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第24話 イーラ再び

 オルデンとの一回目の話し合いが終わり、しばらくが経った。シュラとは相変わらず、鍛錬とケーキの日々だった。しかしシルヴィアは白龍の国にいる間に黒龍の国での鍛錬を欠かさなかったように、暇を見つけては、白龍の国でイーラから習ったことを復習していた。読書も魔力を使って効率的に行なっていた。ただ、イーラが見つけてくれた、父アルヒの日記は、魔力を使わずに、一ページ一ページを大切に読んだ。父の想い、そしてそんな時母だったらどんな反応だっただろうと、そのページから読み取れる母の人となりに想いを馳せ、想像しながら読んでいく。そしてその度に思った。

(私さえいなければ、と思ったこともたくさんあったけど、私はこの二人に望まれて生まれてきたんだ…。もっと堂々と生きなければ。)

 と。あの暴走の中で父アルヒが言った言葉の重みを今更ながらに受け取った気がした。

 これからどんな結果になろうとも、シルヴィアはそれを受け入れて生きていくことを決意した。しかし、そこにシルヴィアの意思がないわけではない。どうしたら白龍の民に納得してもらいながら、シュラの側にいられるのかを毎日一生懸命考えた。黒龍の国で研究を重ね、それを白龍の国に還元する、ということも考えた。しかし、気候風土が違いすぎて、この場所から白龍の国と同様の研究ができるかと言われれば疑問だった。

 しかし白龍の国へ戻ってしまえば、他の女性と幸せになっていくイーラを尻目に、自分はシュラと引き離され、誰とも結ばれることなくいろんなものをすり減らしていくだけなのではないか。それはシルヴィアにとっても望むところではなかった。

 どう考えても、みんなが幸せになれる結末が想起できなかった。堂々巡りを繰り返すシルヴィアは、生きることを諦めたわけではないものの、闇に囚われかけていた。

 シュラに相談したところで、シュラはあっけらかんとして、

「全員ハッピーなんて無理だろ。自分の幸せを考えろ。突っかかってくるやつは蹴散らせ。」

 と言うのみだった。

 シルヴィアはシュラほど割り切れる性格ではなかった。シュラはやはり黒龍の流儀に則って生きているから、そう言う結論になるのだろう。ある意味さっぱりしていてわかりやすいが、シルヴィアの複雑な事情に対してはさっぱりしすぎていて、ちょっと違う気がした。シルヴィアは、結局のところ誰も傷ついてほしくないと考えていた。それは甘い夢物語かもしれないが、極力傷つけない努力はできるはずだ。どうするのがベストなのか。ずっと考えていた。

 いつものように鍛錬を終えると、見計らったようにイーラが現れた。

「お邪魔するよ。シルヴィアの様子を見にきた。」

 それはオルデンの命でもあるらしく、唯一黒龍王の居城であるここへ出入りできる白龍の人材としてイーラは重宝されているようだ。

「邪魔だと思ってるんなら帰るんだな。ここからがいいとこだってのに。」

 シュラは意地悪く、唇の端を吊り上げると、シルヴィアを抱き寄せる。

(くっ、こいつ。またもや目に見えて嫌がらせを…!)

 しかし、いつまでもシュラの挑発に乗るイーラではない。

「元気そうでよかった。でも、少し話そうか?」

 相変わらずイーラはシルヴィアの様子から心を察するのが上手かった。

 シルヴィアはイーラに、自分がどうすれば、極力多くの人を傷つけずに済むのか悩んでいること、ただ自分はここを離れたくないと思っていること、シュラに相談したら先のような返答が返ってきたことなどを話した。

「いや、黒龍王の返答はさすがというかなんというか…。あの人はそれで成り立っているんだと思うよ。でも、シルヴィアの気持ちはそれじゃ納得できないってことだよね?」

 そうなの、とシルヴィアは俯いた。

「すべての人に幸せになってもらいたいという気持ちは、シルヴィアの優しさなんだと思う。でも、それは傲慢なんじゃないかな。世界中の誰もを幸せにできる方法があるのなら、他の人もきっとやっているよ。シルヴィアが一番望むことを通すしかない。それは黒龍王も言っていたよね?」

 イーラならわかってくれると思っていたシルヴィアは、傲慢だと言われて少しショックを受けた。でも、イーラが言っていることは正論なのだ。そしてシュラの言ったこともそうだ。蹴散らせ、は言い過ぎだが。

「例えば、それが茨の道であっても…?」

 そう、シュラと共に生きるということは、シルヴィアにとっては幸せであると同時に茨の道でもある。なぜなら、白龍の民に裏切ったと思われながら過ごすことになるからだ。ようやく認めてもらえた白龍の民から敵意を向けられることは、シルヴィアにとって辛いことだ。

「シルヴィアが決めた道なら、茨の道であっても突き進むしかないんだよ。その選択を責めることは、僕にはできない。誰にもね。」

 イーラはいつになく真剣に、そして厳しくシルヴィアにそう助言した。

「僕だってそうだよ。シルヴィアを預かっていた五十年間、どうやったら父上の許しが得られるかと、試行錯誤の毎日だった。シルヴィアを置いてもらうっていうことだけじゃなく、その先の温情を求める為にね。」

 イーラは少し悲しみを帯びた目でそう語った。もう必要無くなったけどね、と言わんばかりに。

 シルヴィアとて、その先の温情、というものが何を指しているのかわからないほど鈍くはなかった。イーラは真剣にシルヴィアを想ってくれていたのだと、申し訳なくなった。

 しかしここで謝ることはしない。イーラもそれは望んでいないだろうから。お互い惨めになるだけだと、イーラでさえ怒り出すかもしれない。

 イーラは丁寧に話を聞いてくれるし、なんでも相談してしまう。シュラはそれが面白くないようだが、シュラの結論はいつも蹴散らせ、なので仕方がないと思う。

 シュラは話し込む二人に代わって、今日はケーキの買い出しを自分が行くことにした。

(なんだって、鍛錬が終わった頃を見計らってくるのかねえ。せっかくゆっくりシルヴィアと愛を深める時間が台無しじゃねーか。)

 そう思ってシュラは顔を顰める。ここへやってくるあたり、イーラもシルヴィアのことを諦めたわけじゃなさそうだ。ライバルは少ない方がいい。どうにかして潰しておきたいところだが、シルヴィアが懐いているところを見ると、無下にするとシルヴィアの好感度が下がる危険性がある。

 大した距離ではない、ケーキ屋までの道のりが、今日はやけに長く感じられた。

 店に入ると、いつもの通りに店主が出迎える。

「おや、今日はシュラ様がお選びになるのですね。何か思い悩まれているご様子。そんな時は私めの特製のコーヒーゼリーを差し上げましょう。」

 余計なところに気が付くなあ、と思いつつも、以前食べて美味しかった記憶があるので、そのコーヒーゼリーは受け取っておく。

「なぜこの俺が思い悩んでいると思った?」

 シュラの問いかけに、店主はびっくりした顔をして、

「まさか、自覚されていないのですか?シュラ様は他のどんなことにもあっけらかんとしておられるのに、シルヴィア様のことになると、ケーキを選ぶ時すら渋い顔をしておられる。ましてや今日はそんな顰めっ面で来られては。さては白龍の王子でも来ておりますかな?」

 シュラはそんなにひどい顔をしているのかと己の顔を確認する。そしてこの店主、千里眼でも持っているのか?と首を捻った。

「長年客商売をしておりますとね。その方の様子を見れば大体の事情は察せるようになるものですよ。はっはっは。」

 …心を読む機能までついているらしい。

 ケーキ屋を出ようとした時だった。

 シャラリ

 といういつもの音がした。

「シュラ、ここにいたの。よかった…。」

 シルヴィアは一通り話が終わり、気づいたらケーキを買いに行く時間だったので、シュラにそれを告げようとしたところ、シュラがいないことに気づいたため、慌てて城下へ出てきたらしい。後ろにはイーラを伴っている。

 そんなもの珍しいイーラに向かいの酒場から出てきた一行が絡んだ。

「おい、見ろ、白龍の奴が堂々と街を歩いてやるぞ、やっちまえ!」

 明らかな雑魚集団で、イーラは眉を顰めて魔力を発揮しようとした。が。

「この方は私の知り合いです、何か文句があるなら私が相手になるわ!」

 とシルヴィアが宣言したところ、

「ヒエエ。よく見たらシルヴィア様にシュラ様もいらっしゃる。えらいことだ。申し訳ありませんでしたああああ!!!!」

 と、そそくさと帰っていった。

 イーラはその光景に呆気に取られた。女の子に相手になると言われて襲いかかりもせずに退散していくとは。シルヴィアはこの界隈でどれだけの猛者になっているのだろう。シュラがいるからビビる、というのならわかるのだが、明らかにシルヴィアの宣言にビビっていた。

 シュラは、シルヴィアの成長を実感するとともに、イーラを伴ってきた時に感じた不安を、シルヴィアの頭上に燦然と輝くティアラが落ちる気配のないことを確認して、笑んだ。

(この俺としたことが、一瞬でもシルヴィアの気持ちを疑ったとは、恥だな。)

 その後、城に帰り着くと、いつものようにケーキタイムを過ごした。

 イーラはこの日から、ちょこちょことシルヴィアの様子を見にきたと言っては姿を現すようになる。その清潔感あふれる見た目や、紳士的な態度から、黒龍女子の中にもファンが現れるようになった。イーラはそんなことは意に介さなかったが。

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