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第16話 魔力の制御

 シルヴィアは投げ出すことなく、魔力訓練を続けた。それは苦難の道のりだったが、諦めたり、音を上げることはしなかった。そんなシルヴィアを、本当にいい子だな、とイーラは見守る。がさつで野蛮な黒龍王なんかには勿体無い。そう、イーラはシルヴィアからポツポツとではあるが、あの時何があったのか、とか、今までどういう暮らしをしてきたのか、を聞き出していた。そうすると、やっぱりシルヴィアとしては黒龍王に好意を抱いていたらしく、黒龍王もまんざらではなかったことや、そのせいでお互い想い合っていると思っていたらしいことまで話してくれた。

 そうまで聞かされると、黒龍王のあのシルヴィアに対する仕打ちは、裏切り、ということになる。だが黒龍王を悪者にしたくないらしいシルヴィアは、私が勘違いしていただけなの、と黒龍王を庇ってみせた。

 なんて健気ないい子なんだろう。

 イーラはますますシルヴィアに惹かれていった。そして、黒龍王の裏切りがあったからには、これから先シルヴィアを支えるのは自分しかいないという思いさえ募った。

 今度こそシルヴィアは幸せにならねばいけない。それを成し得るのは自分しかいない、と。

 きっと黒龍王のことは歳月を重ねれば薄れていくに違いない。若気の至りだったと、そう思える時が来るはずだ。今は笑えなくとも、いつかきっとシルヴィアの笑顔を勝ち取ってみせる。イーラはそんな決意をしていた。

 シルヴィアの話の中でイーラが最も注目したのが、シルヴィアが魔力暴走を起こしたという話だった。なんとか収まって、一命は取り留めたということだったが、収まらなかったら確実に死んでいた。その経緯に黒龍王が絡んでくるのがまたイーラの中では少しムカついたが、そういう問題じゃない。やはり、魔力の制御について学ぶことはシルヴィアの為でもある。外側にエネルギーを放出することに慣れていないからそうなるのだ、とイーラは考えた。

 待てよ。内側にエネルギーを巡らせるのが得意なら、なぜシルヴィアは自分で自分を癒せないのだろうか。その疑問もぶつけてみる。

「それ、は。誰かを助けたいと思った時しか、あの緑色の魔力は出ないから、です。わからないけど、自分にはそれは向けられないというか…。」

 なるほど、とイーラは頷く。普段使っている魔力と、癒しの魔力は別物のようだ。イーラは自分が使えるわけではないので、その力については未知数だ。だが、分けて考えた方がいいらしい。それでも、制御する方法を知っているか否かではだいぶ話が変わってくるのではないか、と思った。

 イーラは思慮深いオルデン譲りの熟慮ができる反面、まだ若いせいもあり、些細なことが気になる時もある。

「…シルヴィア。僕には敬語は不要だと言ったはずだけどね?」

 イーラはシルヴィアがいまだに敬語を使ってくるのがとても嫌だった。もっと砕けていいのに。そういう思いだった。なんなら将来夫婦になりたいイーラは、積極的に砕けて欲しかったが、そんなシルヴィアから返ってきた答えに少ししょんぼりした。

「あ…。ごめんなさい。でも、こんなにお世話になっている方に、敬語を使わないのは不敬な気がしてしまって…。」

 シルヴィアに蘇るのは、在りし日のシュラとの会話だ。敬語もへったくれもなく、普通に呼び合って、普通に会話していた。でもその日常はいとも簡単に失われた。イーラも、よくはしてくれているが、いつ手のひらを返されるかわからない。シルヴィアは怖かった。誰かに心を許すことが。いつか裏切られるのなら、最初から信用しなければいい。シルヴィアはどちらかといえば臆病な方だ。だから踏み出せずにいるのだ。イーラとの、一歩を。

 用意させた一般的な白い服を、フードまで目深に被り、せっかく綺麗な銀の髪をその奥にしまい、ただの白い塊になったシルヴィアを、イーラは喪に服しているようだと思った。

 弔っているのは、死んでしまった自身のシュラへの心なのだろうか。

 イーラは青い瞳の奥で、あの不敵な真紅の瞳を持つ黒龍王への嫉妬で狂いそうになった。

 あの時鮮烈に現れて、シルヴィアを父の凶刃から守り、そのまま連れ去ってしまった存在。悔しいが父は強い。自分ではあのようにシルヴィアを守ることは無理だっただろうと思う。シルヴィアはその強さに惹かれていったのだろうか。悔しさが募る。

 イーラの強みは圧倒的な強さ、とかではない。その優しさにある。オルデンからは、そんな腑抜けでは将来民を治めることはできぬ、といつも釘を刺されるが、優しいことはいけないことだろうか。オルデンもある意味優しくないわけではないのだが、その前に厳しさが立つ。厳格な王、という印象の強いオルデンは、優しくはない。底抜けに優しいのがイーラの良いところなのだが、本人はそれを叱責されるので、美点としてはカウントしていない。イーラが思う自分のいいところは、魔力の制御の巧さだ。それは周りからも言われていて、針の穴を通すほどの抜群のコントロール力を持っていた。緻密な魔力制御が売りである。

 だからこそこの度シルヴィアに魔力制御の方法を教えてやれるのは自分しかいないと思ったし、得意分野を教えることで、すごい、と思ってもらいたいという期待があった。

 日々根気よく、魔力について教えてくれるイーラに、シルヴィアは感謝しかなかった。イーラはよく庭に連れていってくれて、花はどれがいいかとか、色々気を遣ってくれた。でもそれはきっと父を喪い、シュラに裏切られた自分への同情なのだと思っていた。いく宛のない可哀想な子、と思われているに違いない。イーラはなまじ優しいから、自分を切り捨てることもできずに面倒を見てくれているのだと思っていた。イーラからは確実に恋愛感情を向けられているとも知らずに。

 シルヴィアは隠れるように生活した。周りと違う銀の髪も隠し、極力目立たないよう努力した。でもそれは、他に誰も構わない時の話だ。フードで頭まで隠した娘が、最近イーラ様に気に入られている。それは城の中で噂になった。そのせいで言われのない嫌がらせを受けることもあった。でもそれはイーラによって諌められ、結局嫌がらせをする方が損だと理解した女子たちからの嫌がらせはなくなった。火消しをして、庇ってくれるイーラにまた少し感謝が芽生えたが、やっぱり可哀想な子として扱われているのでは、というシルヴィアの疑念は払拭されずにいたため、今すぐイーラが報われるということはなかったのだが。

 オルデンは見ていた。アルヒの遺した娘とイーラを注意深く。城の中はオルデンの魔力で満たされているため、状況の把握は容易だった。イーラの様子を見て、オルデンは苦い顔をする。やはり、あの娘に絆されていたのか、と。重要なのは娘の様子の方だ。イーラに擦り寄って、これ以上イーラを誑かすようなら、最悪消さねばならない。イーラはこの国の未来だ。変な虫がついては困る。将来は然るべき嫁を迎えさせ、安寧と繁栄をこの国に約束せねばならぬ。まだまだ自覚が足りていないようだが。しかし娘の方が一向にイーラに懐かないようなので、しばらく静観することにする。慎ましく暮らしていく分には、今のところここへ置いてやろう、そういう感情だった。それはアルヒに対する贖罪だったかもしれない。

 オルデンとて、情くらいある。あれだけアルヒに似ていれば、弟の面影を感じずにはいられなかった。

 怒りに任せて弟を殺したあの日から、反省がなかったわけではない。あの時の自分は少しどうかしていた、と思う。でももう弟は蘇らない。せめて自分にできることは、娘であるシルヴィアに対して目を瞑るということだけだった。

 そんなイーラとシルヴィアの訓練の日々は続いた。

「あっ…。」

 ある時、シルヴィアは声を上げた。どうしたの、とイーラが見に来ると、そこには僅かではあるが、動いた形跡のある積み木があった。

「いいね、シルヴィア。一旦休憩して、今どうしたらできたかを整理しながらお茶でも飲もう。それが偶然でなく、意図してできるようになったら、それは大きな一歩だよ。」

 イーラは教え方も上手かったようで、できたのならすぐにもう一度、というのではなく、今何をしたらそうなったかを確認させることで、シルヴィアの成功体験を確実なものにするという手法を使った。小さな成功を積み上げることで、大きな自信を作り出す、ということだ。

 シルヴィアもそれに素直に従い、メキメキと制御を学んでいくことになる。

 その間、シルヴィアは黒龍の国でシュラから教わってきた鍛錬も、こっそりと欠かすことなく続けていた。

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