第23話 話し合い
オルデンにイーラ。そしてシュラとシルヴィア。
それぞれが席に着く。一番に口を開いたのは、オルデンだ。
「用件はわかっているだろう、黒龍王。城から拉致したその娘を返してもらおうか?」
シュラはそれを聞いて、はっ、と短く笑い、
「拉致とは人聞きの悪い。シルヴィアの同意がなければ俺だって引いたさ。あんたのプライドが許さないのか知らないが、シルヴィアの気持ちを一番に考えればそんなことは言えないはずだが?」
そんなやり取りが続く。イーラとシルヴィアに割って入る余地はなく、オルデンとシュラの議論は平行線を辿っている。
「その娘は白龍の民だ、そちらに引き取ってもらう道理はない。」
と、オルデンが発すると、
「何言ってる。元々俺が保護していたのだから、シルヴィアは黒龍の民と考えるべきだろう。」
とシュラは返す。
「保護が聞いて呆れるな。裏切ったと聞いたが?」
オルデンは攻勢を緩めない。
「あれは演技だからノーカンだ。」
シュラも一歩も譲らない。
両者が言葉の火花を散らす中、やれやれといった様子でシルヴィアを連れ出したのはイーラだ。
「息が詰まるだろ。外の空気でも吸ってこよう。」
そう言うとイーラはシルヴィアを外へ出るよう促す。
「正直に聞こう。シルヴィアはどうしたい?」
外へ出ると、広い空の下、イーラは真正面から質問をシルヴィアにぶつけた。
「私、私は…。」
言い淀むシルヴィアの返答をイーラはじっと待つ。
「言いたくないなら、無理に言わなくてもいい。でも、シルヴィアの心は決まっているんじゃないか?」
言わなくてもいい、と言ったのは、イーラにはシルヴィアがどちらを選びたいのか聞かなくてもわかっているからだ。
「ううん、言わないのは、無責任だと思う。イーラ達には申し訳ないけど、私は、シュラと一緒にいたい。でも、それがイーラ達に対する裏切りだと思われるとしたら、悲しい。そんなつもりじゃなかったけど、でもそう思われるのなら、そういうこと、なのかな。私は私なりに、私のことで精一杯だったから、周りにどう思われても関係ないと思って過ごしたことが悪かったのかもしれない。でも、白龍の国のみんなを裏切りたかったわけじゃない。」
ぽつりぽつりと、シルヴィアはイーラに話す。白龍の国で過ごした日々を思い出しながら。
シルヴィアはあの頃絶望の淵にいた。シュラというこれ以上ない信頼していた人物に裏切られ、失意のどん底だった。でも、なぜ裏切られたのか心当たりがなかった。もしかして、何かの手違いなのでは。そんな思いも過ぎった。シュラの事を忘れられたわけじゃなかった。心のどこかで淡い期待をしていたのも事実だ。でもそれは現実になるわけがないという諦めが大きかった。なのに。シュラは現れたのだ。そして迎えに来たと言った。それに心が揺らがない程シルヴィアは大人になりきれてはいなかった。それに応えてしまったら、白龍の民からどんな目を向けられるか、その時は考えられない程に嬉しかった。でも今、オルデンがその事実をシルヴィアに突きつけているのだ。
『今度はシルヴィアが白龍の民を裏切ったのだ』
という白龍の民の心をオルデンは代弁しているに過ぎない。それ以上の感情はオルデンにはないはずだ。しかしオルデンも残酷だ。白龍の国に戻ったところで、シルヴィアは好意を向けてくれるイーラの想いに応えることもできず、ただ研究で成果をあげて白龍の民に利益を還元するしか道はないのだから。
所詮『癒しの姫』も人の子でした、と言ってしまえたらどれだけ楽だろう。しかしオルデンをはじめ、白龍の国の民の感情はそうはいかないのだろう。
半人の子に生まれ、白龍の血を引きながら黒龍の王を愛することは、それほどに罪深いのだろうか。
シルヴィアは思う。
(ああ、まただ。また私さえいなければ…。)
そもそも白龍の国と黒龍の国が今揉めることはなかった。そもそも自分がいなければ、父も害されることはなかったし、母ミナの死さえなかった。母は今頃、生きていればヨボヨボのおばあちゃんかもしれないが、父であるアルヒがそんなことを理由に母を愛することをやめるとは思えなかった。
「…ヴィア。シルヴィア?よくないことを考えていないかい?」
イーラは人の心の機微に敏感な方だ。とシルヴィアは思う。イーラはいつも、シルヴィアが何を考えているのかお見通しだから、ずっと自分に何かを求めたりはしなかったのだとシルヴィアは勝手に思っている。
「シルヴィアに、これを渡そうと思っていたんだ。」
そう言って、イーラは唐突に一冊の本を差し出した。
「ずいぶん前に見つけたんだけど、いつ渡すのが正解かわからなくて。でもきっと今のシルヴィアに必要なものだよ。」
そう言われて、シルヴィアはその本の表紙に目を落とす。そこには『愛しのミナへ、シルヴィアの成長日記』と書かれていた。
それはアルヒが毎日つけていたらしい日記だった。その日起きたことや、シルヴィアの様子、そして母ミナへの想いが綴られていた。
初めは不安やミナへの想いが多かったその日記は、次第にシルヴィアの様子が多くなり、その日の天気などに合わせて、ミナへの手紙のような追伸が添えられるようになっていった。
ー今日はシルヴィアの誕生日。毎年不格好なケーキを作ってきたけれど、毎年シルヴィアは喜んで食べてくれる。父として最高に幸せな瞬間だ。シルヴィアという最高の娘を産んでくれたミナは最高の母親だ。今年のケーキは例年よりうまくできた気がする。
・追伸 ミナへ。君と過ごせないシルヴィアの誕生日が少しだけ悲しい。けど、君も一緒に見守ってくれていると信じている。君と過ごせない毎日を不幸だと思ったことは一日たりともない。だってシルヴィアという君が生きた証がそこにいてくれるのだから。
アルヒの綴る毎日は、シルヴィアという愛娘のワンシーンが丁寧に切り取られていて、愛情の深さが窺えた。それを毎日静かに眠るミナに伝えるかのような内容は、シルヴィアでなくとも涙しただろう。
イーラは日記を読みながら静かに涙を流すシルヴィアを見て、こう語りかけた。
「君はこんなにもいろんな人に必要とされる存在に成長したんだよ、シルヴィア。アルヒ叔父さんも、きっと今の君を誇りに思ってる。だから胸を張って。生きることを諦めちゃダメだ。叔父さんがそうだったように、シルヴィアも踏ん張って生きなきゃ。じゃないと、また叔父さんに追い返されちゃうからね。」
在りし日に、魔力を暴走させてしまった時のことも、イーラには話していた。そんなことまで覚えていたのか、とシルヴィアは驚いたが、イーラの言うことは最もだった。
「必要とされてる…。」
シルヴィアはぽつりと呟いた。
そうだよ、とイーラは頷いて、
「黒龍王然り、僕もそうだね。あとは父上だって、あんなに頑なだったのに、君を国民として認めた。民も君を癒しの姫と慕っていたし、君はどこへ行っても今や必要な存在なんだよ。」
自分が?シルヴィアは今まで深く考えていなかった。自分はどこへ行っても邪魔者なんだと思っていたからだ。
「シルヴィアは自分が思っている以上に周りに影響を与えているんだよ、今一度それを認識したほうがいい。」
イーラがそう告げる頃、話し合いは頓挫したらしい。
シュラがやってきて、
「なんだ、シルヴィアを泣かせるとはいい度胸だ。覚悟はしてあるんだろうな?」
とイーラに食ってかかる。
「シュラ、これは違うの、お父様の愛に泣いているの。」
シルヴィアがすかさず止めに入る。
「そうなのか?なんだその本は。かなり魔力がこもっているな。」
アルヒの日記を見て、シュラは興味を示す。
「これがお父様の愛、なの。イーラが見つけてくれなかったら、きっと処分されていたものなのよ。」
そう言ってシルヴィアは笑む。その反応を見て内心ドヤ顔をしたのは、言うまでもなくイーラだ。
「とりあえず、話し合いとやらは今回は解散だ。オルデンのやつ、まだ諦めきれんらしいが、シルヴィアは今日は俺と撤退するぞ。ここへはまた来ることになるだろう。積もる話があるならその時にしてもらえ。」
シルヴィアは頷くと、イーラに礼を言った。
「ありがとう、イーラ。お父様の想いを見つけてきてくれて。私まだ頑張れる。きっともっと良い報告がお父様にできるようになるわ。」
イーラはそれを聞くと、満足げに頷いた。
何かを言おうとしたその時、後ろからオルデンの低音が響いた。
「イーラ、帰るぞ。話の通じぬやつを相手にするだけ時間の無駄だった。」
オルデンは忌々しげにシュラを睨みつけると、イーラを伴って去って行った。
「なーにが時間の無駄だ。それならとっとと諦めろっつーの。」
シュラはそれだけ吐き捨てると、シルヴィアを背に乗せ、黒龍の国へと飛び立った。




