第22話 中間の島へ
シルヴィアは中間の島へ向かっていた。シュラの背に乗って。
「オルデンのことだ。勝手な言い分だが、反故にしたら攻め込んでくるだろう。それも面倒だ。とっとと話をつけて帰ってくるか。」
というのがシュラの結論だった。シルヴィアも自分が発端で戦争になるのは嫌だった。
久しぶりの帰郷に、シルヴィアは緊張していた。あの島で起きた出来事は、今でもシルヴィアのトラウマだ。シュラもそれを感じ取っていたのだろう。出発前に、
「大丈夫だ、俺もついてる。」
と、シルヴィアに一人ではないことを告げていた。それでもシルヴィアは言い知れぬ不安と戦っていた。
(シルヴィアが不安そうだな。何か良い知らせがあれば良いのだが。)
背に乗るシルヴィアを気遣いつつも、シュラは目的地を変えることはしない。そしてその先に待ち構えるのは、オルデンを始めとする白龍の民たちだ。不安になるのは仕方がない。
島に降り立つと、早速イーラが出迎えてくれた。
「やあ、よく来たね、シルヴィア。あくまでも話し合いだから、そんなに緊張することはないよ。」
イーラもシルヴィアの緊張を読み取ったのだろう。安心させようとそう言った。
(お互いが冷静でいられれば、の話だけどね。)
イーラは心の中でそう付け加えたが、シルヴィアには伝えなかった。いらぬ不安を与えるのは得策ではない。思うに、シュラがオルデンを下手に刺激しなければ、平和に終わるとそう思っていた。イーラに対してもそうだが、どうもシュラはオルデンを煽っているとしか思えない言動が目立つ。平素はそんなもの意に介さないオルデンなのだが、なぜかこの問題に対しては冷静でいられない様子だった。
察するに、オルデンも気持ちの整理がつきかねているのかもしれない。シルヴィアという存在が認められずに、弟アルヒを手にかけてしまった。しかし今、そのシルヴィアを認めてしまったが故にシュラに引き渡せずにいるのだから。
しばらく森を歩き、開けた場所へとたどり着く。そこには既に白龍の民が陣営を展開しており、手前に両者が出入りできるよう配慮された会議室ならぬ会議テントが設営されていた。
「大歓迎だな、シルヴィア。本当に何をしでかしたんだ?」
シュラは首を捻りながらその荘厳な出立ちのテントを見つめていた。
シュラも今回ばかりは単騎行動とはいかない。連れてきた黒龍の民に陣営を設営させる。なぜならすぐに話し合いが終わるとは思えなかったからだ。これは拗れるぞ、とシュラは思っていた。オルデンが文句を言いに、イーラを寄越した時点でもう面倒ごとの匂いしかしない。かといって、はいそうですか、とシルヴィアを渡すことはできない。シルヴィアは俺のものだ。というシュラの気持ちが勝った。シルヴィアにその気持ちがなかったのならそれは仕方がなかっただろうが、あんな反応を見せられては、連れ帰って大切にするしかなかった。シルヴィアは最大限オルデンに配慮し、肌を隠すためにマントを羽織って国を出た。しかしその頭上のティアラは今日も燦然と輝いていた。
オルデンは、長く生きているだけあって、また、白龍の国の長として、黒龍の国の文化や逸話など、様々に知識をつけた。だからこそ知ってしまったのだ。あの時、シュラが何を確かめたのか。そしてシルヴィアはどう思っていたのかを。五十年間、ただ見守ってきた。何も問題を起こさないどころか、白龍の国に利益をもたらしはじめ、いつしか民に慕われるようにさえなっていくシルヴィアを。慎ましく、そして飾らない性格は白龍の国の民として十分相応しかった。もちろん同情もあった。庇護を約束したはずの黒龍王がイーラの目の前でシルヴィアを刺し貫いたと聞いた。裏切られ、身も心もボロボロになったシルヴィアを保護できない程冷徹にはなれなかった。イーラの一言も痛かった。
『シルヴィアの行く宛を奪ったのは誰なのか。』
と。行く宛、すなわちアルヒを害したのは紛れもなく自分だった。だからこそ決めたのだ、保護することを。
アルヒの忘れ形見と思い、問題を起こさない限りは見守ってやろうと温情をかけた。
なのに、なぜあの粗暴な黒龍王などに思いを寄せ続けていたのかと、それを知った時驚いた。自分が引退する頃には、イーラがシルヴィアについて更なる温情を求めてきても、許せるようになっているだろうか、と思わされる程にシルヴィアの働きは素晴らしかった。
慎ましくしながら、その内では黒龍王に懸想していたなどと、白龍の民に対する裏切りではないのか。いや、それとも忘れようとはしていたのだろうか。だが、結果は同じだ。
(白龍の国に戻って来るというのなら、それでよし。そうでないなら…。)
何らかの制裁を加えようとオルデンは思っていた。しかしそんなくだらないことで全面戦争となると、両国の恥だ。とりあえずシルヴィアがこのまま黒龍の国で幸せになりました、というのは白龍の国民が納得できないだろうと思う。そこに違和感を覚えるのは自分だけではないはずだ。
もっとはっきり言うのなら、イーラの気持ちはどこへ行けば良いのか。自分が裏切られたと思うだけならまだしも、息子までも不幸にされては、王として、そして父としても許し難い。
もっとも、シルヴィアの血統に問題がある以上、正式に認めて良いかという疑問はある。しかしイーラの気持ちは本物だ。それを踏み躙ったことは許されるべきではない。
あれこれと考えているうち、時間が経ってしまっていたらしい。そっと外を見れば、黒龍の民が到着しており、天幕の設営もかなり進んでいた。指揮を取るシュラを恨めしい感情と共に見遣る。正直なところ、全てをめちゃくちゃにしたのはいつだってシュラなのだ。あやつさえしゃしゃり出てこなければ。もしシュラがいなかったら、今頃シルヴィアはいなかったが、オルデンは平和に過ごしていただろう。イーラが変に思い悩むこともなく、別の誰かに思いを寄せていたかもしれない。
あやつを消せば万事解決なのでは?
そう思ったこともある。だが、シュラは消そうと思って消せる相手ではなかった。
それほどに強いのである。消せないことはないが、オルデン自身も無事では済まないことを覚悟しなければならないため、下手に手出しはできない。それが厄介だった。
そもそも、ここ最近白龍の国と黒龍の国が戦争もせず、互いに干渉せず、無事に毎日が過ぎているのはこの二人のパワーバランスあってのことだ。
どちらか一方が弱体化すれば、元々犬猿の仲の両国が些細なことで火花を散らしはじめ、戦争になるのは目に見えている。今現在が奇跡的なバランスを保っているに過ぎない。
オルデンは思考の海に沈んでいたことを自覚する。意識を戻すと、そこには何も言わずに控えているイーラの姿があった。
(こういう時の父上は、あんまり声をかけない方がいいんだよな…。)
オルデンが考え事をしている時は、あまり良いことがない。イーラはそんな時、極力空気になるべく努力をしている。気配を消すのだ。
「首尾はどうだ、イーラ?」
考え事から帰還したオルデンに声をかけられ、イーラは空気になることをやめた。
「今のところ問題はありません。不穏な動きは確認していません。ただ、どういう出方をしてくるのかは不明です。とりあえずは話し合いの席に着くつもりかと。」
イーラから簡潔に報告を受け、オルデンはそうか、と相槌を打った。
「あの黒龍王のことだ。よからぬことを企んでいるかもしれん。最悪の事態に備えるように指示を出しておけ。」
オルデンがそう伝えると、イーラは早速天幕を出た。
オルデンの言う最悪の事態とは、おそらくシュラとの正面衝突だろう。そうなれば、両国の全面衝突も避けられない。
イーラを始めとした、白龍の民たちの中にも動揺と緊張が走る。
もし両国の王が正面衝突した場合、島ごと消し飛ぶかもしれない。
そんな緊張感の中、話し合いは始まった。




