急依頼です。重傷の冒険者が宿屋に運び込まれました。Cランク以上の治癒士を至急お願いしたい、とのことで……」


 受付の男性が依頼書を差し出しながら、視線を微妙に俺の顎あたりに向けていた。目を合わせることへの抵抗を、昨日よりは上手く処理している。成長だ。


 「……受ける。場所は?」


 「王都の東側、『銀の鐘亭』という宿屋です。三階の奥の部屋とのことで……」


 「……わかった」


 依頼書を受け取って、ギルドを出た。


 東側の宿屋まで、徒歩で十分ほどだ。俺は石畳を歩いた。


 朝の王都は人通りが多い。


 多いということは、俺の顔に遭遇する人間も多いということだ。


 路地を曲がった先で、正面から歩いてきた商人が俺の顔を見て「うわっ」と言いながら左の壁に張り付いた。


 「……おはよう」


 「お、おはようございます……っ」


 商人が壁に張り付いたまま、頭だけ下げた。


 俺は通り過ぎた。後ろで、商人がゆっくりと壁から剥がれる気配がした。


 次の角を曲がると、今度は子供が三人、横並びで歩いてきた。


 先頭の子が俺を見た瞬間、三人が同時に右の壁に張り付いた。


 「「「うわあ……」」」


 三人の声が綺麗に重なった。


 「……おはよう」


 「お、おはようございます……っ」


 一番小さな子が震えながら答えた。偉いと思った。


 俺は通り過ぎた。


 宿屋まであと半分というところで、朝市の露店が並ぶ通りに出た。


 俺が通り始めた瞬間、露店の店主たちが左右の壁に吸い込まれていった。


 一人、二人、三人、四人。


 まるで俺が歩くたびに、道の両側に人の壁ができていくようだった。


 誰も逃げない。逃げる代わりに、壁に張り付いて、息を潜めている。


 「……邪魔だったか」


 「い、いえ……! お、お通りください……!」


 一番近くの女性の店主が、壁から顔だけ出して答えた。


 俺は「……ありがとう」と言って、人の壁の間を歩いた。


 両側から、十数人分の視線が刺さった。


 (……これはこれで、居心地が悪い)


 逃げられるより、張り付かれる方が不思議と落ち着かない。逃げられると、少なくとも人はいなくなる。張り付かれると、全員がいるまま、俺だけが通過する。


 通り抜けた後、後ろで一斉に「はあ……」という息をつく音がした。


 ……申し訳なかった。


◆ ◆ ◆


 銀の鐘亭は、木造の三階建てだった。


 入口の前に、冒険者らしき男が三人立っていた。俺が近づくと、三人が俺の顔を見た。


 一人が左の壁に張り付いた。


 一人が右の壁に張り付いた。


 最後の一人は、張り付く壁が近くになかったので、扉に張り付いた。


 「……ギルドから来た治癒士だ」


 扉に張り付いた男が「ひっ……ほ、本当に……治癒士……?」と言った。


 「……依頼書がある」


 俺が依頼書を取り出すと、男が扉から少し剥がれて確認した。それから「ほ、本物だ……」と残りの二人に伝えた。


 左の壁に張り付いた男が「でもその顔……」と言った。


 右の壁に張り付いた男が「で、でも怪我人が……」と言った。


 「……中に入らせてくれ」


 三人が顔を見合わせた。壁に張り付いたまま、顔だけ動かした。


 最終的に、扉に張り付いた男がそろそろと扉を開けた。扉が開いても、男は扉と一体化したまま道を開けた。


 俺は入った。


 三人が後ろからついてきた。廊下を歩くたびに、三人が壁沿いに移動した。俺の真後ろには来ない。斜め後ろ、壁際を、やや距離を保って歩いている。


 「……くっついてこなくていい」


 「で、でも案内しないといけないので……」


 「……三階の奥と聞いた。自分で行ける」


 「で、でも……」


 「……壁から離れて歩くのが辛いなら、ここで待っていてくれ」


 三人が「っ……わかりました……!」と言って、廊下の壁にそのまま張り付いた。


 俺は一人で三階に上がった。


◆ ◆ ◆


 三階の奥の部屋をノックした。


 「……ギルドから来た治癒士だ」


 「入ってくれ」


 扉を開けると、ベッドに男が横たわっていた。二十代後半、体格のいい剣士だ。左足に深い傷がある。魔物の爪で引き裂かれたらしい。出血が続いていた。顔色が悪い。


 ベッドの傍に、もう一人いた。同じパーティーの仲間だろう、同年代の女性だ。俺が入ってきた瞬間に「っ」と声を詰めて、部屋の隅の壁に張り付いた。


 今日、何人目の壁張り付きだろうか。数えるのをやめた。


 「……治癒士だ。診る」


 「……頼む」


 怪我をした男が、かすれた声で言った。俺の顔を見て、怯えた。それでも「頼む」と言った。怪我人は判断が早い。それがありがたかった。


 俺は足の傷に両手を当てた。光を流した。


 深い傷だった。筋肉まで達している。表面を塞ぐだけでは不十分だ。内側から、層ごとに丁寧に修復していく。筋肉、脂肪、皮膚の順で。


 十分ほどかかった。


 「……終わった。二日は安静にしてくれ」


 男が足を確認した。動かした。「……痛みが、ない。完全に、ない……!」


 隅に張り付いていた女性が「ほ、本当に……?」と壁から少し剥がれた。


 「……診てみるか」


 「え……」


 「……傷があれば治す。怪我はしていないか」


 女性がしばらく俺を見た。それから「……腕に、少し」と言って、袖をめくった。浅い切り傷がある。


 俺が手を当てると、女性が「ひっ」と言いながらまた壁に張り付いた。


 「……痛いか」


 「ち、違います……! 近くに来たので……!」


 「……傷を治すには近づく必要がある」


 「わ、わかってます……っ。でも近いと……怖くて……ごめんなさい……!」


 「……謝らなくていい。目を閉じてくれ」


 女性が目をぎゅっと閉じた。壁に張り付いたまま、目だけ閉じた。


 俺が光を当てると、傷が塞がった。


 「……終わった」


 女性がそっと目を開けた。腕を確認した。「……治ってる……」


 「……ありがとうございます……!」


 女性が壁に張り付いたまま、深く頭を下げた。頭だけ壁から離れた。


 「……どういたしまして」


 壁に張り付いたまま礼を言われたのは、初めてだった。


◆ ◆ ◆


 部屋を出ると、廊下に三人がまだいた。


 壁に張り付いたままだった。


 「……待っていたのか」


 「は、はい……! お、終わりましたか……?」


 「……終わった。二人とも治した」


 「ほ、本当ですか……! よかった……!」


 三人の顔から緊張が抜けた。それでも壁から離れなかった。


 「……壁から離れていいぞ」


 「あ……そ、そうですね……」


 三人がゆっくりと壁から剥がれた。一人が「体が壁の形になってた」と小声で言った。


 「……ありがとうございました……!」


 三人が揃って頭を下げた。壁から離れた状態で、ちゃんと全身で頭を下げた。


 「……どういたしまして」


 「あ、あの……一つ、聞いていいですか」


 「……何か」


 「な、なんでそんな顔で……そんな優しく治せるんですか……」


 俺は少し考えた。


 「……顔と手は別だ」


 三人が黙った。しばらく俺を見た。


 それから、一人が「……なんか、かっこいいですね、それ」と言った。


 俺は何も言わなかった。かっこいいかどうかはわからない。ただ、事実だ。


 階段を下りて、宿屋を出た。


 入口の脇に、さっきの三人とは別の宿泊客がいた。俺が出てきた瞬間に、壁に張り付いた。


 「……おはよう」


 「おっ、おはようございます……っ」


 今日、何人目だろうか。


 やっぱり数えるのをやめた。


◆ ◆ ◆


 ギルドに戻って、ドンに報告した。


 「初依頼はどうだった」


 「……治した。二人とも」


 「問題は?」


 「……宿屋で七人が壁に張り付いた」


 ドンが「……それは依頼の問題ではないな」と言った。


 「……そうだ。道中も含めると、今日だけで十五人は壁に張り付いた」


 ドンがしばらく俺を見た。それから「……それは大変だったな」と言った。


 「……慣れている」


 「慣れるものか、それは」


 「……慣れた」


 ドンが「そうか」と言って、依頼完了の処理をした。報酬が手渡された。


 「一つ言っておく」ドンが書類を整理しながら言った。「お前さんの腕は本物だ。それはギルドにも広まる。顔のことは……まあ、ギルドの冒険者たちも慣れる。場数を踏んだ奴ほど早く慣れる」


 「……そうか」


 「最初は壁に張り付く。次は半歩引く。その次は普通に話せる。俺が見てきた冒険者はみんなそうだった」


 「……段階があるんですね」


 「ある。お前さんは今、みんなを壁張り付き段階から半歩引き段階に移行させている最中だ。焦るな」


 俺はドンの言葉を反芻した。


 (……壁張り付きから、半歩引きへ)


 治癒所でも、同じだった。最初は全員が逃げた。次第に、逃げる前に躊躇するようになった。その次は、怖がりながらも来るようになった。そして今は「慣れた」と言う常連が増えた。


 時間がかかるが、確かに変わる。


 「……わかった。焦らない」


 「よし。また依頼が来たら呼ぶ」


 ドンが奥に戻った。



 治癒所に帰ると、グランが「どうだった」と聞いた。


 「……治した。宿屋で七人が壁に張り付いた。道中で十五人が壁に張り付いた」


 グランが「……それは依頼の話か?」と言った。


 「……ドンさんも同じことを言った」


 「そうだろう。治癒の話をしろ」


 「……足の深傷を内部から修復した。二日の安静を言いつけた。仲間の浅傷も治した」


 「問題なくこなしたわけだ」


 「……そうだ」


 グランが「なら合格だ」と言って、ハーブ茶を持ってきた。


 夕方の治癒所は静かだった。患者が全員帰り、リエナも今日は早めに帰った。グランと二人で、ハーブ茶を飲んだ。


 「……グランさんは、昔、壁に張り付かれたことはありましたか」


 グランが少し考えた。


 「ない。儂の顔は怖くないから」


 「……そうですね」


 「ただ、昔、別の意味で避けられたことはある」


 「……別の意味?」


 「貧民街で働く治癒士だから、という意味でな。まともな治癒士だと思われなかった。腕があっても、場所で判断された」


 俺は黙って聞いた。


 「お前さんは顔で判断される。儂は場所で判断された。形は違うが、同じことだ」


 「……それでも、続けてきた」


 「続けてきた。儂はここにいる」


 その言葉を、俺は静かに受け取った。


 チャが来た。今日も扉の隙間から入ってきた。


 「……今日は十五人が壁に張り付いた」


 「にゃ」


 「……宿屋では七人が壁に張り付いた」


 「にゃ」


 「……一人は壁に張り付いたまま礼を言った」


 チャが「にゃ」と言って首を傾けた。


 「……俺も初めてだった」


 チャが俺の横に座った。ごろごろと鳴き始めた。


 壁に張り付かれる日常も、慣れれば日常だ。


 明日も治しに行く。

初依頼をこなしました。

道中で十五人が壁に張り付きました。宿屋で七人が壁に張り付きました。一人は壁に張り付いたまま礼を言いました。初めての経験でした。

ドンさんに「壁張り付きから、半歩引きへ。段階がある」と教わりました。

顔と手は別だ、と言ったら「かっこいい」と言われました。かっこいいかどうかはわかりません。事実です。

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