第27話 別れの時
それから一週間、シュラとシルヴィアは、二人で過ごした。海というものを楽しんだり、森で採れたものを料理して、シュラに振る舞ったり、元の家の様子も見に行った。アルヒとミナの墓を綺麗にし、二人に報告をしてからその地を後にした。家は劣化が激しかったので、入らずにそっとしておいた。
楽しい時間はあっという間だ。一週間という時間は刹那の瞬きにすぎない。
しかしその刹那の瞬きすら、オルデンという勝者による慈悲の産物なのだ。この先の別れを考えれば、それはありがたく享受するしか二人に道はなかった。
シルヴィアは悲しみを隠して楽しんでいるふりをした。もう会えないかもしれないから。せめて今ここでのシュラを目に焼き付けておきたかった。
シュラはシルヴィアの事を諦めたわけではない。しかししばらくは会えないと覚悟して、その一週間を目一杯シルヴィアを楽しませるために過ごした。ケーキがないのが残念だった。シルヴィアはいつも、ケーキを幸せそうに食べるから。あの笑顔が見られなくなるのはシュラも惜しかった。だが、負けたのは事実だ。あの時、もっと自分に魔力と体力の余剰があれば。今悔やんでも仕方のないことだ。いずれまたオルデンを敗る日が来るまでは、シルヴィアのことはあちらに任せるしかないのだ。
今のシュラの懸念は、今度こそイーラに持っていかれかねないということだ。シュラがシルヴィアを諦めなくても、シルヴィアがイーラに靡いてしまったら意味がない。あちらへ引き渡す際にティアラの回収を求められるのだろうが、シュラとしてはそのまま持って行って欲しかった。なぜなら、それがシルヴィアの頭上から落ちない限りはシュラはシルヴィアの様子を知ることができるからだ。もちろんそれを許すオルデンではないと思う。オルデンはティアラの秘密に気づいているようだから。
オルデンとイーラは考えていた。シルヴィアの処遇を。イーラはもちろん、将来は結ばれたいと思っていることに変わりはないのだが、何せ説得するのが堅物で有名なオルデンだ。到底正妃に迎えられるとは考えられない。かといって、イーラは側妃を置くつもりはなかった。どうやったら認めてもらえるのか。それは難題だった。
オルデンは悩んでいた。イーラの幸せを考える時、シルヴィアの存在は必要不可欠になってしまっている。元々入れ込んでいるのは知っていたし、釘も刺したが、結局イーラの心は変わらなかった。さっさとどこかの令嬢と縁談を決めておけば良かったのだろうか。かといって、イーラがシルヴィアに対する更なる温情、即ち結婚を求めてきたら、自分は許せるかと言われれば、半人の子など認められるはずもなかった。それは、シルヴィアがいくら成果を上げて、国に受け入れられても、ひっくり返せないものだ。連綿と受け継がれてきた血に混ぜ物をするということは、祖先に顔向けができない。そこで考えられるのは、正妃を別に迎え、側妃にならということになるが、イーラがそれを容認するとは思えないのだ。最悪、イーラはアルヒと同じ道を辿るのではないか。それは避けたかった。オルデンは思慮深いと評判の賢王であるにも関わらず、今すぐの問題ではないためその問題は傍に置いてしまった。
やがて一週間が過ぎた。
「約束の時だ、別れの挨拶をするがいい。」
その日、オルデンは日の出と共にシルヴィアを迎えにきた。それに従うイーラはまだ眠そうである。
「はっ、ジジイは朝が早くていけねえ。もうちょいゆっくりしてきてもいいんだぞ。」
シュラは相変わらず減らず口を叩いているが、強がっている面が大きかった。
「黙れ、負けた身でよくそこまで言えるな。面の皮が厚すぎるのではないか?」
オルデンは半ば呆れながらシュラのペースにならないように場を制圧する。
「貴様も王なら、品格と風格を身につけた方が良いぞ、拳の修行をしている傍らやってみる事をお勧めするが。」
シュラからはうるせえ、余計なお世話だ!と返ってきたが、支度を済ませたシルヴィアがやってくるのに合わせてそれどころではなくなった。
「シュラ、本当にありがとう。じゃ、私、行かなくちゃ。」
そう言ったシルヴィアの目は腫れていた。
別れが惜しくなるから、挨拶もそこそこにシルヴィアが立ち去ろうとしたその時だった。
「えー。なんだ、自然消滅してんじゃん。それならアタシもただ待ってれば良かったのかな?骨折り損ってやつ?」
そこにいたのはヴィクトリアだった。シュラに緊張感が走る。
「ヴィクトリア、なぜお前がここにいる?」
イーラもシルヴィアから話は聞いていたので、少し身構えた。
「やだなー、シュラ様の嫁になるために帰ってきたに決まってるじゃないですかあ。」
成長したヴィクトリアは、少し甘ったるい口調でシュラに甘えてみせる。
「よく言うぜ。俺を殺しかけたくせに。」
シュラは時間稼ぎをする。その間にシルヴィアを連れてオルデン達が去ってくれれば後は自分一人の責任でなんとかなる。そう思った。
「あれは本当に手違いですって。アタシが殺したいのは後にも先にもシルヴィア、あんただけだよ⭐︎」
シュラの背に匿われたシルヴィアがびくりとする。イーラは一層深く身構えた。そこでオルデンは一つの疑問を口にする。
「そこの黒龍の娘。そなた何か持っているな?とてつもないエネルギーを感じるぞ。」
ヴィクトリアは少し驚いた様子を見せたが、オルデンの質問をはぐらかすようにシルヴィア達へ近づいてくる。シュラを通り越し、オルデンの前まで来ると、
「えー、分かっちゃった?見たいの?コレ。でもね、手遅れ。」
そう言うとヴィクトリアは渾身の力で地面を抉った。
「あは。アタシも強くなったでしょお?シュラ様。今度こそ嫁にどうです??」
ヴィクトリアは何かに酔っているような口調で続ける。
「今日の仕事はこれだけ。ここにコレを埋め込んだら帰っていいって言われてるからああ。とっとと埋めちゃうね!でもシュラ様に会えたのは収穫かも?」
そう言うとヴィクトリアは輝く玉を取り出した。それにはオルデンさえ驚いた。
「それは竜玉!どうする気だ。何を考えている?黒龍王、早くその娘を止めろ!」
オルデンがここまで慌てるのも仕方がなかった。なぜならヴィクトリアが抉ったその大地は
「くっ、ここが龍脈の根幹と知っていただと?ただの黒龍の娘が?ありえん!」
ただならぬオルデンの様子に、シュラはヴィクトリアが何をする気なのかわからないまま、止めようと腕を引く。
「シュラ様、アタシに触れてくれるのは嬉しいけど後でね!これをやらないとシュラ様の心は一生手に入らないって言われてるんだから!!」
ヴィクトリアはシュラの制止を振り切り、竜玉ごともう一度大地を抉った。
すると激烈な反応が大地を揺るがした。それは尋常な揺れではなく、中間の島は砕け散ろうかと言う勢いで、中間の島はおろか、黒龍の国も白龍の国も、大地震に見舞われた。それだけではない。沿岸という沿岸で津波が起こり、火山は大噴火した。両国とも甚大な被害を出し、世界が滅ぶのかという勢いだった。
「あっははは。これでシュラ様はアタシのものだね!」
そう言ってヴィクトリアが大地を抉った腕を引き抜こうとしたその時だった。
「?」
抜けない。何かが引っ掛かっているわけでもないのに。
「黒龍王、離れろ、その娘は手遅れだ!」
ヴィクトリアを挟んで反対側から、シルヴィアを連れたイーラとオルデンが様子を見守っている。オルデンはしきりに警告を発していた。
オルデンがここまで慌てふためくのを見たことがないシュラは、おとなしく指示に従いヴィクトリアから離れて様子を観察する。
すると、懸命に腕を引き抜こうとするヴィクトリアの腕を、何者かの腕が地中から掴んでいるのだ。
「何これ、アタシはこんなの聞いてない!」
その溶岩のような腕はやがて、ヴィクトリアの開けた大穴から全身を現すと、ヴィクトリアを丸呑みにした。
「全員離れろ!あれはもはやただの黒龍の娘ではない!竜玉を使って復活を試みる邪龍と考えるのが最も納得がいく、心してかかれ!イーラ、お前はシルヴィアを連れて一刻も早くここを離れろ!!」
オルデンは慌てていると言っても、状況を的確に判断し、指示を出していく。それは長年王として培ってきたスキルがそうさせるのだ。
「そうはいきませんよ、オルデン王?」
不穏な声がして振り返ると、シルヴィアとイーラは既に何者かに拘束されている。
「その黒衣…!」
くそ、こんな時に。オルデンは心の中でそう吐き捨てた。ただでさえ今目の前で起こっていることがかなりのトラブルなのに、また別のトラブル。いや、待てよ?
「お前か、あの黒龍の娘を焚き付けたのは?」
ひひひ、と黒衣の者は嗤ってみせる。
それはオルデンの予感だった。こやつならば、あの場所が龍脈の根幹の場所ということを知っていてもおかしくないからだ。その予感は的中していくことになる。




