第17話 シルヴィアと魔法
積み木を動かすことに成功して以来、シルヴィアは着々とイーラの言う『魔力』を使うコツを掴んでいった。シルヴィアはイーラの教え方の上手さに感嘆する。積み木を動かすことができたら、次は模様のついた積み木で面や方向を合わせるように動かすとか、積み木に慣れてきたら、対象物を変えて違いを実感してみるなど。理論立てて考えられたカリキュラムをこなすうち、シルヴィアはそのコツを掴めていたのだ。一度コツを掴むとまだ若いシルヴィアの吸収は早いもので、あっという間にそこらにある物を自在に動かせるまでになっていた。それからもシルヴィアはイーラの教えのもと、様々な魔法を学んだ。火を起こしたり、水を生み出したり。自然の摂理のようなこともイーラから教わった。
「アルヒおじさんが、台所でお茶を淹れるのも、魔法が密接に関わっていたんだよ。流石にケーキは手作りだったみたいだけど。」
そう言われたこともあった。イーラはイーラで、あの日以来何度か中間の島の家を訪れていたらしい。そこは当然もぬけの空だったが、そこでアルヒが遺したメモなどを見つけたと教えてくれた。気にかけてくれていたことに、シルヴィアはイーラに感謝した。
しかし相変わらずニコリともしないシルヴィアをイーラは心配すると同時に、黒龍王の影響の深さに嫉妬もしていた。
(どれだけシルヴィアの心を抉ったんだ、あの出来事は。)
シルヴィアは笑わない代わりに、気丈には振る舞っているが、時々目を腫らしていることがある。まだ悲しみの中にいるのだ。それだけ黒龍王に対する想いが深いということなのか。今隣にいるのは自分なのに。イーラはそれでもシルヴィアに失望したり、寄り添うことをやめたりはしなかった。悲しいままでいいはずがないから。それがイーラの優しさだった。いつか寄り添っている自分に気付いてくれればいい。それまで待とう。そう思っていた。
そんな時だった。イーラはオルデンからの呼び出しを受ける。
「あれに入れ込むな。お前が不幸になる。」
それはオルデンからの忠告だった。相変わらずオルデンはシルヴィアの名を呼ぼうとはしない。知っているはずだが。イーラにはそれが不快だった。
「あれとは何です。彼女は必死に生きています。それを応援したいと思うことが悪いことですか?」
イーラは眉根を寄せながらオルデンに反抗した。あれ以来親子仲はいいとは言えない。元々そんなに良好でもなかったが。以前は一方的に従うという形である意味では良好だったこともある。
オルデンは静かに怒りで周りの空気を凍らせていく。
「あれはあれだ。所詮一族の半端ものでしかない。お前の為すべきことは他にあるはずだ。言ったはずだぞ、問題を起こしたら即刻叩き出すと。何が問題なのかわからぬほどの馬鹿息子に育てた覚えはない。」
オルデンはオルデンなりの優しさを珍しく発揮してイーラに忠告したつもりだ。しかしイーラは己の熱に浮かされて、何が問題なのかも見えなくなりかかっているのだ。
(黒龍王の次はイーラか。あの娘、かなりの危険因子なのでは。)
オルデンの目に曇りはない。なにしろ自分には家庭があるし、あの程度の小娘に絆されるオルデンではない。しかし実際問題、黒龍王とはあの後十四年間は連れ添い、今度はこの国へ来たと思ったらイーラが呪われている。黒龍王も身の危険を感じてこの国へ押し付けに来たのではないか。オルデンはとんだ危険物を引き受けてしまったのではと反省する。あの存在が、この国にとって吉と出るか凶と出るか。凶と出るのならば早めに始末してしまった方がいい。吉をもたらす可能性もあるが、芽が出る前に摘んでしまった方がいいのでは。オルデンはしばらく考えを巡らせる。
オルデンが考え込んでいる時は大体良くないことを考えている。それをイーラは知っている。
「父上の仰る問題とやらはわかりました。で、どこのご令嬢との縁談をお考えで?」
つまり、オルデンはイーラに早く身を固めて落ち着けば、シルヴィアへの感情は消える、と言っているのだろうと理解した。
「お前はまだ若い。今すぐにそこまで考えろとは言わないが、あの娘はやめておけ。それだけだ。もう行け。」
オルデンも一旦イーラがシルヴィアとはダメだ、と言われていることだけは理解したようなので溜飲が下がる。
幸か不幸かイーラの教え方が上手いせいで、シルヴィアは頭角を表しつつあるらしい。飲み込みが早いのもそうなのだろうが、持って生まれたポテンシャルが高い。素直な性格がそうさせるのかもしれない。
(半人の子と侮った私の不覚、か?)
だが、オルデンから見ればまだまだ弱い。シュラや自分と渡り合えるかと言われれば、どちらもその座を脅かすには至らないだろう。特に自分には擦り傷一つつけられないだろう、とオルデンは自信を覗かせた。イーラから聞いた話で特に脅威に感じたのは、やはり癒し手としての才覚だった。本人は意識がなかったらしいが、黒龍王であるシュラから後に聞かされた話だけでも、もしそれが本当ならとんでもない才能だ。本人に自覚がないところがまた恐ろしい。
いつかその力が世界に混乱をもたらさなければ良いのだが。
オルデンは一旦その問題について考えるのをそこでやめた。
イーラは不満タラタラだった。シルヴィアの何がいけないのか。もちろんオルデンが言う問題はわかっている。シルヴィアが半人の子だというくだらない差別だ。半人の子だから何だと言うのだろう。イーラは堅物のオルデンから生まれたとは思えないほど柔軟な考えの持ち主だったので、相容れないのは当然になってくる。素直な良い子で、健気で、スレてない心。これ以上の好条件の姫が他にどこにいると言うのだろう。そう、シルヴィアだって曲がりなりにもアルヒという王子の血を引いた姫なのだ。イーラは声を大にして言いたかった。と、それはそれでまたオルデンの雷が落ちるので言わないが。今はそっとシルヴィアを見守ろう。それが自分にできる最大限の配慮と恋心の落とし所だ。苦しいことはわかっている。でもそれでいい。
シルヴィアは日々魔法の技術を勉強中だ。お茶を沸かすことすら、魔法で全て完結しているとは恐れ入った。黒龍の国では、お湯は最低限誰かが吐いた炎で焚べたコンロで水を沸かしていた。そう、黒龍の国では、炎は割と身近にあって、それは大体の黒龍の民が炎を吐くことができたせいかもしれない。わざわざ魔法でお湯を沸かすより手っ取り早いということかもしれない。この国ではまだキッチンを見たことがない。あるのかどうかすらもわからない。四季があり、農作物も豊富だから、料理は凝ったものが多い印象を受けるが、それを調理する人々をまだ見たことがないのだ。アルヒが出してくれた料理もそうだったが、スープとか、煮炊きしたものが多かった。黒龍の国での食生活は基本的に何か焼かれた肉とか、とにかくスタミナ重視の食事でいつも茶色かったが、この国の食事はとても彩り豊かである。これは両国を経験したシルヴィアにしか出せない感想である。
代わりにあまり甘いものを食べる文化がないようで、ケーキというものも、母であるミナがアルヒに教えたもののようだった。ケーキを恋しく思うのは、父のせいだけではない。シュラと毎日食べた至福の時間がどうしても蘇ってしまう。この国にケーキが定着していなくてよかった。食べるたびにきっと泣いてしまうから。
シルヴィアはそう思いながら、一人炎や水、氷や風、土の魔法の訓練をする。シュラの面影を振り払うように、シルヴィアは白龍の国の魔法と薬草に没頭していった。




