第20話 ティアラの秘密
シュラは居城へ帰り着くと、早速用意していたいつものケーキでシルヴィアの成人を祝った。用意していたあたり、イーラに負ける気などなかったらしいが、流石のシュラにも危機感はあったようだ。
(俺としたことが、ティアラを乗せてみるまで肝を冷やしていたとか、絶対に言えないな。)
シルヴィアの反応からして、自信はあった。これは勝ったと。だが、シルヴィアの本当の気持ちを知る為に、シュラはわざわざティアラを持ってやってきた。というのも、このティアラは以前、当然のようにシルヴィアの頭上にあったが、実はお互いの気持ちがないといとも簡単に落ちてしまうというおまけ付きのティアラなのだった。子供のシルヴィアにはシュラを父のように慕ってくれる気持ちがあったせいで当然のようにいつも頭上に輝いていたが、一瞬でもシルヴィアがシュラを拒むとあっさりと離れる仕組みだ。逆に、シュラの気持ちも重要なのがこのティアラの仕掛けなのだが、あの別れの時、シュラは相当心を鬼にしてシルヴィアを切り捨てる気持ちでティアラを引き剥がしていた。一旦引き剥がすと、再び頭上に戻るまでお互いの気持ちは確認できない。
これは黒龍の国の古い手法の一つで、今は古臭いと嫌われ、そんなことをするものはほとんどいなくなった為、ごく一部の古参の民しか知らないが、昔からあるお互いの気持ちを確かめる方法の一つである。なぜシュラがそんなことを知っているかと言うと、昔馴染みの鍛治職の爺さんから聞いた方法だからである。それはシュラがシルヴィアを庇護するにあたって、何か良い目印の付け方はないか、と思案していた時のことだった。
目印、というのは、シルヴィアを守る為の目印だ。シュラがシルヴィアの状況を把握できることが大前提で、それを身につけていることによって、どんな田舎者だろうが、一目で『これはシュラの庇護下にあるもの』とわかる必要があった。
「そんなら、あれにせい。ほら、魔力込めて作るんじゃよ。なんでもええが、お姫様なんじゃろ?ティアラあたりがよかろうて。」
ヒッヒッヒ、と冷やかしながら語る爺さんに耳を傾けると、己の魔力を込めて何かを作ると、お互いの気持ちや状況がわかるものができるらしい、という話だった。
「そんなの、言い伝えだろ?」
訝しむシュラに、爺さんは言った。
「ワシも昔、婆さんに贈ったわい。丹精込めて作った髪飾りをな。もう婆さんはおらんが。プロポーズする時にな、婆さんも泣いて喜んどったわ。そんなもんよ。」
爺さんのプロポーズって、何千年前だよ。シュラは突っ込みたくなりながらも、お伽話混じりのプレゼントも悪くないか、と話半分でティアラを作ってみた。
と言っても、爺さんの厳しい指導の元、魔力を込めながら金属を叩くのは骨が折れた。
結構しんどい思いをしながら作ったので、シュラもティアラの完成にそれなりの達成感があったし、出来栄えも悪くないと納得できた。
「お前さんもようやく身を固める気になったんか。はようせんと、逃げられちまうぞ。」
違う、そうじゃない。その時のシュラはそれだった。だが、今になってみると爺さんの言ったことはあながち間違っていないので恐ろしい。
(長年の勘ってやつか…?)
なんでもいいが、シュラはあの時点でそこまで見抜かれていたとしたら、割と恥ずかしい。と思いながらコーヒーを流し込んでいた。
シルヴィアは少し大人びた気がする。顔つきも引き締まって、少し痩せただろうか。筋力がないわけではないようだが、やはり白龍の国での生活は厳しいものだったのだろうか。
「研究が楽しくて、気がついたら三日くらい経っていたの。」
シルヴィアは真顔で恐ろしいことを口にした。
「何を言ってる?若いからってそんな不摂生をしていい訳がないだろ。よく食べてよく寝ろよ。イーラとやらの監視の目は節穴か?」
シュラは頭を抱えた。自分もこの五十年、強くなるため努力をしたが、いっときたりとも睡眠と食事を欠かしたことはない。
もちろん寝込みを襲われたことはある。が、蹴散らしてから寝た。
シルヴィアの生活がだいぶおかしい。これは是正してやらねば。そう決意して、やはり毎日ケーキを食べさせて少し肥えさせる必要があるのでは、と思った。
「成人おめでとう、シルヴィア。」
改めてそう告げると、またシルヴィアの涙腺が緩んだ。
「うん、ありがとう。お父様にも良い報告ができそうな気がする。」
シルヴィアはそう言って微笑んだ。少し涙を滲ませながら。
「よく言った。俺は今日からお前を一人前の黒龍の女として扱うからな、昔以上に厳しい鍛錬になるぞ、ついて来れるか?」
シュラは決断した。シルヴィアを自分の次に強い黒龍の民として育てあげることを。そして二人でこの国に暮らそうと。
「私だっていつまでも泣いてばっかりじゃいられない。きっと強くなってみせるわ。」
シュラの想いに呼応するように、シルヴィアも決意を口にする。
「今まで教えていたことは序の口だ。これからは護身じゃなく、勝ち抜くための技術を教える。いいな。最後までついて来れた時、お前は間違いなく黒龍最強女子だ。」
恋人同士というよりは、まるで師弟のようなやり取りをする二人だった。
その夜、シルヴィアは居室で一人、今日という特別な日を振り返っていた。
いつもの一日で終わると思っていた。イーラに祝福され、オルデンから言葉をかけられ、それだけで割と特別な日だったのに。最後にシュラまでもが現れるという大波乱の一日だった。人生の印象に残った日、ベストランキングを作ったら、今までの人生の中では満票で一位である。シルヴィアにとっては良い日だった。シュラが迎えにきてくれた。それがベストシーンである。今度こそシュラと想いが通じ合った。それがシルヴィアは嬉しかった。
シュラはうっかりしていた。シルヴィアと想いを通わせたことは確かなのだが、シルヴィアにそれを伝えていない。ティアラの秘密を知らないシルヴィアは、今頃不安に思っているのではないか。思い立って、シルヴィアの部屋へ向かう。
ノックをしてみるが、返事はない。
部屋を開けてみると、シルヴィアは既に眠りの中にいるようだった。
そのシルヴィアの額に、そっとキスをして、シュラは呟く。
愛してる、と。
知ってか知らずか、シルヴィアはそっと笑んだ。
その反応に満足して、シュラはシルヴィアの部屋を後にした。
(明日起きてきたら、ティアラのことを教えてやらないといけないな。)
それより、ストレートにもう一回伝えたほうが良いのだろうか。さっぱりした性格のシュラには珍しく、迷いが生じていた。
五十年の間、物理的な腕は磨いたが、そういう方面のことはやっぱり疎いままだったことをシュラは今頃反省した。だが、伝えないわけにもいかない。またシルヴィアを不安にさせてしまう。大人として接するからには、特に遠慮することもないが、シルヴィアの気持ちも大事にしてやりたかった。
次の日、いつもと同じく起きてきたシルヴィアを、シュラは己の膝の上に乗せ、優しく抱きしめる。
「?どうかしたの、シュラ。」
いつもと違う様子のシュラに、何事だろうとシルヴィアは様子を伺う。
「いや、どうもしないが、愛してると伝えていなかったから。」
シルヴィアは瞬間湯沸かし器の如く真っ赤になったが、すぐに平静を取り戻し、
「うん、知ってる。ありがとう。私も。」
と答えてシュラに身を預けた。
その頭上にはティアラが燦然と輝いていた。
しばらくの間、甘く濃密な時間が二人の間を流れた。
しかし忘れてはいけない。この世界は広いのだということを。




