第18話 シルヴィアと薬草
シルヴィアは魔法の訓練をする傍ら、薬草の研究も熱心にした。
きっかけはもちろん、『竜殺し』を見つけてしまったからだ。
(たとえ魔法が使えない状態でも、解毒の手段はあったのかしら…。)
あの時、初めての解毒という状況に戸惑ったし、すぐに癒すことは結局叶わなかった。思い出すのはシュラとの思い出ばかりで嫌になる。あんな風に裏切られたというのに。まだ思いが断ち切れないシルヴィアは自嘲した。
『竜殺し』の前で動かないシルヴィアを、イーラは気遣った。
「どうしたの、シルヴィア?大丈夫?」
ああ、今私には、こんなに優しく接してくれる人がすぐそばにいるじゃないか。そう何度も思おうとした。なのに、気づけば思いを馳せるのはあの不敵な真紅の瞳の持ち主なのだ。我ながら嫌になるほどに。そんなシルヴィアを知ってか知らずか、イーラも何かを求めてくるわけではなかった。シルヴィアは気づけばいつも暗い顔をして、神妙に何かを考えてしまっていた。それがイーラを不安にさせていることには気付いていたが、シルヴィアも知らず知らずそうなってしまうので、どうしようもなかった。
月日は過ぎ、シルヴィアは泣くことはなくなっていた。涙なんてとうに枯れた。それぐらい泣いた。シルヴィアの薬草の研究は、毒に限らず、簡単な傷を癒せるという薬草や、心を落ち着ける薬草など、多岐に渡った。
自分のように癒しの力を持つものばかりではない。そういった人々でも、誰かを癒したり寄り添ったりすることはできるのだと、それを証明したかった。父アルヒも病気で右目を失っていた。そういう時、症状を和らげたり、あるいは失った目の痛みの除去や、落ち込んだ心を少しでも楽にしてあげられたらよかったのにな、という思いもあった。シルヴィアも優しい心の持ち主だった為、その心は白龍の民に徐々に受け入れられていった。
いつしか薬草の知識をものにしていたシルヴィアは、主に子供たちから頼られ、シルヴィア先生、と呼ばれるに至っていた。怪我をしたらシルヴィア先生が診てくれる。そう言われていた。相変わらず笑いはしないものの、子供たちに寄り添い、危ないマネをする子供たちに注意をすることはあっても、理不尽に怒ったりすることは一度たりともなかった。
「シルヴィアもすっかり大人びてきたね。」
イーラからもそう言われた。だがまだ八十の成人までは足りていない。シルヴィアもまだ子供といえば子供なのだが、成人の時も近づいているのは確かだ。それを境にどうなるというわけでもないが、今はその節目をどういう心境で迎えればいいのか戸惑っていた。
迎えてみれば意外とあっさりしたものだよ、とイーラは笑う。
そういうものなのか、とシルヴィアは思った。案外そういうものなのかも、と。ここへ来てからケーキを食べたことはないが、毎年誕生日にはイーラがいつもより豪華な花束を持ってきてくれた。
「おじさんのように、ケーキなんてものを作る技術はないけど、これくらいはね。」
といつも照れくさそうに持ってきた。この頃になると、シルヴィアも流石にイーラが自分に向ける感情を理解してはいたが、応えるにはまだ時間が必要だった。あと、それに応えてしまうとまた揉め事になるとも理解していた。シルヴィアには自由がなかった。それは黒龍の国では潤沢にあったものだが、ここではオルデンの顔色が全てだ。自分は疎まれている。それを自覚して、シルヴィアは決して出過ぎたマネをすることはなかった。分を弁えるということが、どれほど大事かは父アルヒが証明済みだからだ。シルヴィアはオルデンを恐れていた。それはそうだろう。白龍の国のトップで、父をいとも簡単に殺せる力を持ち、怒りの矛先となればたちまちシルヴィア自身の命だって危ない。好んで関わろうと思う方がどうかしている。力をつけたとはいえ、シルヴィアは未だオルデンの足元にも及ばない存在だった。だから復讐だとか、そんなことさえ言うつもりもなく、ただただ己を弁えて静かに暮らしていた。国に有益な存在であれば、静かにしてさえいれば、存在することくらいは認められると信じて。
ところが、シルヴィアの薬草の研究は思うよりも国に有益だった。新薬の開発や研究までも行なっていたシルヴィアの功績は、いつしか国中が認めるところとなっていた。
癒しの力を隠して生きていてさえ、シルヴィアは「癒しの姫」と呼ばれるようになっていた。ただ半人であることも皆の知るところで、決して表舞台に登場することはなかったのだが。風の噂の効力は、人々が思うよりも大きかった。
城の奥深く、アルヒ様が遺した半人の姫が日々癒しの研究をしているんだって。
シルヴィアをよく知る子供たちからは、
「先生は癒しの姫なんだって!」
とからかわれることもあったが、シルヴィアは決して否定したり、子供たちを叱りつけることはしなかった。
「人がどう思うかは、その人の自由だから。」
と言ってまた研究に戻るのが常だった。その頃のシルヴィアは、薬草の観察をしながら、魔法で器用に本のページをめくり、何が書かれているのかを魔力で読み取るまでになっていた。それでも黒龍の国で教わった鍛錬を欠かすこともなかった。段々嫌になったこともある。いい加減、諦めが肝心だと思ったこともある。鍛錬をしていれば、どうしても思い出してしまう、在りし日のことを。いつまで経ってもシュラとの思い出に終止符が打てない自分を、何度情けないと思っただろう。シュラへの想いも断ち切れず、イーラからの想いにも応えられないまま、シルヴィアは中途半端な自分を毎日責めた。毎日が苦痛だった。それでも生きなければならないのだと思ったのは、父の言葉だ。
まだ成人すらしていない身で、もう一度父に会ったら、今度こそ幻滅されるに違いない。生きて幸せになってほしい、父はそう願っていた。だから、もう少しだけ。シルヴィアは毎日をそんな思いで生きた。半龍で、半人。半分黒龍の民で、半分白龍の民。何もかも半分こ。これは何か意味があるのだろうか。シルヴィアは日々考えた。こんな自分だからこそ、何かできることはないのだろうかと。それとも、これは苦しみ続けるだけの足枷なのだろうか。
シルヴィアは今、迷いの中にいた。何が正しくて、何が間違っているのかわからなくなりかけていた。暗闇に囚われ、希望を失いかけていた。シルヴィアに必要なのは光だった。闇夜を照らす、ただ一条の光でよかった。




