第14話 シルヴィアの思い
シルヴィアは久しぶりに父に会った。
「やあ、シルヴィア。どうしたの、こんなところで。」
もういないはずの父との再会に、シルヴィアはとても驚いたし、涙が出そうになった。
「お父様、私は…。」
何も守れないの、と弱音を吐きたくなる。
私は生きているだけで皆を傷つけているのでは?どこへ行ってもお荷物なの。そんな思いが溢れそうになり、俯いてしまう。
「よく頑張っているね、シルヴィア。いつも見守っているからね。君は僕らの誇りだよ。ほら、よく顔を見せて。」
そう言われて顔を上げると、シルヴィアと同じ銀の髪が揺れるのが見えた。
「お、母様?」
にこにことしたその女性は何も言わない。ただ父と寄り添ってシルヴィアの頭を撫でた。
シルヴィアは堪らず涙を流す。
そこから堰を切ったように、シルヴィアの弱音は全部吐き出された。
「辛かったね、シルヴィア。でも、それが生きるということだよ。誰かのお荷物だなんて、誰も思っていない。あの時、黒龍王が現れたことは、ただの偶然じゃない。さあ、まだ君の人生は始まったばかりだ。行っておいで。次にここへ来るときは、幸せになってくれていると嬉しいな。」
父がそう言うと、シルヴィアは何かに吸い込まれるようにその場から離れた。
まだまだ話したいことがあるのに…。シルヴィアは名残惜しかった。そのまま空中を彷徨うように空間を漂っていると、聞き覚えのある声が聞こえた気がした。
(ああ、シュラが呼んでる…。シュラは無事だったのかしら。)
その事に気を取られ、もう一度父と母に会うことは考えないようになっていた。ただ声に導かれるまま、シュラの姿を探し求めるうち、光のさす出口のようなところへ辿り着いた。
「……、シュラ…?」
はっきりしない意識の中で、シルヴィアは懸命にシュラの無事を願った。
「気づいたか、シルヴィア。」
シュラは落ち着いた様子でシルヴィアの様子を確認している。顔色が少し良くないようだ。
「うん。シュラは、大丈夫?」
まだクラクラする頭をなんとか回す。シュラは無事だと言っているが、なぜそんな表情が険しいのか。
心配なので、起き上がる事にする。と、肋に激痛が走り、よろめいてしまう。
「ばか、突然起き上がるな。今お前は重傷なんだぞ。」
咄嗟に抱き止めたシュラが険しい声でそう告げてくる。そういえば、ヴィクトリアに肋を折られたのだったことを思い出す。あのあと、シュラが傷ついて。癒しの力を使い始めたところから記憶がない。
「シュラの傷は、どうなったの?毒も…。」
抱き止められたまま、ポツポツと心配事を話す。それをシュラは遮る。
「俺のことはいい。シルヴィアが全部癒してくれた。それより今は自分の心配をしろ。死にかけたんだぞ!」
それを聞いたシルヴィアは、ああなるほど。と思った。
「お父様に、会ったの。お母様もいて…。久しぶりに会えて、泣いちゃった。」
シュラはその話を聞いてゾッとする。臨死体験をしている。
「まだ、ここには来るなって。追い返されちゃった。」
シルヴィアはさっきまで体験していた出来事を、シュラに起こったことを全て話した。
そんなシルヴィアを、シュラは優しく抱きしめる。
「良いご両親じゃないか。今はとにかく休め。あと、あの時俺を癒してくれた事には感謝する。そうでなければ、今頃ここに俺もいられなかっただろうからな。だが、無茶はするな。それを今後俺と約束しろ。」
そっとベッドに戻されながら、シルヴィアはわかった、と頷いた。
それから療養の日々が続いた。シルヴィアもなまじ龍人の血を引いているからなのか、意識を取り戻してからの治りは早かった。
あんなことはあったが、療養する間、シュラはまたケーキを用意してくれるようになった。そして時々優しく抱きしめて、これからの事を語ってくれた。
シルヴィアにはそれが堪らなく嬉しかった。一人になった時、シュラから向けられる愛情に目頭を熱くした。
まだまだ強くなる必要はあると言われた。でもシュラと一緒ならきっとできると思った。たとえそれがどんな苦難の道でも。一緒ならきっと。シルヴィアはシュラなしの人生が考えられなくなっていた。最初は父親代わりにしていたかもしれない。でも、もう離れたくない。シュラの隣に居られるのなら、どんな努力もしよう。シルヴィアは自分に芽生えた恋愛感情を自覚していった。
シルヴィアの傷も癒え、しばらくが経過した。シュラは変わらずシルヴィアに稽古をつける傍ら、いつものケーキタイムを忘れることはなかった。
平和な時間を取り戻した二人だったが、ある時シュラが遠出をしようと言ってきた。
特に断る理由もないシルヴィアはいつものように乗せてもらい、居城を後にする。
辿り着いたのは、白龍の国のはずれにある森の中だった。まるで地理に疎いシルヴィアは、一体どこへ来てしまったのだろうと周りを見渡す。
そうこうしているうちに、目の前に現れたのは今では懐かしいイーラの姿だ。
「何をしにきた?」
警戒感丸出しでイーラは棘のある言い方をする。
「何、ただの社会見学さ。」
シュラはイーラの警戒感を無視し、お気楽に答える。
伴われているシルヴィアは、イーラの登場によって、ここが白龍の国なのだと認識する。シュラはお互い干渉したくないという立ち位置なのに、なぜ今この地にシルヴィアを乗せてきたのだろうか。
イーラも、シュラがこの地にわざわざ来たという事には何か意味があるだろうと警戒を続ける。まさか、シルヴィアを連れているので、オルデンへの復讐、とか。
と、状況は一変する。
ドスッ
と鈍い音がした。
見れば、シルヴィアの胸に剣が突き立っている。背後にいるシュラの手によって。
「え………。」
後ろから刺し貫かれたシルヴィアは、何が起こったのか全く飲み込めない。イーラは思わずシルヴィアに駆け寄ろうとして、連れてきた家臣に止められている。
シュラには何の表情も浮かんでいなかった。ただ、冷徹な黒龍王の姿がそこにはあった。
シュラはシルヴィアの背中を足蹴にし、剣を引き抜くついでにその頭からティアラを引き剥がした。シャラリといつもの金属の擦れる音がする。
何があっても決してシルヴィアの頭上を離れることのなかったそのティアラが、いとも簡単に離れる。
「サヨナラだ、シルヴィア。」
最後にそうシュラから耳打ちされ、この時のシルヴィアの感情はメチャクチャになっていたが、ただティアラまで引き剥がされては、こう思うしかなかった。
(ああ、私はシュラに捨てられたんだ。)
と。
以後シュラは何の言葉を発することもなく、踵を返すと、一人上空へと飛び立った。
残されたシルヴィアは、胸の傷の痛みどころか、捨てられたという感情の痛みに耐えきれず、身動きできなくなっていた。
シュラが去ったことを確認し、イーラはシルヴィアの元へと駆け寄る。ぐしゃぐしゃに泣き崩れるシルヴィアを起こし、傷の手当てをしながら自分の住む白龍の王都へと連れ帰った。
当然、オルデンの雷が落ちた。だが、イーラは必死に食い下がる。
「私の目の前でこの娘は黒龍王の手にかけられそうになったのです。それに、この子の拠り所を奪ったのは誰なのか、お忘れなのですか?誰の庇護も受けられず、野垂れ死ねというほどあなたは慈悲のない王なのですか?」
オルデンはしばし熟考した。黒龍王が手を下したと見せかけて、この国にスパイに来ただけかもしれない。しかし、手を下したということは、己の名に於いて保護する、というあの言葉を撤回したという証拠ではないか。ならば、この娘が何かしでかした時は、始末することも容易なことだと判断した。だが、オルデン自身はこの娘に関わる気はしなかった。
「…そこまで言うのなら、イーラ、お前があの娘を監督しろ。何か問題を起こしたら即刻叩き出す。肝に銘じろ。」
その日からシルヴィアはイーラに預かられる事になった。
白龍の国でのシルヴィアの生活が幕を開ける。




