修行中! 大変なことが起きましたが慌てず対処します
以前、助けた村で『戦利品』(十六話参照)としてハインから譲り受けた女の子と一緒に、森に出掛けたラスクは今日も、ハインとグレイに出された課題メニューを一つ一つ熟こなしている。
「ふう、腕立てと懸垂二百終わり、次は槍突きをっと・・・」
ラスクが聖槍を召喚し手に取ると、女の子が横に立ちラスクの槍を両手で弾き飛ばした。
驚いたラスクは、女の子の手に怪我がないか探し、ないことを確認すると安堵している。
「ふう。よかったぁ、怪我してない」
「まだ修行するの?」
「うん。今から槍を振るんだ。ええぇと」
女の子の名を呼ぼうとするが、つまるラスクがいる。
「ねぇ、もうそろそろ名前教えて」
「フフ、やだ」
「おかしいな。あれから時が立つのに」
先日、貧しい村から一緒に帰ってきた女の子は、すっかり打ち解けラスクに気を許し、何かと行動をともにするようになったが、肝心の名前を教えてはくれないので思案する。
(嫌われてはいないよね。でも、名は教えてくれないんだよね。困ったな)
背も年齢もラスクに近い女の子は、翡翠晶のような大きな瞳に、緑色の髪に金色の細かい髪が入リ混じったメッシュに、痩せこけていた身体は丸みを帯び、より女の子らしい輪郭へと変わり始めている。
小麦色の肌は、眩しくいきいきとし、ラスクの瞳には愛くるしく映り、喉にあった傷痕も完治し、話せるようにもなっていた。
「はい、あーん」
「んんっ」
先ほど、摘んでいた野イチゴを、ラスクの口に押し込むとクスクスと笑い走り去っていく。
(いつになったら教えてくれるのかな?)
「うん。美味しい」
手に聖槍を持ち直したラスクが、手で円を描くように回し遊んでいると、奥の方から悲鳴が聞こえる。
「笑ったり、悲鳴を上げたりと、忙しい子だな本当に・・・」
槍を持ち構え、悲鳴の上がった方向を見て、勢いよく投げた。
木の枝をなぎ払い“標的”に向かい放たれた槍は、女の子の横にいる“標的”のグリズリーに貫かれた。
槍を取り、その場にしゃがみ込み驚く女の子を、優しく抱き包みラスクは、しばらく動かずにそのままじっとしている。
「ふぇ、ラスク。あの」
「ん、少し待って」
何か、言いたげな女の子の口に手を当て、黙らすといきなり脇腹に抱きかかえ、滝のある方へと走り出した。
「ええと、ラスク?」
脇に抱えられる女の子は、ラスクの走る姿に顔を赤らめている。
(こいうときのラスクはカッコいいの。だけど言わない)
《バシャッ》《バシャッシャッ》
川の中に入り、ゆっくりと水しぶきを上げる滝を背に立つと、女の子をそっと下ろし、槍の切っ先を水の上に立てた。
槍が静かに浮いている。
「ごめん、傍にいて離れないで」
「あっ、うっ・・うん」
しばらくすると、ラスク達を追って来たのか大猿の大群が囲い始めた。
いや、ラスクが事前に気づき、大猿達をこの場所に誘導したのだ。
静かな波紋をひろげていた、槍の切っ先の波が変わり渦を立て始める。
「ギャッ、ギャッギャッギャ」
声を荒げ、大猿達がラスク達に狙い定め、襲いかかって来た。
待っていたラスクが、大猿達を見ると、目を光らせ口の端を上げ笑う。
«氷紋雪柱»
唱えられる氷結呪文と同時に、襲いかかってきた大猿達に槍を介し放たれた呪文は、滝や川の表面を伝わり、広がり、あたり一面を氷らしていく。
凍りついた全てを確認すると、浮いていた槍を手に取り、氷を小突いた。
氷っていたモノは割れすべてが飛沫となり弾き飛び砕け散るその光景は、まるでダイヤモンドダストのように美しく、見ている二人を和ませた。
もちろん大猿達も砕け散り、風景の一部と化していた。
槍を横に突き刺し立てるとラスクは、ほほ笑み女の子の髪を優しく撫で、頬を撫で、瞳を見つめ緊張をほぐしている。
(困ったな。こういう時、名前を呼びたくても、教えてくれないと呼べないよ?)
「もう、ダメだよ。勝手に遠くに離れると危ないよ。ね?」
「あっ、うん。ごめん」
今度は、槍を介し炎を放つと氷っていた滝や川は元の水へと戻り、何もなかったかのように音を立てラスク達の足下に流れている。
女の子の手を取り一緒に、川岸までラスクが歩いていると二人の耳に拍手が響いてくる。
「ラスク、凄いです。この間は炎を、そして今日は氷と炎。両方、使っても疲労が感じられないです。素晴らしいです」
拍手を鳴らすのはグレイだった。
「日々成長しており私は嬉しいです。どうです。ラスクも自分ではどう思いますか」
「んー。おじさんにはダメ出しを食らいそうだよ。まだ「甘い」ってね」
「そうですか。時にフォリシア。名は貰えたのですか?」
「ん?! フォリシアって」
ラスクが隣を見ると女の子はおらず、目の前で頬を殴られるグレイがいた。
耳まで赤らめ照れる女の子は、勢いに任せグレイの頬を殴ったあとラスクを見る。
グレイはというと、殴られた頬は赤く腫れるも、手を覆いつつ、ほほ笑み二人を見て和んでいた。
「ええとね。ラスク、違うの。あのあのね、そのね。ええーとええと」
「前の名はぁ・気に入らないと言うので、新しぃ・名前を授けようと、ですが名付けはラスクが良いと」
頬を腫らすグレイの口調に、可笑しく思い笑いだすラスクだが、笑いを止めるとあることに気づく。
「えっ? 僕が決めるの。フォリシアも可愛いのにそんな勿体ない」
「やだ。その名で呼んだら、返事して上げない。新しいのが欲しいの」
「ラスク、上げてくだ・しゃい。お願いです」
頬に手を当て、腫れたところに治癒魔法をかけるグレイがいる。
「名前か・・・」
「・・・うん。お願い」
女の子を見て考えると、顎に手を当て、ぽつぽつと話しかける。
(そうか、フォリシアかぁ~。これもこれで可愛いのに、僕が考えた名が良いとは、照れる話しだな・・・なにが良いかなぁ)
「僕、お菓子だとシフォンケーキが一番好きなんだよね。ふわふわで優しくて・・・」
女の子を見るとラスクは、鼻頭を指で軽くつつき吹き笑い、今度は額をつついている。
「じゃあ、シフォン。シフォンでどうかな」
「わぁ。可愛い名前」
「気に入ったかな?」
「うん。ありがとう、ラスク」
女の子は、「シフォン」と改められ、新しい名前に喜ぶとラスクの頬にキスをする。
「ッへへ」
「フフフ」
笑い合う、小さき者を見て、頷きほほ笑むグレイがいる。
「もう、今日は帰ろうよ! そして、ノアの所でお菓子食べようよ。シフォン」
「うん。食べたい」
「もう、今日はいいでしょ。お開きにして帰っても。ねぇ、グレイ」
ラスクとシフォンがグレイに甘えた瞳を見せねだっている。二人の手は強く握り合い、互いの心境は、帰る気満々である。
「いいでしょう。帰りましょう。美味しいお菓子と紅茶で休みましょう」
「ふふ、やった。何があるかな?」
「私、ケーキも食べたい」
はしゃぐ二人に、ほほ笑み安らぎを感じ後ろ姿を見守るグレイがいた。




