第26話 仕切り直し
イーラがちょくちょく現れるようになってからしばらくして、オルデンから二度目の話し合いについての提言がなされた。
二人は顔を見合わせたが、やはり問題は根本解決していないのだと知ったシルヴィアは、シュラの判断に従い、再び中間の島を訪れることになった。
「いい加減諦めてくれりゃいいんだが。」
シュラは面倒くさそうにそう言った。自分がシルヴィアを諦めるという選択肢は毛頭ないため、そういう態度になるのだろう。
その日から三日間、議論は平行線を辿った。両者一歩も譲らず、お互いがシルヴィアは自分の国の民だと主張した。
「ああもう、面倒くせえ、いい加減諦めろやジジイ!」
ついにシュラが痺れを切らした。
一方ジジイと呼ばわれたオルデンも深いため息をついてシュラを嘲る。
「何も理解できぬ若僧が。勢いだけだな、嘆かわしい。そんな行き当たりばったりで将来的にその娘を守れるとも思えぬが。」
その一言にシュラは憤る。
「はあ?俺に女一人も守れない雑魚って言ったのか今?」
オルデンは否定しない。
「そう言ったつもりだったが、やはり何も理解できぬ馬鹿なのか?」
珍しくオルデンもシュラを煽る。互いにイライラしているようだ。
「ああ!?何なら今すぐやってやんぞ!表出ろ!!」
オルデンのペースに乗せられたシュラは怒りの限界が近いらしい。シュラ、落ち着いて、とシルヴィアが声をかけているが、耳に入っていないようだ。
「そうやってすぐ力にものを言わせようとするところが幼稚だと言っているのだ。そんなことではますますその娘をそちらに預けるわけにはいかぬな。」
現場の緊張感で、イーラは冷や汗を滲ませている。なぜなら、憤っているのはオルデンも同じだからだ。シルヴィアもハラハラと落ち着かない様子で、両者を観察している。
「表へ出ろ、か。いいだろう。この際決着をつけておくのも悪くない。」
その発言にびくりとしたのはイーラとシルヴィアだ。両者ともやる気だ。イーラはひとまず天幕の外に待機している両国の民に避難するよう呼びかけた。シルヴィアはどうしていいかわからず、とりあえずシュラについて天幕を出る。
「シュラ、ねえ。前に言ってたよね?ぶつかったらお互いただじゃ済まないって。何とか平和的に解決はできないかな?」
シルヴィアは懇願に近い形でシュラに食い下がった。
「そうだな。無事には済まんが、みすみすお前をあっちに渡すつもりはない。ちょっと捻ってくるから待ってろ。」
だめだ、完全に頭に血が上っている。シルヴィアはせめて少し競り合って、目を覚ましてくれることを祈るしかなかった。
島にいた他の者が退避したのを確認して、両者は拳を交える。
と言っても、オルデンは自身の魔力で生み出した無数の刃を操るという戦法なので、直に突っ込んでくるのはシュラのみなのだが。それでも、オルデンの刃とシュラの拳が交わる時、結構な衝撃波が発生する。シルヴィアはイーラの背に乗って上空から様子を見守ることしかできないでいた。
「くそ、相変わらず自分では突っ込んでこねーのかよ。臆病者め。」
その声をオルデンはしっかりと拾っている。
「真正面から突っ込むなど愚の骨頂。単細胞と一緒にするな。これは戦略というものだ。」
言葉でも両者は火花を散らし合いながら戦闘を続ける。
オルデンの戦法は基本的に、刃を操り、遠隔で削りながら様子見をするというものだ。相手の体力を奪い、疲弊したところにとどめを刺すのがいつものやり方だ。ただ、シュラのような体力オバケ相手には分が悪い。というのも、オルデンはその間魔力を消費しているからだ。
(削っても削ってもキリがない。適当なところで攻勢に出なければ負ける。)
オルデンはあくまでも冷静に対処していく。自分の魔力量と、相手の体力量、その加減を見誤った時、自分は負けると判断していた。
一方シュラは、立ってさえいれば、オルデンが負けを認めるまで凌ぎきればいいと思っていた。あとは自分の気力次第。体力は限界まで削られるだろう。その後、どこまで粘れるか、だと思っていた。
(一撃がめちゃくちゃに重たいわけじゃないが、それなりに魔力を込めた拳でないと弾けない厄介な加減で撃ってくるな。全力を出してこないあたりナメていやがる。こっちの限界を見極めるつもりか?俺には負けられない理由がある。限界なぞないと知れ!)
両者睨み合いが続く。その間も互いの攻撃が止むはずもなく、衝撃波が何度も島を襲った。
(まだ父上も黒龍王も本気は出していないみたいだな…。)
イーラは上空から分析を開始する。シルヴィアには伝えないが、結構な魔力を消費し続けるスタイルの父と、それなりの体力と魔力を消費している様子の黒龍王。勝負は今のところ五分だ。父の攻撃を凌ぎきっている黒龍王に感嘆する。
(父上もそれなりに上位の攻撃を撃っているように見えるけど、あれを弾き返すんだ…。すごいとしか言いようがない。それでこその黒龍王、ということなのか。)
普段のちゃらんぽらんな言動からは想像できない。とイーラは思った。というのも、普段イーラが見ているのは父オルデンの方が頻度が高いため、やや適当な言動が目立つシュラのことはそういうふうに見えてしまうのだ。厳格なオルデンとは比べ物にならないくらいシュラは適当に見えてしまう。そのくせ、演技してまで五十年を見据えるあたり、侮れない一面もあるように思う。
その後も両者の撃ち合いは続いた。しかし、勝負の時は一瞬だった。
オルデンが攻勢に出たのと同時に、シュラも攻勢に出る。オルデンの今までより上位に切り替えた攻撃を弾きながら、シュラはその隙を見つけて距離を詰める。懐に入り込まれたオルデンが少し表情を崩した。シュラはその拳に最大限の魔力を込めてオルデンめがけて打ち込む。
が、一歩及ばなかった。
オルデンが常に展開している三十二層もの障壁がシュラの拳を阻んだのだ。いつものシュラなら障壁を削り切ることができただろう。だが、ひたすら撃ち合いを繰り返し、そろそろ疲労の色が見えてきたところだったシュラの拳は、後わずか二層分削り切ることができなかった。
寸止め状態で止まってしまったシュラの拳を見計らったように、オルデンは不敵に笑み、シュラに最後の一撃を叩き込んだ。
「ぐはっ!」
ガードする魔力も残っていないシュラを、オルデンの攻撃が襲った。
シュラは派手に吹き飛び、地面に伏す。島ごと吹き飛んでしまいそうな衝撃波に、上空から見ていたイーラとシルヴィアもあわてて降り立つ。
「まだだ!触れるな!!」
シュラに駆け寄ろうとしたシルヴィアをオルデンが制す。
「まだ最後の言葉を聞いていない。どうだ、黒龍王、この勝負、負けを認めるか?」
オルデンが仰向けに倒れるシュラの喉元に刃を突きつけながら油断なく敗北宣言を求める。
「…俺の、負けだ。」
シュラは起き上がることができないほどのダメージを負っていた。シルヴィアは、オルデンに対して口を開けないながらも、シュラに寄り添い、懇願するように目を向けた。
「…今それに死なれても面倒が増える。癒すことを許可する。ただし、全快させるなよ。また向かってこられては敵わん。」
シルヴィアは癒しの力を解放すると、シュラを癒しにかかった。一方のオルデンは魔力こそ消耗したものの、ノーダメージだった。
(あの時障壁が削り切られていたら、負けていたのはこちらだったな。)
お互いギリギリの戦いだった。それはオルデンも認めるところだ。オルデンは、シュラと違ってタフな戦いはできない。つまり打たれ弱いのだ。しかもシュラの最大出力の一撃がもし届いていたら、それはすなわちクリティカルヒットである。
結果的に勝利したが、あの時攻勢に出ると決めたのは本当に紙一重のタイミングだったと思う。もう少し早くに痺れを切らしていたら、こちらが大ダメージを負っていたに違いない。
シュラが立てるまでに回復したころ、オルデンは勝利宣言と共に、シルヴィアを引き取る旨をシュラに告げた。
「負けは負けだ。ひとまずシルヴィアの処遇については口出しできなくなった。でももし、シルヴィアを冷遇したらその時は…。」
全面戦争だ、そう言いかけたシュラをオルデンは制す。
「言わずともわかっている。あまり喚くと見苦しいぞ。」
ちっと舌打ちをするシュラは項垂れているようで、シルヴィアも心苦しかった。
「私も慈悲のない王ではない。別れまで一週間やろう。この島で十分に思い出でも作ってくるがいい。イーラと私もその間ここに留まって待つことにする。逃げようなどとは思わぬことだ。いいな。」
オルデンは主にシルヴィアにそう言うと、吹き飛んだ天幕を見事に再建し、自分の天幕へ引っ込んだ。シルヴィアも泣く泣く自分たちの天幕を元に戻すと、シュラと今後について話し合うため天幕へと消えた。




