第16話 怖い顔の治癒士、ギルドに行く
明後日と言っていたが、リエナは翌日の朝に「やっぱり今日行こう」と言った。
「……またか」
「天気がいいから」
「……それは薬草採取の理由だ」
「気持ちが盛り上がってるうちに行った方がいい。熱が冷めると面倒になる」
「……お前の熱が冷める前に俺の都合を聞いてくれ」
「都合は?」
「……午前の患者を診てからなら行ける」
「じゃあ午後に行こう。それで決まり」
「……それで決まりと言うのはお前だけだ」
グランが「さっさと行ってこい」と言った。
また二対一だった。俺は諦めた。
◆ ◆ ◆
午前中に患者を七人診た。
最後の患者が帰り際に「先生、今日もありがとうございます」と言った。
「……先生ではない」
「でも先生って呼んでいいですか」
「……好きにしてくれ」
「ありがとうございます先生!」
この会話、今週だけで三回目だ。毎回同じ流れになる。そろそろ俺が「先生ではない」と言うのをやめるべきかもしれない。効果がない。
昼飯を食べて、グランに治癒所を任せて、俺とリエナはギルドへ向かった。
「カル、ギルドって行ったことある?」
「……ない」
「あたしもない。どんな場所なんだろう」
「……冒険者が集まる場所だと聞いた。依頼を受けて、ランクで管理されている」
「受付の人がいるんだよね。カルの顔を見てどんな反応するか楽しみ」
「……楽しみにするな」
「するな、と言われてもする」
「……なぜ」
「だってカルの顔を初めて見た人の反応、毎回違って面白いから。昨日の門番は剣を抜こうとしたし、一昨日の患者さんは想像の五倍怖かったって言ってたし」
「……記録していたのか」
「頭の中に。ランキングをつけてる」
「……やめてくれ」
「現在一位は、カルが『おはよう』と言っただけで箒を置いて走り去った掃除の少年」
「……それは俺も申し訳なかった」
「二位は、入口の段差で躓いて追加の怪我をした患者さん」
「……それも申し訳なかった」
「三位はまだ空席。今日のギルドの受付が入るかもしれない」
「……入らせるな」
リエナが「楽しみだなあ」と言いながら歩いた。俺は「……楽しみにするな」と言いながらついていった。
◆ ◆ ◆
冒険者ギルドは、王都の中でも賑やかな通りに面した大きな建物だった。
石造りの二階建て。入口の上に剣と盾を交差させた看板。中から人の声と、何かが叩かれる鈍い音が漏れてくる。
「大きいね」リエナが見上げながら言った。
「……そうだな」
「入ろう」
「……入る前に一つ頼みがある」
「何?」
「……受付の人が怖がっても、笑うな」
「笑わない」
「……本当か」
「笑わない。ただ記憶する」
「……記憶もするな」
「それは無理」
俺は諦めてリエナと一緒に扉を押した。
ギルドの中は広かった。正面に長いカウンター。左右に依頼書が貼られた掲示板。奥にテーブルと椅子が並んでいる。冒険者たちが思い思いに過ごしていた。
俺が入った瞬間、近くのテーブルにいた男三人組が「なんだ?」と振り返った。
俺の顔を見た。
三人が同時に椅子を後ろに引いた。椅子が床を引っ搔く音が重なった。一人がテーブルに手をついて支えた。
「……すまない。驚かせた」
「い、いや……こちらこそ……」
三人がゆっくりと着席し直した。目が泳いでいた。
後ろでリエナが「一位更新の可能性あり」と小声で言った。
「……言うな」
「言ってない。思っただけ」
「……聞こえている」
俺はカウンターに向かった。
◆ ◆ ◆
カウンターには二人の受付がいた。
左側は三十代の男性で、書類を整理していた。右側は二十代前半の女性で、別の冒険者の対応中だった。
男性の方が手が空いていた。俺はそちらへ向かった。
男性が顔を上げた。
俺の顔を見た。
手が止まった。書類が机の端から落ちた。男性はそれを拾わなかった。拾う動作をする前に固まっていた。
「……登録をしたい。治癒士だ」
「ち……っ……」
「……治癒士だ」
「ち、癒……士……さま……」
言葉が三回に分かれて出てきた。一回目が子音だけ、二回目が途中まで、三回目でようやく全部出た。
リエナが後ろで「新記録の予感」と小声で言った。
「……言うな」
「思っただけ」
「……聞こえている」
男性がなんとか体勢を立て直した。落ちた書類を拾った。深呼吸を一回した。それから、仕事の顔を作って口を開いた。
「……登録、でございますね。ありがとうございます。ただ、登録前に審査が必要でして……」
「……わかった。受ける」
「少々お待ちを……審査員を呼んで参ります……」
男性が後ろの扉に消えた。
カウンターの前で待っていると、右側の女性が隣の冒険者の対応を終えて、俺に気づいた。
「あ……あの、何かご用でし……」
目が合った。女性が言葉を止めた。
五秒ほど、無言だった。
「……登録の待ちをしている。審査員を呼んでもらった」
「……そ、そうですか……」
女性がそろそろとカウンターの内側に引っ込んだ。
リエナが「今の人は言葉が止まったね。言葉三分割の人と、言葉停止の人。どっちが上かな」と小声で言った。
「……ランキングをつけるな」
「難しいね。止まる方が衝撃は大きいけど、三分割の方が段階的で面白い」
「……面白がるな」
「でも面白い」
俺は何も言えなかった。
◆ ◆ ◆
審査員として出てきたのは、四十代の大柄な男だった。
頭に白いものが混じり、顔には古い傷跡がいくつかある。元冒険者だろう。俺を見た瞬間、一瞬だけ目を細めた。怯えではなく、値踏みする目だった。
「治癒士の審査を受けたいと聞いた。ギルドマスターのドンだ」
「……カルディン・ヴァルゼ。治癒士だ」
ドンが俺の体格と顔を一通り見た。怯えない。それだけで、この男が場数を踏んでいることがわかった。
「登録書類にはEランクとある。実際は?」
「……わからない。自己評価の基準を持っていない」
「正直だな」ドンが少し口角を上げた。「では実技を見せてもらう。ちょうど重傷の冒険者がいる。診てやってくれ」
「……わかった」
奥の部屋に通された。簡易的な診療スペースだ。ベッドに男が横たわっていた。三十代、体格のいい剣士だ。左の脇腹に深い裂傷がある。魔物の攻撃を受けたらしい。出血は止まっているが、傷が深い。
俺が入った瞬間、男が目を開けた。俺の顔を見た。
「……何だお前は」
「……治癒士だ。ギルドから来た」
「その顔で?」
「……この顔で治癒士だ」
男がしばらく俺を見た。それから「……頼む」と言った。
怪我人は話が早い。それがありがたかった。
俺は傷に両手を当てた。光を流した。
深い傷だった。皮膚だけでなく、内部の組織にも損傷がある。外から塞ぐのではなく、内側から丁寧に修復していく。層ごとに、順番に。筋肉、脂肪、皮膚の順で直していった。
五分ほどかかった。
「……終わった」
男が恐る恐る脇腹に手を当てた。傷跡は残っているが、開いていない。腹筋を動かした。「……痛みがない。完全に、ない」
ドンが横でじっと見ていた。
「内部から直した。普通の治癒士は表面しか塞がない」
「……そうしないと、後で内部が化膿する」
「それを知っていて、できる治癒士は、Eランクじゃない」
ドンが腕を組んだ。
「正式な審査には時間がかかるが、今日の段階では仮でCランクを出す。明日からギルドの依頼が受けられるようになる」
「……Cか」
「不満か?」
「……いや。妥当だと思う。自分の力の限界はまだわからない」
ドンが今度はしっかりと笑った。
「正直な奴だ。気に入った。それから……顔は、まあ……慣れる」
「……そう言ってくれる人間が増えてきた」
「そうか。それはいいことだ」
「……そうだと思う」
◆ ◆ ◆
登録が終わり、ギルドを出た。
リエナが「Cランク! すごいじゃない」と言った。
「……Eのはずが、Cだったというだけだ」
「充分すごい。グランじいさんに報告しよう」
「……そうする」
「あと、今日のランキングを更新した」
「……するなと言った」
「聞いてない。新一位は、言葉が三分割になった受付の人。二位は言葉が止まった受付の人。惜しかったのはテーブルの三人組で、椅子を引く音が三つ重なったところがよかった」
「……よくない」
「でもドンさんは全然怖がらなかった。あれはすごい」
「……場数を踏んだ人間は、顔で判断しない」
「カルみたいに?」
俺は少し考えた。
「……俺は自分の顔で判断された側だ。判断する側ではない」
「でも、カルは人を顔で判断しないじゃない。ドンさんは顔を見て怯えなかったから場数がある、ってすぐわかったんでしょ。それは顔以外で判断してる」
俺はリエナの言葉を少し考えた。
「……そうかもしれない」
「たぶんそう」
治癒所に戻ると、グランが「どうだった」と聞いた。
「Cランクが出た」と俺が答えた。
グランが「そうか」と静かに言った。それだけだったが、その「そうか」は、いつもの「そうか」より少し重かった。
「……これからギルドの依頼も受ける。ここの患者が最優先だが」
「わかっている。お前さんがそれを忘れる心配はしていない」
グランはそれだけ言って、棚の整理に戻った。
俺はその背中を少し見た。
信頼されている、ということは、言葉ではなく、こういう背中で伝わるものだと思った。
◆
夜、チャが来た。今日も扉の隙間から入ってきた。
「……また来たか」
「にゃ」
「……今日はギルドに行った。Cランクが出た」
「にゃ」
「……受付の人の言葉が三分割になった」
「にゃ」
「……リエナがランキングをつけていた。やめてほしい」
チャが「にゃ」と言って、俺の横に座った。
「……明日から依頼を受ける。様々な傷に向き合う。光を磨く。レンに届く日のために」
「にゃ」
チャの返事はいつも同じだが、不思議と会話になっている気がする。
目を閉じた。Cランクになった。ギルドに登録した。明日から依頼を受けられる。
一歩ずつ、積み重なっている。
石の床は今日もチャの温かさがあった。
明日も治しに行く
ギルドに行きました。
受付の人の言葉が三分割になりました。別の受付の人は言葉が止まりました。テーブルの三人は椅子を後ろに引く音が三つ重なりました。
リエナがランキングをつけていました。やめてほしいです。
Cランクが出ました。ドンさんは怯えませんでした。場数を踏んだ人間は顔で判断しない、というのが今日の発見です。
チャはまた扉の隙間から来ました。塞ぎません。




